『来訪者』の存在が公になってから、一日が過ぎた。
連邦生徒会が公式に動き出したというニュースとは裏腹に、世界の崩壊は止まらない。街からは日に日に活気が失われ、人々の顔には疲労と疑心が色濃く浮かんでいる。
光の見えない日々。それでも先生はこのシャーレで己の仕事を続けていた。それが、この場所を信じて集まってくれた者たちへの、最低限の責務だと信じて。
だが、そんな先生の日常にも、確かな変化は訪れていた。今日の執務室は、朝からやけに騒がしい。
“……えっと”
先生は、すっかり書類が減った机から顔を上げ、目の前の光景に改めて困惑の声を漏らした。
“どうしてみんな、私の執務室に集まってるのかな?”
彼の執務室は今、さながら合宿所のような様相を呈していた。
メインソファは、すっかり自分の縄張りだと主張するようにフブキがだらしなく寝そべっている。そのソファの肘掛けに、カズサが腰掛けて腕を組み、そっぽを向きながらも室内の様子を窺っていた。床の一角では、ラブとヘルメット団の面々が輪になって座り込み、持ち込んだコンビニのパンを静かに分け合っている。
そんな奇妙な光景に、先生は改めて困惑の声を漏らした。
“……みんな、与えられた部屋はどうしたんだい?”
その声に、ソファからリモコンをいじっていたフブキが、気怠げに視線だけを寄越した。
「んー? 別にいいでしょ、ここにいても。個室より広いし」
「……孤立は、危険だからな」
床に座っていたラブが、ぼそりと呟く。その言葉に先生の肩が微かに震えた。昨日、たった一人で『来訪者』と対峙した恐怖が蘇る。
「あ、いやっ!? 違うんだ先生! 別に責めてるわけじゃ……!」
先生の動揺を敏感に察したラブが、慌てて手を振って否定する。
“……大丈夫。ありがとう、ラブ。僕ももう向き合わないとね”
先生が無理に作った笑みを見て、今まで黙っていたカズサが、訝しげに眉をひそめた。
「ちょっと、何の話? さっきから先生の様子もおかしいし……昨日、ここで何かあったの?」
カズサの真っ直ぐな視線に、先生は一度目を伏せた。そして、覚悟を決めたように、重い口を開く。
“……私の落ち度で、このシャーレに『来訪者』を招き入れてしまったんだ”
しん、と執務室の空気が凍る。 カズサは息を呑み、ラブは唇を噛み締めた。その中で最初に沈黙を破ったのは、やはりフブキだった。
「へぇ、ここにも出たんだ。……で?」
“え?”
「だから、それで? 被害は? 誰も死んでないし、怪我もしてないんでしょ? なら、結果オーライじゃん」
あまりに楽観的な物言いに、先生は言葉を失う。
“そんな、簡単な話じゃ……”
「そうだよ、先生」
いつの間にかソファから降りていたカズサが、先生のデスクの前に立っていた。そして、彼の肩にぽんと、不器用に手を置く。
「今のご時世、そんなの日常茶飯事だって。先生一人が全部背負うことじゃないよ。……私も、いるんだから」
“……君たちは、本当に優しいね”
二人の不器用な優しさに、張り詰めていた先生の心がじんわりと温かくなる。彼が感謝の言葉を口にした、その時だった。
「あ、先生。例のニュース始まったよ」
ソファに寝そべっていたフブキが、リモコンを操作しながら言った。暖かい感傷に浸る時間はどうやら終わりらしい。
その言葉に室内にいた全員の視線が、壁掛けの大型テレビへと注がれる。画面には昨日と同じニュースキャスターが神妙な面持ちで映っていた。
『――続いてのニュースです。依然として異常な高温が続くため、市民の皆様は引き続き日中の外出を厳にお控えください。一方、昨日公に存在が認められた『来訪者』については、各地で目撃情報が急増しており、連邦生徒会による処理が追いついていないのが現状です』
