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#二次創作
よんがつ
126
#夢小説
しらすのお部屋
567
つばさ
204
そして。
無菌室の扉が開く。
防護服に身を包んだスタッフが入室した。
手元の書類と点滴を照らし合わせ、一つひとつ確認を行う。
患者氏名。
ドナー情報。
輸注する細胞。
間違いがないことを確認すると、静かに準備を進めていった。
そして。
「骨髄移植用の点滴、準備完了です」
その言葉に。
永夢の視線が点滴バッグへ向く。
透明な袋。
そこにあるのは。
名前も知らない誰かから託されたもの。
永夢は静かに口を開いた。
「……飛彩さん」
「ドナーの方は」
飛彩は少し黙る。
「…お前も医者ならば分かっているだろう」
「分かっています」
永夢は頷く。
「会えないことも」
「教えてもらえないことも」
一拍。
点滴を見る。
「でも」
「この人がいなかったら」
「僕はここにいません」
飛彩は黙って聞いている。
「自分の時間を使って」
「自分の身体の一部を、僕に分けてくれた」
永夢の声は静かだった。
「……ありがとうございますって」
「伝えたいです」
「届かなくても」
飛彩の目が少し揺れる。
そして。
「そうだな」
短く返した。
「きっと、その気持ちは無駄にはならない」
永夢は小さく笑う。
「はい」
スタッフの声が響く。
「開始します」
飛彩が確認する。
「永夢」
永夢が飛彩に視線を向ける。
「ここからだ」
その言葉に。
永夢は頷く。
「はい」
点滴が繋がれる。
一滴。
また一滴。
ゆっくりと。
新しい造血幹細胞が、永夢の身体へ入っていく。
大きな音はない。
何かが劇的に変わるわけでもない。
ただ。
静かに。
確かに。
未来へ向かう時間が始まった。
永夢は目を閉じる。
思い浮かぶ。
飛彩。
貴利矢。
大我。
そして。
まだ眠っているパラド。
「……待ってて」
小さく呟く。
「ちゃんと戻るから」
飛彩はその言葉を聞いていた。
何も言わず。
ただ。
その場に立ち続けた。
――1週間後。
無菌室。
静かな部屋の中で、永夢はベッドの上にいた。
腕には点滴のライン。
まだ顔色は完全には戻っていない。
頬も少し痩せている。
髪を失った頭にはニット帽。
それでも。
以前のような苦しそうな表情ではなかった。
モニターを確認していた飛彩が、小さく頷く。
「造血は安定している」
その言葉に、貴利矢が息を吐いた。
「……ということは」
「まだ経過観察は必要なのには変わりないが」
飛彩はいつものように淡々と言う。
「現時点で拒絶反応はない」
永夢はゆっくり目を開ける。
「じゃあ……」
少し掠れた声。
「移植は、成功したんですね」
飛彩は一瞬だけ間を置いた。
そして。
「ああ」
短く答える。
その一言に。
永夢の表情が少し緩んだ。
「よかった…」
小さく息を吐く。
「ドナーの方にも……ちゃんと感謝を伝えたいです」
貴利矢が苦笑する。
「お前らしいな」
「僕のために、身体の一部を分けてくれた人ですから」
永夢は静かに言った。
「顔も名前も知らないけど」
「その人がいなかったら、今ここにいられなかった」
飛彩は何も言わなかった。
ただ、カルテを見る手を止める。
その言葉を、しっかり聞いていた。
ガラス越し。
無菌室の外で、そのやり取りを聞いていた二人の姿があった。
大我とニコ。
ニコはガラス越しに永夢を見つめ、小さく息を吐く。
「……よかったね」
「移植、うまくいったんだ」
大我は腕を組んだまま、鼻で笑う。
「まだ経過観察は必要だ」
「成功したとはいえ、ここからが本番だからな」
ぶっきらぼうな口調。
それでも。
その表情はどこか柔らかかった。
ニコはそんな横顔を見て、小さく笑う。
「……でも」
「ちょっと安心したでしょ?」
大我は一瞬だけ黙る。
そして。
「知るか」
短く吐き捨てるように言う。
