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第二十三話「引き離される温もり」
遠くで鳴っていたサイレンが——
すぐそこまで来ていた。
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赤い光が、夜景に混ざる。
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それでも。
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山本美憂は、離れなかった。
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佳を、抱きしめていた。
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「……っ」
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冷たいはずの体。
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でも。
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(……まだ、いる)
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そう思いたかった。
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腕に力を込める。
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「……やだ」
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ぽつりと、零れる。
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隣で。
小太郎も同じように、佳に触れていた。
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肩に手を置く。
離れないように。
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最後まで。
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少しでも長く——
“ここにいた証”を感じるために。
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車の音が止まる。
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ドアが開く音。
足音。
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「大丈夫ですか!」
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声がかかる。
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でも。
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二人は、動かなかった。
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「……すみません、離れてください」
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近づいてくる人の声。
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「……やだ」
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美憂が、はっきり言った。
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「……離れたくない」
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腕に、さらに力が入る。
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「……やだ」
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子供みたいな声。
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「……やだ……っ」
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涙が溢れる。
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「離れたくない!!」
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叫びに変わる。
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でも。
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現実は、止まらない。
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「すみません」
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優しく。
でも、確実に。
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手が伸びる。
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肩に触れられる。
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引き離される。
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「……っ!!」
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力が抜ける。
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でも、抵抗する。
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「やだ!!」
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手を伸ばす。
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佳に、もう一度触れようとする。
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でも——
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届かない。
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距離ができる。
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「……やだよ……」
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崩れるように、その場に座り込む。
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涙が止まらない。
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小太郎も、歯を食いしばる。
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何も言えない。
ただ、見ているしかない。
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佳は、担架に乗せられる。
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静かに。
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あまりにも、静かに。
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運ばれていく。
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(……行かないで)
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声にならない叫び。
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でも。
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もう、届かない。
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ドアが閉まる。
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サイレンが、また鳴る。
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遠ざかっていく。
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完全に、いなくなる。
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その場に残ったのは——
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静寂と。
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どうしようもない喪失感だけだった。
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どれくらい、時間が経ったのか。
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気づけば——
空が、少し明るくなっていた。
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夜が、終わりかけている。
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でも。
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二人の中では、まだ終わっていない。
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「……山本さん」
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警察の声。
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「少し、お話いいですか」
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現実が、戻ってくる。
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「……っ」
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美憂は、ゆっくりと顔を上げる。
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目は、真っ赤に腫れていた。
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涙の跡が、残っている。
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「……はい」
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かすれた声で、答える。
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小太郎も、隣で頷く。
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二人は、並んで座る。
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事情聴取。
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何があったのか。
いつ見つけたのか。
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質問が、続く。
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でも。
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頭に入ってこない。
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さっきまでの光景が、何度も浮かぶ。
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佳の顔。
手紙。
あの言葉。
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「……愛してたよ」
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その声だけが、ずっと残っている。
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空は、完全に明るくなった。
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朝が来る。
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でも——
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二人にとっての“昨日”は。
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まだ、終わっていなかった。