画面が切り替わり、連邦生徒会の庁舎が映し出される。
『この事態を受け、先ほど連邦生徒会から緊急の発表がありました。『来訪者』に関する新たな兆候を発見したとのことです。確保された複数の個体を調査した結果、その腹部周辺から、死臭に酷似した微細ま腐敗臭が放たれていることが確認された模様です。臭気の原因については現在調査中ですが、専門家はこれを……』
「うげっ……」
思わず、といった様子でカズサが顔をしかめる。
「臭い、か。鼻が利く子なら、有利かもしれないな」
ラブは腕を組み、冷静に情報を分析した。
新たな判断材料。それは、先生が待ち望んでいたもののはずだった。だが、そのあまりに不気味な内容に、彼は安堵するよりも先に生理的な嫌悪感で背筋が寒くなるのを感じていた。
「……えっと気になってたんだけど、この兆候って個体によってあるかないかって違いが出てくるものなのかな」
沈黙を破ったのは、ヘルメット団の一人だった。彼女は恐る恐る、といった様子で手を挙げる。 その素朴な疑問に、ラブがはっとした顔になった。
「……そうか。昨日の検査では何ともなかったけど、もしかしたら、うちらの中に……」
“いや、それはないよ”
不安げに口を開いたラブの言葉を、先生が食い気味にそして力強く否定した。
“断言できる。みんなからは そんな不快な臭いは全くしないからね”
「え……待ってよ先生。まさか、さっきからずっと私たちの匂い、嗅いでたってこと?」
フブキ心底引いたという顔で先生を見る。先生はそんな彼女の反応に全く気づかず、自信満々に頷いた。
“うん! みんな、すごくいい匂いがするよ”
「うわっ!? 気持ち悪いんだけど!?」
先生の純粋すぎる(そして致命的にズレている)失言に、フブキが絶叫する。ラブはこめかみを押さえ、カズサは表情を隠すように顔をそっぽ向かせた。
「せ、先生。うちら、結構離れてたはずだけど……それで確証が持てるのか?」
カズサが動揺しながらも、なんとか軌道修正を試みる。
“うーん……。それじゃあ念のため、もう一度しっかり嗅がせてもらった方がいいかな?”
先生は真剣な顔でとんでもない提案を口にした。
「い、いい! もう十分だ!!」
これ以上の奇行は許すまいとラブが大声で制止する。
“あ……ごめん”
ようやく場の空気を察した先生がしゅんとして頭を下げた。その時だった。
カズサがすっと先生に近寄り、Tシャツの裾を遠慮がちに掴む。そして蚊の鳴くようなか細い声で、顔を真っ赤にしながら呟いた。
「……あのさ。やっぱり、私のお腹……嗅いで、もらってもいいかな。念のため、だよ。やっぱり、不安だから……」
「へえー?」
その様子を見ていたフブキが、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「君がそう言うなら、私も一応お願いしちゃおっかなー? 先生、私のもちゃんと検査してねー?」
独り占めはさせない、と言わんばかりにフブキが便乗し、カズサが「ちがっ、そういうんじゃないから!」とさらに慌てる。
「まさか、うちらも?」
ラブがごくりと喉を鳴らしながら尋ねる。しかし先生はその不安を打ち消すように、穏やかに首を横に振った。
“ラブ達はもう大丈夫だよ。僕は君たちが『来訪者』じゃないと確信しているから”
先程までの奇行が嘘のように、その声は真摯で揺るぎない信頼に満ちていた。これ以上彼女たちに要らぬ心配をさせまいとする先生なりの優しさだった。
“さて、それじゃあ……”
先生が振り返る先には頬を染めて俯くカズサと、そんな二人を面白そうに眺めるフブキが立っている。