踵を返し、歩き出した。
ニコはその背中をいつものように叩く。
「ほんと素直じゃないんだから!」
「いってぇ!」
大我が振り返る。
「お前、ふざけんな!」
「図星だから怒ってるんじゃん!」
「お前こそ、どの口が言ってんだ」
「はぁ!? 私は素直だし!」
「どこがだ」
「もう! ムカつく!」
二人の言い合いは、そのまま廊下の奥へ遠ざかっていく。
無菌区域には、いつもの賑やかな空気だけが静かに残っていた。
ーーCR
夜。
飛彩、貴利矢、大我の三人がいた。
「……」
貴利矢が端末を見つめる。
「永夢の移植は問題なし」
「回復も順調」
「なのに」
一拍置く。
「パラドだけが戻らない」
大我が腕を組む。
「身体の損傷はほぼ回復してる」
「データの欠損も見当たらねぇ」
飛彩が静かに頷く。
「バグスターとしての状態は安定している」
「目覚めない理由が説明できない」
三人の間に沈黙が落ちた。
その時。
「……っ」
パラドの身体が小さく震えた。
「!」
貴利矢が駆け寄る。
「おい! パラド!」
苦しそうに眉を寄せる。
荒い呼吸。
しかし、目は覚めない。
そして――
一瞬だけ。
パラドの身体がノイズを走らせるように薄く揺らいだ。
「……!」
貴利矢が目を見開く。
「今……」
次の瞬間には元に戻っていた。
大我が険しい表情になる。
「気のせい……か?」
飛彩はパラドを見つめたまま小さく首を振る。
「いや」
「俺にも見えた」
再び静寂が流れる。
「でも……」
貴利矢は困惑したように呟く。
「ゲーム病みたいだったよな……」
大我はすぐに否定する。
「あり得ねぇ」
「バグスターがゲーム病になるわけがない」
「よっぽど特殊な事例じゃない限りはな」
「……特殊な事例」
貴利矢の表情が僅かに曇る。
脳裏をよぎるのは、自分自身のことだった。
VRゲーム。
そして、ゲムデウス。
自分がバグスターの身体であった時。
バグスターでありながらゲーム病を発症した、あの異例の出来事。
(でも……)
(あれとは違うような)
そう思考を巡らせた、その時だった。
「……っ!」
パラドの身体が大きく震える。
「おい!」
貴利矢は慌ててベッドへ駆け寄った。
「パラド!」
苦しそうな呼吸。
額には汗が滲み、表情が歪む。
それでも目は覚めない。
貴利矢はそっとパラドの手を握り、小さく笑った。
「永夢は順調だぞ」
「お前も戻ってこい」
「約束しただろ」
「一緒に笑える日が、もうすぐなんだからさ……」
返事はなかった。
ただ、苦しげな呼吸だけが静かな病室に響いていた。
「……おかしい」
飛彩が静かに呟く。
「今までは眠っているだけだった」
「急に症状が悪化した」
大我も険しい表情でパラドを見つめる。
「原因はさっぱりだ」
「だが、この変化は見過ごせねぇな」
貴利矢はパラドの手を握ったまま顔を上げる。
「……永夢に知らせるか?」
飛彩は首を横に振った。
「いや」
「無理に心配させるだけだ」
「今は、自分自身の治療だけを考えさせる」
大我も静かに頷く。
「今大事な時だろ」
「余計な負担はかけられねぇ」
貴利矢は眠るパラドへ視線を向けた。
苦しげだった呼吸は、少しだけ落ち着いている。
「……そうだな」
小さく息を吐き、静かに頷いた。
――無菌室。
翌朝。
防護服に身を包んだ飛彩、貴利矢、大我の三人が病室へ入る。
「よぉ、永夢。」
貴利矢がいつもの調子で片手を上げた。
「体調どうだ?」
永夢は微笑む。
「おはようございます。」
「昨日より楽になりました」
「それならよかった」
貴利矢は笑って頷く。
「順調そうで安心したよ」
永夢も小さく笑い返す。
その空気は、いつもと変わらないように思えた。
――だが。
「……」
飛彩はカルテへ視線を落としたまま、何も言わない。
大我も腕を組み、いつになく口数が少ない。
永夢は二人を見比べる。
「……?」
ほんの些細な違和感。
けれど、それは永夢には十分すぎるほど大きかった。
