テラーノベル
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森の中は、湿った土と草の匂いに満ちていた。
アレクとレオンは、ベルシュタイン家の騎士数名を連れ、遺体が見つかったという場所へ向かっていた。
案内役の木こりは、顔を青ざめさせたまま、何度も後ろを振り返る。
「こ、こちらです……。朝、薪を拾いに来たら、倒れている人影が見えて……」
やがて、二人は足を止めた。
木々の間に、一人の男が倒れている。服装は農民風。胸には一本の矢が突き刺さっていた。
「現場を記録しろ」
アレクが命じると、騎士の一人が映像魔石を取り出し、遺体の位置、足跡、胸の矢、周囲の様子を順に記録していった。
そのすぐ近くには、小さな木札が落ちている。
レオンがそれに気づき、しゃがみ込んだ。
「ウィステリア領民に発行される通行証だね」
「……見つけろと言わんばかりだな」
アレクが吐き捨てる。レオンは遺体の周囲を見渡した。
「服も大きく乱れていない。ここで襲われたにしては、不自然だね」
「足跡が少なすぎる」
アレクが言った。
「この死体は、運ばれてきたものだ」
やがて、彼は遺体の胸に刺さった矢へ視線を落とした。
矢羽根の近くには、アイリス領の紋章入りの小さな布が結びつけられている。
「……わざとらしいね」
レオンが呟いた。
「アイリス領の兵が、ウィステリア領民を殺した。そう見せたいってことだね」
「アイリス領に弓兵はいない」
アレクは矢を見つめたまま、淡々と言った。
「屋敷と領境を守る衛兵はいるが、装備は剣と盾だ」
アレクは遺体の足首へ目を向けた。黒革の手袋をはめた手で、服の裾をめくる。
そこにあったのは、黒い山羊――バフォメットの刻印だった。
「毒事件と、学院の屋上爆破事件と同じ……」
レオンの声から、いつもの軽い調子が消える。
アレクの声が沈んだ。
「こいつは、ベラドンナの犬だ」
森の風が、ざわりと鳴った。
***
執務室で、私はフローラと避難者名簿を広げていた。
「領境に近い村から順に、子どもと病人のいる家庭を優先して――」
その時、扉が開いた。
戻ってきたアレクとレオンの顔を見た瞬間、私はすべてを察した。
「……やっぱりね」
レオンが頷く。
「見つけてくださいと言わんばかりの証拠だったよ」
アレクが、騎士に記録させた映像魔石を机の上に置いた。
「遺体の近くには、ウィステリア領民の通行証。胸にはアイリス領の紋章入りの矢。足首にはバフォメットの刻印だ」
全部、あからさますぎる。
「こちらを犯人に仕立て上げるための舞台装置ってことね……」
その時、ノックの音が響いた。フレッドが青い顔で入ってくる。
「お嬢様……ウィステリア伯爵領より、正式な抗議文が届きました」
私は封筒を受け取り、中の文面に目を通す。
『アイリス領兵によるウィステリア領民殺害について、領主代行ベラドンナ・ウィステリアは厳重に抗議する。
領民の仇討ち、および懲罰のため、ウィステリア軍は明朝よりアイリス領境へ進軍する』
フローラが唇を震わせた。
「そんな……本当に、戦争になるなんて……」
ついに。想定していた最悪が、現実になった──けれど、ここで動揺している暇はない。私は手紙を机の上に置いた。
「みんな、配置につくわよ」
私はまず、レオンへ視線を向けた。
「レオンは町内の有力者を集めて。領境の住民たちから優先して避難誘導するのよ」
「分かった」
レオンの表情が引き締まる。
「避難経路と物資輸送の通達も出しておくよ」
「お願いね」
次に、アレクを見る。
「アレク。領境の軍の様子は?」
「ベルシュタイン家の騎士を配置済みだ。偵察部隊も出している」
「無理に打って出ないで。まずは避難完了まで、必ず時間を稼いでちょうだい」
「了解した」
最後に、私はフローラへ向き直った。
「フローラ。一緒に行くわよ」
「はい!」
「神殿を臨時診療所に、併設の学校を避難所にするのよ」
フレッドが目を見開いた。
「診療所と避難所、ですか……!?」
「ええ」
私は図面を掴み、立ち上がった。
「今のうちに出来る限りのことをしておかないと」
コメント
1件
**リオンからの感想** おお、ついに動き出したね……。遺体に残された証拠があまりにも"わざとらしく"て、逆に清々しいくらいだよ。バフォメットの刻印、ウィステリア領の通行証、アイリス領の紋章入りの矢——全部揃えて、こちらを陥れるための舞台ってのが丸わかり。でも、そこに"弓兵がいない"っていうアレクの指摘が効いてるなあ。地元の事情を知る者ならではの違和感だよね。そして抗議文が届くタイミングも読めてる感じが、黒幕の狡猾さを物語ってる。そんな中で、避難誘導や臨時診療所の準備を同時並行で進める主人公の判断力には本当に頭が下がる。戦争なんて、起こる前からもう負けてるも同然のことが多いからね。ベラドンナの思惑がどこにあるのか、ますます気になる展開だよ。