先生はゆっくりと二人の元へ歩み寄りその腹部の高さまで静かにしゃがみ込んだ。そして目を閉じ、まるでソムリエがワインの香りを確かめるかのように、慎重にゆっくりと息を吸い込む。
カズサの前で数度、そしてフブキの前で数度。 奇妙な沈黙が執務室を支配する。やがて先生はすっと立ち上がると、目を開けて静かに結果を告げた。
“……うん。二人とも例の不快な臭いは全くしなかったよ”
「ふぅ……よかったぁ……」
カズサは、全身の力が抜けたように安堵のため息を漏らした。
「例の兆候はなかったけど、昨日の『赤い目』の方は調べなくていいの?」
フブキが尋ねる。
“ああ。君たちの瞳は昨日からずっと綺麗なままだからね。僕が保証するよ”
「へぇー。先生って、意外とちゃんと見てるんだね」
フブキの素直な感心に先生は苦笑した。張り詰めていた空気が和らいだその時、カズサが何かを思い出したように慌ててスマホを取り出した。
「そうだ、アイリたちに連絡しないと。心配してるかも……」
彼女は手慣れた様子でモモトークを起動し、放課後スイーツ部のグループチャットに「こっちは無事だから!」とメッセージを打ち込む。
だが。
「……あれ?」
いくら待ってもメッセージには既読がつかない。それどころか送信中を示すアイコンがくるくると回り続けている。
「おかしいな、電波悪いのかな……」
カズサが眉をひそめ、何度も再送信を試みる。その不穏な空気を切り裂くようにテレビからけたたましい速報アラームが鳴り響いた。
『――緊急速報です! たった今入った情報によりますと、キヴォトス最大のSNS・通信インフラを運営する本社ビルが、完全に機能を停止した模様です!』
画面に映し出されたのは、黒煙を上げる巨大なビルだった。
『原因は現在調査中ですが、外部からの大規模な襲撃を受けた可能性が指摘されており、これによりモモトーク、モモッターを含む関連サービスが全て利用不能となっています! 復旧の目処は全く立っておりません!』
カズサの手からスマホが滑り落ちた。
連絡手段が断たれた。 外の世界で何が起きているのかを知る術も、仲間たちの安否を確認する術も、今この瞬間、キヴォトスから失われたのだ。
執務室は、先程までとは比べ物にならない冷たい絶望感に包まれていた。
先程の一件――生徒たちが最後のライフラインとして頼っていた通信網の完全な途絶は、カズサの心を容易くへし折った。
「どうして!? 繋がらない、繋がらないよ! アイリは!? ヨシミは!? ナツは!?」
半狂乱で叫び、今にも窓を突き破ってトリニティへ走り出そうとする彼女をフブキとラブが数人がかりで押さえつける。今はかろうじて彼女を部屋に留めている、という危険な状況だった。
本当なら彼女が落ち着くまで付き添ってやりたかった。だがシャーレにはもう一つのまだ確認されていない危険因子が存在する。教師失格、という四文字が脳裏をよぎるが先生はそれを振り払った。感傷に浸って全員を危険に晒すことだけは絶対にあってはならない。
――それでも罪悪感が鉛のように胃に溜まり、ムカムカとした不快感がこみ上げてくる。だがこの感情もこれから行う検査の重圧に比べれば、まだマシかもしれなかった。
先生は、オートマタの男がいる客室の扉の前に立ち、一度短く息を吐いて感情を押し殺す。
“……入ってもよろしいでしょうか?”
三度ノックをすると、中から合成音声特有の平坦な声が返ってきた。
「ああ、入れ」
“……失礼します”
了承を得て扉を開けると、昨夜招き入れたオートマタが寸分の乱れもなく椅子に腰掛け、まるでこの部屋の主であるかのように先生を待っていた。
“……用件は、お分かりのようですね?”