飛彩が目を全く合わせない。
大我も何かを隠すように黙っている。
「どうかしましたか?」
貴利矢の笑みが、一瞬だけ止まる。
「……いや」
飛彩が短く答えた。
「順調で何よりだ」
その一言。
いつもと変わらないはずなのに、どこかぎこちなかった。
永夢の表情から笑みが消える。
胸元へそっと手を当てた。
「……」
鼓動。
その奥にあるはずの感覚。
「……この頃変なんです」
小さく呟く。
「前みたいに……近くにいる感じがしない」
三人の表情が固まる。
「心が繋がってるはずなのに」
「少しずつ……遠くなってるみたいな気がして」
永夢はゆっくり顔を上げた。
「パラドに……何かありましたよね」
「ただ眠ってるだけじゃない」
「そんな気がするんです」
病室を、重い沈黙が包み込んだ。
永夢は三人の表情を見た。
「……飛彩さん」
「大我さん」
「貴利矢さん」
静かな声。
「何か知ってるんですか」
誰も答えない。
その沈黙だけで十分だった。
誰も答えない。
その沈黙だけで十分だった。
永夢はゆっくりとベッドから足を下ろす。
床に足が触れる。
点滴スタンドへ手を伸ばした。
「……」
このまま行けば会える。
パラドの顔を見れば、何が起きているのか分かるかもしれない。
一歩、踏み出そうとした。
だが――。
永夢の足が止まる。
「……」
頭をよぎったのは、一人の顔だった。
顔も名前も知らない。
それでも、自分のために造血幹細胞を提供してくれたドナー。
傷つけたくない。
そして、飛彩たちが何度も言っていた言葉。
――今のお前の身体は、お前一人のものじゃない。
もう一歩踏み出せば、感染の危険がある。
それは、自分だけの問題ではない。
「……」
永夢は小さく首を振った。
「今の僕が行っても…」
静かにベッドへ腰を下ろす。
その様子を見ていた三人は、誰一人として言葉を発せなかった。
永夢はゆっくり顔を上げる。
「でも」
「事実だけは教えてください」
「お願いします」
「僕には、知る権利があります」
真っ直ぐな眼差し。
三人は顔を見合わせた。
やがて。
飛彩が静かに口を開く。
「……分かった」
その後。
飛彩は昨夜パラドに起きたことを、包み隠さず永夢へ説明した。
一時的に容体が急変したこと。
現在は落ち着いているものの、原因はいまだ判明していないこと。
そして、今も眠り続けていることを。
話が終わる頃には、病室は静まり返っていた。
「……そう、ですか」
永夢はゆっくりと目を閉じる。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて。
飛彩が静かに言う。
「現時点でも原因は不明だ」
「パラドの身体で、何かが起きている可能性はある」
大我も続ける。
「だが、無闇に手を出せる状態でもねぇ」
貴利矢は眠るパラドを思い浮かべ、小さく息を吐いた。
「だから今は――」
飛彩が言葉を引き継ぐ。
「あいつを信じて待つしかない」
その言葉に。
永夢は静かに頷いた。
胸の奥で、少しずつ遠ざかっていく気配を感じながらも。
「……はい」
その返事には、不安と、それでも信じるという決意が込められていた。
コメント
2件
ご覧いただきありがとうございます! 物語もいよいよ終盤に入りました! そして、カバー画像を変更しました。そう、レウコイドです! AIの力も借りながら、結構かっこよく仕上げることができて、自分でも満足しています(笑)。 今後も気ままに更新していくので、よろしければ完結までお付き合いいただけると嬉しいです!
つばささん、第29話読みました。 移植が成功してひと安心したのも束の間、パラドの容体が急変して……もう胸がぎゅっとなりました。永夢が「パラドが遠くなってる」と感じ取るシーン、二人の繋がりが確かにあったからこその感覚で、切なかったです。それでもドナーの意思を無駄にできないと踏みとどまる永夢の強さに、じんときました。次が気になります。