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時也が汚した床の掃除を終え
レイチェルは
黙々と仕込みの続きをしていた。
店の方では、まだ微かな物音がする。
(⋯⋯まだソーレンさんが
掃除中なのかな⋯⋯)
そんな事を思いながら
手を淡々と動かし
仕込みも作業も順調に
終わりに差し掛かっていたその時。
ードタドタドタ⋯⋯
階上から
軽快で小気味よい足音が響いた。
間もなく
厨房の扉が勢い良く開かれる。
「よお! 手伝うことはあるか?」
扉の向こうには
ソーレンが立っていた。
アリアの特設席の
掃除を終えたのだろう。
レイチェルを気遣ってか
ソーレンは既に
着替えを済ませていた。
「もう直ぐ終わるわ!」
レイチェルがそう返すと
ソーレンは一瞬
思案するように目を細めた。
「じゃあ、一緒に休憩でもするか?
俺の特製コーヒー入れてやるから
終わったらリビングに来な!」
そう言うと
ヒラリと手を振り
ソーレンはリビングへと去っていった。
レイチェルは
仕込みの最後の仕上げに取り掛かる。
指先が自然と軽やかに動く。
(⋯⋯ふふ。
特製コーヒーか⋯⋯)
その響きに
彼の意外な一面を知った気がして
つい口元が緩んだ。
作業を終え
リビングへ向かうと
ソーレンはソファに深く腰掛け
すでにコーヒーカップを手に
悠々と寛いでいた。
「お疲れさん! 疲れたろ?」
そう言って
彼は満面の笑顔で
レイチェルを出迎えた。
リビングには
さっきまで其処に縛られていた筈の
転生者の男の姿がなかった。
(⋯⋯何処かの部屋に
寝かされてるのかな?)
思いながら視線を戻すと
ソーレンはソファを占領していた
長い脚をずらして
スペースを作ると
コーヒーカップを差し出してきた。
「ありがとう」
レイチェルはカップを受け取り
ソーレンの隣に腰掛ける。
温かな湯気の立つカップに
そっと口をつけると
ふわりと酸味の強い香りが
鼻をくすぐった。
一口。
時也の淹れるコーヒーに比べると
苦味が強く
やや酸味が尖っていて
お世辞にも美味しいとは言えなかったが
けれど何処か
心が落ち着く不思議な味だった。
「どうだよ?
やってけそうか?」
「⋯⋯あはは。
いろいろ驚きの連続だけど⋯⋯
なんとか大丈夫そうです」
苦笑い混じりのレイチェルの言葉に
ソーレンは「だろうな」
と、肩を竦める。
「転生者には
なりたくてなったんじゃねぇが⋯⋯
厄介だよな、いろいろとよ」
ぼそりと呟いた言葉には
苦味が滲んでいた。
「⋯⋯運命の重みって、意味でな?」
その言葉に
レイチェルは黙って頷いた。
確かに自分も
こんな運命に巻き込まれるなんて
思ってもいなかった。
「ねぇ?
もし良かったら
ソーレンさんの事を教えてくれない?」
レイチェルの問いに
ソーレンはカップを口に運び
しばらく沈黙する。
指が無意識に
カップの縁を指先でなぞっていた。
「⋯⋯俺の話なんざ
あんま、おもしれぇもんじゃないがな」
「それでも、聞きたいの。
此処にいる皆の事、理解したいから!」
レイチェルの真っ直ぐな言葉に
ソーレンは苦笑しながら頭を掻いた。
「⋯⋯ったく⋯⋯しゃーねぇな。
胸糞悪くしても⋯ 責任取らねぇぜ?」
ソーレンはカップを置くと
どこか遠くを見るような目で
ぽつりぽつりと話し始めた。