「無論だ。検査だろう? 必要な情報は既にこの部屋の端末で確認済みだ」
男のカメラアイが、部屋の隅に置かれたテレビを一瞥する。画面には、例のニュース速報が映し出されていた。
“話が早くて助かります。では、早速”
先生は警戒を解くことなく男に近寄り、その腹部あたりで慎重に息を吸い込む。機械油の匂いに混じって、あの悍ましい腐敗臭がしないことを確認する。次に感情の読めないカメラアイを覗き込んだ。そこにあるのは禍々しい赤い光ではなく、冷たいレンズの光だけだった。
“……兆候は、いずれも確認できませんでした”
先生が結果を告げると、男は安堵するでもなくむしろ値踏みするような態度で言った。
「ふむ。貴様の昨夜の判断は、結果的に間違っていなかった、というわけか」
“……運が良かっただけですよ”
これで今日の責務は果たした。先生が早々に部屋を出ようと背を向けた、その時だった。
「待て、シャーレの先生」
男に呼び止められ、先生は足を止めた。
「貴様は、かつて敵対した私を躊躇なく招き入れ、交渉に応じた。そして今、律儀に検査まで行った。面白い。実に興味深い人間だ」
“……光栄です”
「そこで提案だ。この混沌の中では、情報の価値がこれまでになく高騰する。この繋がりを、一夜限りのものにするのは惜しいとは思わんかね?」
そう言うと、男はジャケットの内ポケットから一枚の紙片を取り出し先生に差し出した。
“これは?”
「私の番号だ。貴様が生業とする『問題解決』には、正確な『情報』が必要不可欠だろう。何かを知りたくなった時は、その番号にかけるがいい。場合によっては相応の対価は貰うが、それ以上の価値は提供すると約束しよう」
それは敵からの、あまりにも合理的でそして抗いがたい誘いだった。
そして無論、先生は断る訳なく、 “ありがとうございます”、と礼を言った。
「ふむ、貴様とはある程度良いパートナーになりそうだな」
先生が去る直前、男はそう呟いた。
“どう、カズサ?連絡は取れた?”
「はい、しっかり繋がりました。ありがとうございます……」
日が沈み、世界が再び夜の暗闇に覆われ始めた頃。シャーレの執務室の中で、カズサが深々と頭を下げながら分厚い生徒名簿を先生に渡した。
半狂乱に陥っていた彼女を落ち着かせるため、先生が思いついたのは、原始的でしかし唯一の方法だった。シャーレに保管されている全生徒の名簿からスイーツ部のメンバーの電話番号を探し出し、直接電話をかけさせたのだ。幸いにもキヴォトスの電話回線はまだ生きていた。カズサは涙ながらに仲間たちの無事を確認し、ようやく落ち着きを取り戻したのである。
一方、堂々と行われる犯罪に近しい行為を眺めていたフブキは、揶揄うように忠告した。
「いいの先生?一応言うけど、それ立派なプライバシー侵害だよ?」
“はは、この地獄が終わってから捕まえてくれないかな?”
「いい冗談だね。洒落にならないけど」
“はは……”
結局昨夜からシャーレに滞在している生徒たちは全員が今夜もここに泊まることになった。執務室の片隅では、ラブとヘルメット団がどこからか持ち込んだ布団を広げ、すでに寝息を立て始めている。先生のデスクの隣では、カズサとフブキが当然のように椅子を並べて居座っていた。言わばマーキングに近しいものである。
(そろそろ、シャーレの宿泊場所を考え直さないと……)
先生はそんなことを考えながら、防犯モニターの映像を一つずつ切り替えて館内の安全を確認していた。その時だった。
「……ん?一階の玄関ロビー。スーツを着たオートマタが立ってたよ?」
フブキが光景の異常を知らせる。
“ああ彼か。心配ないよ、昨日泊まりに来たマフィアの人だね”
「マフィアの人と接触したの?何かされなかった?」
“寧ろ、いい情報源を持ってきてくれたんだ”
先生はそう自慢するように、懐から出したあの男の電話番号を見せびらかす。
「あの男、信頼できるの?」
フブキは訝しんだ。
“まあ、今後の働き次第によるかな”
先生は意味深に笑い、紙片を懐にしまう。その時、オートマタの男は既に玄関の扉を通りかかる所だった。
にしても、今日はやけに平和だと先生はふと思う。『来訪者』を誰一人として招き入れていないし、良い情報源を手に入れることができた。出来れば夜も、この平穏が続けばいいのにと心の中で祈った。
「……」
だが生憎、先生が求めていた平穏は長く続かなかった。
「……ねえ、先生」
不意に静寂を破る声がした。監視モニターに飽きたのか、窓の外をぼんやりと眺めていたフブキだった。その声にはいつもの気怠さがなく、妙に張り詰めた響きがあった。
「シャーレの、東側。あっちに何かあったか、覚えてる?」
“東側?”
