テラーノベル
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神殿に到着すると、神官たちは私たちの顔を見るなり、青ざめた。
「バイオレッタ様……まさか、抗議文の件は本当なのですか?」
「ええ。明朝にはウィステリア軍が進軍してきます」
神官たちが一斉にざわめく。私は持参した図面を広げた。
「ですので、ここを臨時診療所に緊急改修しますわ。併設の学校は避難所として利用します」
大神官は目を丸くした。
「診療所……? 神殿を、ですと?」
「ええ」
「しかし、病人も怪我人も避難民も一緒くたに押し込めば、たちまち衛生環境が悪化し、疫病の温床となりますぞ!」
「だからこそ、空間を創り変えるのですわ」
私は図面に、素早く線を引いていく。
「まず、入口の広場に受付を置きます。そこで怪我の重さ、発熱の有無、感染症の疑いを確認して、患者を振り分けますわ」
「患者を……振り分ける?」
「ええ。重症者から順に治療するためです」
私はフローラへ視線を向けた。
「フローラ。あなたは受付の準備をお願い」
「はい、お姉様! 任せてください!」
フローラは胸の前で小さく拳を握り、きりっと表情を引き締めた。
「一番怖いのは、二次被害ですわ」
前世、不動産会社で働いていた頃。
退職者の穴埋めで、なぜか私が防火管理者講習を受けさせられたことがある。
(まさか、あの時の災害時対応の知識が、こんなところで役に立つとはね……)
「そのために――ここに壁を作ります」
「か、壁!?」
大神官の声が裏返った。
「バイオレッタ様、こちらの神殿は築百二十年の由緒ある建物でして……!」
「では、百二十年分の頑丈さを、今こそ人命のために活かしていただきますわ」
「そ、そういう意味で申し上げたのでは……!」
大神官がさらに顔を青くした。
その間にも、ベルシュタイン家の騎士たちがぞろぞろと石板を運び込んでくる。
さらにその後ろから、内装工事の職人たちが続いた。
そして、その列の最後尾から、当然のようにアレクが姿を現す。
「ちょっと、なんであんたがいるのよ! 部下に任せるんじゃなかったの?」
「怪我は治った。俺が指揮した方が早い」
「はあ……」
(まったく、言うことを聞かないんだから……)
私は深くため息をついた。
アレクは、内装工事の職人が床に引いたチョーク線へ手をかざした。
赤黒い魔力が、細い刃のように伸びる。
次の瞬間、アレクの魔法が床を削った。
ガリガリ、ガリガリ!!
石床を削る音が神殿に響く。
「ぎゃあああっ! 神殿の床が!」
「由緒ある歴史が削られております!」
「歴史ではなく、ただの溝ですわ」
「言い方の問題ではございません!」
神官たちが悲鳴を上げた。
「壊しているのではありません。改修ですわ」
「いえ、どう見ても削っておりますぞ!?」
大神官が目を白黒させている。
「必要な施工ですわ」
私はきっぱり言い切った。
床と天井には、壁を固定するための溝が刻まれていく。
内装工事の職人たちが、溝へ速乾性魔法漆喰を流し込んだ。
そこへ、ベルシュタイン家の騎士たちが石板をはめ込んでいく。
ドン、ドン、と音を立てて、次々に壁が立ち上がっていった。
「な、なんだこれは……!? 神殿の構造が一瞬で変わったぞ……!」
大神官もぽかんとしている。
「さらに、天井付近の壁を一部くり抜いて、換気用の高窓を設置しますわ」
「て、天井の壁まで……?」
神官たちが再び悲鳴を上げた。
「ええ。こもった空気は病を広げる原因になりますもの。換気を改善します」
アレクが再び手をかざした。
ドーン!
大きな音を立てて、赤黒い魔力が壁をくり抜く。
神官たちは、まるで葬儀のような顔で壁を見守っていた。
「神よ……どうぞお許しください……」
「大丈夫よ。神もきっと、人命第一だとおっしゃるわよ」
「り、理屈はわかりますが心が……!」
ボロボロと破片が落ちてくる。
「アレク、ちょっと、壊しすぎないように気をつけて!」
「善処する」
「善処じゃなくて約束よ!」
「……約束する」
控えていた騎士たちが脚立を立て、くり抜かれた部分にガラス窓をはめ込んでいく。
さっきまでどんより濁っていた神殿の空気が、窓から吹き込む風によって少しずつ入れ替わり始めた。
フローラは神官たちを集め、手順を説明している。
「発熱がある方はこちらです。怪我人は先に奥へ。歩ける方と歩けない方で列を分けてくださいね!」
いつものフローラとは違う。真剣な表情で、次々と指示を出している。
(さすが私の推し。可愛いだけじゃなく、本当に頼りになるわ)
その時、神殿の外からに荷馬車の音が聞こえてきた。
一台。また一台。領境の村から避難してきた人々だ。
子どもを抱いた母親。杖をついた老人。不安げに荷物を抱える家族。
彼らが、神殿の前に集まり始める。
大神官が、息を呑んだ。
「本当に、来たのですな……」
「ええ」
「フローラ、受付開始よ。アレク、騎士たちは外周警備へ。手の空いている方は、隣の学校の避難所設営を手伝ってちょうだい」
「承知しました!」
神官たちは深く頷いた。
神殿の鐘が鳴る。それは祈りの鐘ではなく、臨時診療所と避難所の開設を告げる鐘だった。
(ここからが、本番ね)
私たちは神殿の扉を開け、領民たちを迎え入れた。
コメント
1件
寺島あおいです🤍 第64話、一気に臨戦態勢って感じでしたね! 大神官たちの「ぎゃあああっ!」が頭の中で再生されました(笑)「人命第一」で神殿をぶち抜くバイオレッタの行動力がかっこよすぎます。そしてフローラが“推し”って心の中で言ってるの、読んでて思わず頷きました…可愛くて有能、わかります。アレクとの「善処する」「約束よ!」の掛け合いもツボです。いよいよ避難民が到着して、次がすごく気になります!
#溺愛