テラーノベル
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かつて村の入り口を貫いていた大通りは、もはや道の形を保っていなかった。地面は爆撃を受けたかのように抉れ、舗装石の隙間からは氷の棘が乱杭のように隆起している。焼け焦げた木材の黒と、砕けた石の白、さらに氷の蒼が混じり合う混沌の回廊。白耀剣の騎士たちが、鋼鉄の意志で陣を崩さぬままそこを進む。
「前列、下がるな! 歩みを止めるな!」
「対魔障壁、臨界! 更新急げ!」
怒号のような命令が飛び交い、装備が過負荷で唸り声を上げる。盾の表面に刻まれた幾何学的な術式が激しく発光し、雨あられと降り注ぐ氷の矢を弾き、顔を切り裂く突風を無理やり受け止める。
「ぐ、ぅぅ……ッ!」
最前列の一人の騎士が耐え切れずに膝をついた。掲げた盾は、見えない巨人の手によって押し返されているかのように軋む。前方から吹き付けるのは単なる風ではない。空気そのものが質量を持った壁となり、彼らを村の外へと押し出そうとしていた。肺が潰れるほどの魔力密度。呼吸をするだけで、喉が凍りつくような拒絶の領域。
その発生源は、ただ一人。
ソラスは、崩壊した門前に立ち尽くしていた。白いチュニックの裾は泥と煤で汚れ、鋭く破けた布の隙間から、露わになった太ももだけが白く浮き上がって見えた。銀色の髪は荒れ狂う風に煽られて生き物のように舞っている。
そして、彼女の足元――大地そのものから、次々と異形が湧き出し続ける。氷の骨格に、土の肉、木の繊維を絡ませた即席の兵。騎士団の壁に対抗するように、大量の虚ろな人形が展開している。数は、もはや数えられない。作っている、という感覚すらない。彼女の魔力に触発され、世界が勝手に産み落としているのだ。ソラスが一歩踏み出すたび、地面が呼応し、大気が震え、瓦礫と素材が自ら寄り集まって形を取る。
「……っ、ぐ……」
ソラスは、血が滲むほど唇を噛み締め、歯を食いしばる。敵を睨んでいるのではない。自分の内側で暴れ回る”何か”を必死に押し留めている。視界が、チカチカ、と明滅して滲んだ。
世界が歪んで見えた。
――抑えろ。
――まだ、だめ。
――これ以上出したら、みんな死んでしまう。
頭の奥で、何度も、何度も、壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返す。その必死の制御を嘲笑うかのように、心臓の鼓動ひとつ打つたび、少女の魔力は桁外れの熱量で増していく。木と氷の尖兵が、統率された軍隊のように、ほぼ同時に騎士へと踏み込んだ。
ガギィッ!
重い金属音が鳴り響く。騎士が剣で受け止め、盾で砕く。だが、その破片が地面に落ちるよりも早く、次の刃へと空中で組み替わっていく。物理法則を無視した、無限の再生。
「……ッ、あの再生能力が厄介だ!」
ラヴィニアが汗を滲ませながら呻く。斬っても斬っても意味がない。破壊しても大気中の水分と種がある限り、何度だろうが即座に、より鋭利になって再構成される。これは戦闘ではない。終わりのない徒労だ。
「アルベルト!」
彼女は、悲鳴に近い声で横の男を呼ぶ。アルベルトは答えない。剣の柄が軋むほど強く握りしめ、眉間に深い皺を刻んで次の号令を思案している。
その時、白耀剣の騎士たちが、咆哮した。
「隊長ッ! 行ってください!!」
それは捨て身の特攻だった。数人の騎士が盾を捨て、再生を続ける自律人形の群れへ、その身ひとつで突っ込んでいく。斬られ殴られることを前提とした、決意の突撃。肉を断たせ、骨を軋ませながら、彼らは無理やりに道をこじ開けた。
「確保できなければ、俺たちに帰る場所はないッ!」
悲痛な叫びと共に、騎士の一人が氷の兵士を抱きかかえ、そのまま地面へと倒れ込む。一瞬の射線が開けた。
「――っ、すまない!」
アルベルトが叫び、地を蹴る。ラヴィニアは、その横を疾風のごとく並走した。死地を駆け抜ける二つの影。眼前に、銀の髪が揺れていた。
暴風の震源地。
ソラス。
「はぁぁぁッ!」
ラヴィニアが大きく剣を振りかぶる。体重と遠心力を乗せた、岩をも砕く一撃。尚もソラスは、動かない。ただ悲しげに目を細めただけだ。
カァンッ!!
甲高い音が鳴り響き、ラヴィニアの手首が悲鳴を上げた。剣が止まっている。ソラスの鼻先、僅か数センチの間に生じた、極薄の氷壁に阻まれて。
「な……ッ!?」
亀裂ひとつ入らない。硬度が桁違いだ。その隙を逃さず、アルベルトが低い姿勢から滑り込む。狙うは空いた左腕。無力化のための、神速の突き。
だが。ソラスはそれを見るまでもなく、切っ先を指先で弾いた。
パキン。
澄んだ音がして、アルベルトの剣の軌道が強制的に逸らされる。指先から放たれた冷気が、剣身を伝い、アルベルトの腕を一瞬で白く凍らせた。
「ぐぅッ……!」
身を焼く冷たさに、アルベルトが顔を歪める。
「離れて」
ソラスの声。同時に、彼女の足元から全方位へ、棘のような氷柱が爆ぜる。回避などできない飽和攻撃。二人は反射的に後方へ飛び退くが、追撃の氷礫が嵐のように叩きつけられる。鎧が凹み、頬が切れ、鮮血が舞う。
アルベルトとラヴィニアは受け身を取り、即座に構え直した。息が上がり、肩が揺れる。対するソラスは、一歩も動いていなかった。呼吸ひとつ乱れていない。彼女の周囲には、数百の氷剣が浮遊し、まるで忠実な衛星のように旋回している。その一つ一つが、必殺の威力を高めていた。
「……勝負にならない」
ラヴィニアが絶望を滲ませて呻く。こちらは死に物狂いだ。なのに、彼女はまだ防御しかしていない。攻撃に転じれば、その瞬間に自分たちが肉塊に変わることを、二人は本能で理解させられた。
差が開いたのではない。最初から次元が違っていたのだ。戦場はもはや”争い”の様相を逸し、災害の中心で、人が蟻のように足掻いているに過ぎなかった。
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