先生は記憶を探る。昨日時点では居場所がない生徒たちがぶらついてたぐらいだ。
“いや、特に何も……ああ、そういえば昨日、行き場のない生徒たちが、あそこでぶらついてたり野宿しているのを見かけたな……”
その言葉を聞いた瞬間、フブキの表情が険しくなる。
「……そっか。じゃあ、やばいかもね」
“や、やばいって、何が?”
先生の胸に嫌な予感が広がる。フブキは窓から目を離さないまま、
「さっきから、視線の端でさ」
彼女は一度言葉を切り、ごくりと喉を鳴らした。
「……なんか赤いのが、広がってる」
フブキはか細く、声を震わせていた。いつもの気怠さな雰囲気ではなかった。
“……っ!?”
その不穏すぎる一言に先生の背筋を氷が走った。彼は椅子を蹴るように立ち上がると、フブキの隣に駆け寄り窓の外を食い入るように見つめた。
眼下に広がるのは、見慣れたシャーレ前の道路のはずだった。だが違う。何かが決定的に違っていた。
街灯に照らされたアスファルト。その上をまるで黒いキャンバスに絵の具をぶちまけたかのように、おびただしい量の赤い液体が流れていた。道路脇の排水溝へとぬらぬらと光りながら吸い込まれていくそれは、見間違いようもなく――血だった。
嫌な予感が心臓を鷲掴みにする。先生は震える視線を、その赤い川の源流へと辿った。
そこに あった。 人影が。いくつも。 うつ伏せに、あるいは仰向けに、不自然な角度で折り重なるようにして、道端に転がっている。彼女たちが着ているのは、見覚えのあるキヴォトスの生徒たちの制服だった。
“そん……な……”
悍ましい現実を、脳が理解することを拒絶する。だが目を逸らしても、網膜に焼き付いた光景は消えない。暗闇の中で街灯に照らされた鮮血だけが、悪夢のように鮮やかに浮かび上がっていた。
ふと、隣で息を呑む気配がした。フブキだ。 今までどこか他人事だったはずの『死』という概念が、圧倒的な現実として、今彼女の目の前に突きつけられている。その顔は青ざめ唇はわななき、ただ嗚咽を漏らしながら惨状に釘付けになっていた。
“フブキ。一回離れよう”
「う、うん……」
これ以上は精神が壊れてしまう。彼は半ば強引に窓からフブキを引き離した。
「せ、先生!?外で一体何がーー」
“見ない方がいい、カズサ”
「えっ、わ、分かった」
異常を察知し、心配そうに駆けつけてくるが、先生の今までない冷たく鋭い目つきと言葉に彼女はすんなりと引き下がる。
先生は込み上げてくる吐き気をこらえながら、もう一度窓の外の地獄を直視した。情報を整理しなければならない。この惨状から何が起きたのかを読み解かなければ。
夥しい量の血だまり。そこから流れ出す幾筋もの赤い川。だがその中で一本だけ、明らかに異質な流れがあった。
他の血が排水溝へと吸い込まれていくのに対し、その一本だけはまるで意志を持っているかのように、まっすぐにシャーレの正面玄関へと向かって伸びている。濃く、太い、おぞましい道筋。それは先程の惨劇の犯人が今まさにこちらへ向かってきていることを示す、何よりの証拠だった。
その瞬間、先生の脳裏に数分前に玄関から出て行ったオートマタの姿がよぎる。
まずい、彼が危ない!
先生はデスクへと駆け戻り、防犯モニターの映像を正面玄関に切り替える。まだ男はそう遠くへは行っていない。先生は躊躇なく、インターホンの外部マイクのスイッチを入れた。
“そこに何か来ます! すぐに戻ってください!!”
