テラーノベル
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夏の午後の空気は、焼けた砂と、どこか遠くで鳴く蝉の声が混じり合って、ひどく重たく感じられた。
六歳の私、朝倉紗南(あさくら さな)にとって、近所の公園にある砂場は毎日通う大切な場所だった。
その日、私はお気に入りのウサギの指人形を砂場に並べて遊んでいた。けれど、不意に走り寄ってきた大きな野良犬が、それをくわえて植え込みの奥へ逃げていってしまった。
「あ……待って、返して……っ!」
声が震えて、足が動かない。私の大事な宝物が。
泣きじゃくる私を置いて、同い年の遥(はる)がいち早く駆けだした。
「待てよ、このっ!」
遥は必死に追いかけたけれど、派手に転んで膝を擦りむいた。それを見て、私はもっと大きな声で泣き出した。
その時だった。
「大丈夫だよ、紗南ちゃん」
二つ年上の凌(りょう)先輩――加賀美家の長男が、私の隣にそっとしゃがみ込んだ。彼は落ち着いた足取りで犬の元へ歩み寄ると、ポケットから犬用のおやつを取り出して差し出した。
犬はしっぽを振り、ウサギを足元にポトリと落とす。
凌先輩は泥のついたウサギを拾い上げ、自分のハンカチで丁寧に拭いてから、私に手渡してくれた。
「ほら、もう泣かないで。紗南ちゃんは笑ってる方が可愛いよ」
その瞬間、頭の中で鐘が鳴った気がした。
私の頭を優しく撫でる、大きくて温かい手。
膝を血だらけにして戻ってきた遥が「……ったく、お兄ちゃんにいいとこ持っていかれた」と不機嫌そうに呟いた。
私は、凌先輩を見上げて夢中で宣言した。
「わたし、将来かっこよくて、背が高くて、優しい人と結婚するの!」
凌先輩は困ったように、でもふわりと微笑んだ。
「紗南ちゃんなら、本当に叶えられそうだね」
その言葉で、私の心は決まった。
けれど、横で砂の山を壊していた遥は、いじわるそうに言い放った。
「紗南は泣き虫だから無理だよ。……俺がいないと、何にもできないじゃん」
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