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「52はスペシャルが弱いから」
その台詞を、私は何度聞いただろう。ロッカーの隙間から漏れる軽い声が弾むたび、隣ではシャープマーカーが勝ち誇ったような顔をする。
「カニタンク強すぎ!やっぱシャーカー1択だわ」
うるさい。
確かにあの子は優等生だ。扱いやすいし、失敗が少ない。
でも、忘れたの?貴方が最高記録を出したとき、その手にいたのは誰だった?
指先を震わせながら、それでも最後まで前線に立ち続けたのは私でしょう。
外しても外しても、次を撃った。あの日の数字は、たぶん貴方よりも私の方が覚えている。
「キル速はや!やっぱ52だな」
その一言だけで、さっきまでの苛立ちが少し緩む。本当に調子がいい。
迷って、逃げて、比べて、それでも最後はこっちを見る。
何度、私の心を焦らせば気が済むんだろう。
けれど、最後に選ばれるのはきっと私だ。
私の癖も、外したときの怖さも、全部分かった上で手を伸ばしてくる。
だから負ける気はしない。シャーカーにもプラコラにも、あの人を奪わせるつもりはない。
次のマッチング開始音が鳴る。その手が、また私を取る。
ほらね。
ーーそう思っていたのに。
「もう絶縁!2度と持たん!」
…は? 3連敗しただけで?
昨日まで「魂に刻まれた52」とか言ってたくせに。
「52を逆から読むと25(ニコニコ)じゃん?笑顔になれるブキなのかな?」なんて、臭いセリフを飛ばしてたのはどこの誰?
「52が弱いわけがない」って散々持ち上げておいて、今さら何?
2度と持たない?
…ふざけないで。お願い、チャンスを。
そう思った瞬間だった。
視界がぶれる。棚が低くなり、冷たかったはずの体が熱を帯びる。 ロッカーの鏡に映ったのは、知らない女だった。少し釣り上がった目に、落ち着いた髪色。
何故かは分からないが私、52ガロンはヒトの姿になっていた。
「…これで迎えに行ける」
ガチャリ、とロッカーの扉が開いた。
「…え?」
「復縁させに来たわよ」
「誰!?」
目の前の主人は明らかに動揺していた。当たり前だ。さっきまでブキが入っていた場所から見知らぬ女が出てきたのだから。
「不法侵入…?何でロッカーから?」
「打開が弱いとか、カニが欲しいとか、全部聞こえてた」
一歩、詰め寄る。
「待って、意味がわからない、幻覚か?お前、誰なんだよ」
「貴方が昨日まで『相棒』と呼んで、今日は『絶縁』したその52よ」
「嘘だろ…」
信じられないという顔。私は動揺で固まってる主人の手を掴んだ。
「痛っ…!力強っ、お前…」
「今日は私、逃さないから」
その瞳をじっと見つめ、有無を言わさぬ圧をかける。相手の顔色が恐怖と困惑を経て、少しずつ確信へと変わっていく。 掴んだ手から伝わる温度。その執念。
「…本当に52、なのか?」
「そう。私は52よ」
主人が放心してる間に玄関の鍵を閉める。
「絶縁した責任、取ってもらうから」
「重い!物理的にも精神的にも!」
それからの1日は、監禁という名の「生活指導」だった。
冷蔵庫を開ければ中身はゼリー飲料ばかり。
「何もないじゃない。だからエイムが荒れるのよ」
「ブキなのに料理できるの!?」
「昨日まで貴方の自堕落な生活を見てたから」
卵を見つけて、手際よくフライパンに入れて火をつける。 戸惑う主人を椅子に押し付け、私は流れるような動作で昼食を作り始めた。
「…何よ、その顔」
私は椅子に座る主人の前に、出来立ての昼食を叩きつけるように置いた。
「…いや、まさかブキに食事を作られる日が来るとは思わなくて」
「文句があるなら食べなくていい。でも、食べないなら次のマッチングまでに基礎体力のトレーニング100セットね」
逃げようと腰を浮かせた主人の前に私はスッと腕を出す。
「座って。食べるまで一歩も動かさない」
「…なあ、52。ちょっとやりすぎじゃない?確かに絶縁って言ったのは悪かったけど」
「悪いと思っているなら、その口を閉じなさい」
私は貴方の正面に座り、逃げ場を塞ぐように身を乗り出す。
「いい?私の攻撃は2回当たれば終わりなの」
私は貴方の胸元に指を2本突き立てた。
「1回目は今の浮気心への警告。2回目は…2度と他のブキを持たないようにその心を打ち抜く合図」
「ひっ…」
「食べて。残したら、反省会の時間を1時間増やすわよ。 昨日の21戦目のガチエリア、3分45秒のシーン。何故あそこで潜伏せずに撃ったの? 私のリーチを完全には理解したない証拠ね。あと、負けた理由を原稿用紙3枚にまとめて。それが終わるまで次の試合には行かせない」
「…これいつ終わるの?」
「貴方の魂に私の存在が完全に刻まれるまで」
夜、ようやく玄関の鍵を開ける。
「…で」
私は腕を組み、答えを待つ。
「次の試合からは、最初から私ね?」
少しだけ考えるふりをしてから、向こうが力無く笑った。
「…うん。最初から52持つよ」
ようやく安心が胸に広がる。やっぱり、最後は私。
その時、スマホが震えた。バトルのルール更新通知だ。画面を覗き込んだ相手の顔が目に見えて引き攣る。
「あ…」
「何?」
「次のステージ、カジキだ…」
嫌な予感がした。数秒の沈黙。
「…これ、シャーカーの方がいいかも」
カチャン。私は無言でもう一度鍵を閉めた。
「え」
「もう1日延長。まだ矯正が足りないみたいね」
「違う!候補に挙げただけだって!」
「浮気の予告。絶対に許さない」
耳元で囁く。逃げ場のない距離で、相手の鼓動を追い詰める。
「あんな機械仕掛けの殻に籠らなくても、私がシールドで守ってあげるのに」
「…52、顔が近い」
「当たり前でしょ。近距離こそ私の独壇場なんだから」
その腕を掴んで、2度と話さないように力を込める。どうせ最後は私に戻る。
それなら、少しくらい先に「わからせて」あげてもいいでしょ?
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