ノイズ混じりのほとんど絶叫に近い声。モニターの中のオートマタがその声に気づいてはっと立ち止まる。彼は一瞬逡巡した後、即座に踵を返しシャーレのエントランスへと猛然と駆け戻ってきた。
なんとか間に合った。先生は安堵の息をつく間もなく、カメラを玄関前のインターホン映像に切り替える。
まだ何もいない。 そう思った矢先、その思考は暴力的に否定された。
闇の、そのさらに奥から、すぅっと、まるで滲み出すかのように一つの人影が現れた。それはこれまでに遭遇したどの『来訪者』とも違っていた。
晴天の空を溶かしたかのような、青く澄んだロングヘア。無駄がなく気品に満ちた白亜の制服。そして、頭上には聖者のように青白く輝くヘイロー。今のご時世を皮肉ような外見だが、 その姿は紛れもなくキヴォトスの『生徒』そのものだった。
だが直感が警鐘を乱打する。あれは違う。あれは人間ではない。
異様さは、それだけではなかった。 純白の制服には、おびただしい返り血がまるで赤い花模様のようにこびりついている。そしてその頭頂部からは、自らのものと思われる血が流れ、顔の半分を不気味に塗りたくっていた。 何よりもおぞましいのはその表情。彼女は目を閉じたまま完璧な弧を描く笑顔を浮かべていた。喜びも、悲しみも、怒りさえも感じられない、ただ貼り付けられただけの無感情な笑み。
インターホンのカメラが、その姿を大きく捉えた瞬間。彼女はぴたりと優雅な歩みを止めた。 そして、まるでそこにカメラがあると最初から知っていたかのように、ゆっくりとその顔をこちらに向けた。
閉じられていた瞼がするりと持ち上がる。
その奥にあったのは、光を一切反射しない、どこまでも深い真っ黒な瞳だった。
人間味というものが完全に欠落した瞳が、モニター越しに先生の魂を射抜いていた。
ーー畏怖と苛立ち。先生が染め上げられたものだ。
(ピンポーン)
先生の冷静な思考を掻き乱すように、モニターの中の彼女は呼び出しベルを鳴らす。先生を弄ぶような、わざとらしい手つきだった。
本来はなんとか策を思案する時間が必要だった。しかし、キヴォトスの住民ですらいとも簡単に鏖殺してしまう存在が玄関の前で立ち尽くしている。そんな余裕はない。
肋骨をぶち破るような重々しく早い鼓動が静寂の中響く。この上ない緊張感の中、先生はその呼び出しに応えた。
『やあ』
先生が口を開くよりも速く、彼女は透き通るような声で、この場にそぐわないご機嫌な挨拶を発した。
“……入れるつもりはありません”
『ふふ、だろうね。それよりもあの判断、速くて正確だったよ。やっぱり指揮が得意なだけあるね』
“私を、どこまで知っている?”
先生は言葉尻を合わせて、彼女らの正体を詮索しようと試みたが話を受け流されてしまった。
『さあね?それより、最近人を呼び寄せているらしいね?』
“『来訪者』は群れるのが嫌いだと聞いたよ。それに、私の大切な生徒に危険な目に遭って欲しくない”
『ふーん』
彼女がうっとりと目を細め相槌を打つと、こちらを見据えるかのように語り始める。
『でもさ、こんな広い家だと部屋がいくつか余るぐらい沢山あると思うんだ。そして心優しいキミは、律儀に部屋を分けてあげる……でしょ』
“……っ!”
先生の思惑が見事に命中してしまう。先生の漏れ出る声に、彼女は不敵に微笑む。
『ふふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふっ!やっぱりそうなんだ!じゃあ、聞かせてよぉ……』
『今、部屋に一人?』
黒ずんだ目を見開かせ、見せつけるように真っ白な歯を見せて笑いながらそう問う彼女は、純粋さと恐怖心で構成された悪魔らしい不気味な表情だった。
その瞬間、先生は確かに感じた。 自らの命が今まさに消えようとしているのだと。まるで死へのカウントダウンが目の前に突きつけられたかのような、原始的な恐怖。
全身から血の気が引き、指先が氷のように冷たくなる。 その心が恐怖に呑まれかけた、まさにその時だった。
ふと、背後で微かな衣擦れの音がした。 振り返るといつの間にか執務室の入り口に、カズサとフブキが息を殺して立っていた。彼女たちは不安と恐怖に顔を青ざめさせながらも、必死に先生の背中を見つめている。その瞳は、まるで嵐の中で親鳥の帰りを待つ雛鳥のようだった。
――そうだ。私は、一人じゃない。
その事実が、凍り付いていた先生の心に小さな火を灯した。彼はもう一度、モニターの中の悪魔へと向き直る。
“……一人ではありません”
先生は震えを押し殺し、きっぱりと答えた。
その言葉を聞いた瞬間、モニターの中の『彼女』の笑顔がぴたりと消えた。そしてまるで欲しかったおもちゃを取り上げられた子供のように、露骨につまらなそうな表情を浮かべる。
『……なんだ。今日はツイてるんだね』
だが、それも一瞬。彼女の口元は、再びあの完璧な三日月の笑みに戻っていた。
『でも』
彼女は囁いた。その声は、甘い毒のように鼓膜に染み込む。
『明日は? 明後日は? その幸運、いつまで続くのかな?』
その不穏な言葉だけを残し、彼女はくるりと背を向けた。そしてまるで最初から何もなかったかのようにすぅっと、来た時と同じように暗闇の中へと溶けて消えた。
後に残されたのは、不気味な静寂と、先生の胸に深く刻み込まれた、拭い去ることのできない戦慄だけだった。
“……み、みんな大丈夫だった?”
張り詰めていた緊張の糸が途切れ、先生の口から放たれた第一声は自分自身ではなく生徒の安否を気遣うものだった。
するとカズサは何も言わず、肩をビクッと震わせ、まだふるふると小刻み震える手で先生のシャツの裾を掴み、引っ張ると同時に先生の体に自分の体を預け、顔をシャツに埋め込む。 先生はその可愛らしい彼女に、ただ頭を丁寧に撫でるだけだった。
一方フブキは怯えているような、それか恐怖以外のものに驚愕したような、口をぽかんと開かせ唖然としていた表情のまま固まっていた。それとは対照的に ラブ達はこんな喧騒なひと時があったのにも関わらず、寝息を立てて熟睡していた。
先生は辺りを見渡して、十人十色の彼女らを見て、重い溜息を吐いて安堵した。
時計の針が無情にも深夜12時を指していた。
あの悪夢のような来訪から数時間が経過した。 先生が最初に行ったのは、エントランスにいたオートマタの安否確認だった。幸い彼は無傷で、先生の顔を見るなり何も言わず、しかし何かを理解したように一度だけ頷くと夜の闇へと再び姿を消した。
そして先生は一人で外に出た。
シャーレの前に無残に転がっていた、名も知らぬ生徒たちの亡骸。先生は、一人ひとり、その亡骸を瓦礫の陰へと運び、せめてもの弔いとして 土をかけた。冷たくなっていく少女たちの手を握るたびに自分の無力さを呪い、唇を噛み締めることしかできなかった。
全ての弔いを終え、執務室に戻ってきた今。先生の心に残っているのは、死の匂いと、拭い去ることのできない罪悪感。そして、あの来訪者が残した『明日は? 明後日は?』という、不安を煽る言葉だけだった。
ふと頭によぎる黒服が言い放った『大人の責務』という言葉。毎回こんな事に遭うたびに蘇る気がする。先生は、その信頼しているがどこか無責任さを感じる言葉に舌から音を鳴らす。
「先生?どうしたの、急に舌打ちして……」
彼の舌打ちに反応して、カズサがビクッと震わせながら伺う。
“えっ?ああ、ごめんね。怖がらせちゃったかな”
「いや、大丈夫、ですっ」
彼女は先程から眠らず、ずっとべったりとくっついているが無理もない。今まで遭遇するはずがなかった、しかもあの悪魔そのもの存在に出会ったのだから、当然の反応だろう。
未だに怯える彼女を、先生は時々言葉をかけてあげる。そのような時間を過ごしていた所にいつも水が差してくるものだ。
(ピンポーン)
今回も静寂を破り、来訪を知らせるベルの音が鳴り響く。先生は来客対応しにソファから立ちあがろうするが、案の定カズサに制止させられてしまう。
“ごめんねカズサ。お客さんの対応を……”
「……だめ」
“……カズサ。毎回あの『来訪者』が来る訳じゃないからさ”
先生の優しい説得に、カズサは不満げにしかしゆっくりと力を緩めた。先生はしょんぼりと俯く彼女の頭をもう一度撫でてから、モニターが設置されたデスクへと向かう。
『こんばんは、先生。夜分遅くに申し訳ありませんが、暫しの間泊めてはいただけないでしょうか』
モニターに映っていたのは、ネイビーブルーのツインテールが特徴的な生徒。ミレニアムサイエンススクールが誇る計算高い会計係、早瀬ユウカだった。
“ユウカ。久しぶりだね”
『ええ、ご無沙汰しております、先生』
“確か、君はずっとミレニアムの寮に泊まっていると聞いていたけど。どうしてここに?”
『簡単な話です。ミレニアムの本校舎にも、『来訪者』が出没するという噂が広まりまして。安全が確保できなくなったんです』
“そうか……大変だったね。他の生徒たちは無事なのかい?”
『他の生徒、ですか? ミレニアムの大部分は、元々自宅から通っていますから。今も研究に没頭しながら自宅で籠城している者がほとんどでしょう。こんな状況でも学校に泊まり続けるのは、寝食を忘れるエンジニア部のような変わり者くらいなものです』
“じゃあ、ユウカもその変わり者の一人ということかな?”
先生が少し揶揄うように言うと、ユウカは慌てて首を横に振った。
『ち、違います! 私たちセミナーは、学校の予算管理という重要な職務がありますから! これは仕事です、仕事!』
自分の命の安全よりも職務を優先するような人を、世界では変わり者だと言うのだよユウカ君。
『ほんっとうに……先生は相変わらずですね』
“こんな世界でもね、自分らしく生きるというのが大切なんだよ”
モニター越しで談笑し合っていると、モニター側の方から話を切り出した。
『っていうかいつまでここで談笑し合うんですか?とにかく、中へ入れてもらえますか?』
“ああ、悪いね……”
我慢ならなかったユウカが怒声を吐き出したため、先生は苦笑しながらいち早く解錠ボタンを押す。
『ありがとうございます。宿泊の間、できる限り先生のサポートをしますので』
“ありがとうね、ユウカ”
ユウカは頭を下げながら、シャーレの玄関をくぐる。なんだが最近、招き入れるまで早くなっているような気がする。
午前2時。丑三つ時という言葉が自然と頭に浮かぶ不気味な時間帯。そんな深夜の静寂を破り、来訪者を告げるベルが鳴った。
『こんばんはぁ〜、先生……』
モニターに映し出されたのは、どこか掴みどころのない表情を浮かべた少女。百鬼夜行連合学院、陰陽部の和楽チセだった。彼女は遠くを見つめる瞳でじっとカメラのレンズを見つめている。
“ち、チセ!? こんな時間にどうしたんだい?”
『会いに来ちゃった……』
“夜道は危ないって、知ってるだろう?”
『ん〜? 大丈夫だよぉ〜。さっきまで、ちゃんと護衛してもらってたから……』
“護衛? もしかして、百鬼夜行から避難してきたのかい?”
『そ〜だよ〜。カホがね、「先生の所まで行きなさい」って……』
チセの簡潔すぎる説明に、先生は状況を把握しようと頭を巡らせる。そして、意を決して尋ねた。
“……そっか。百鬼夜行の様子はどう? 大変なことになってるんじゃないか?”
『う〜ん……『来訪者』? がいっぱい出てくるようになってね……。街のみんな、わーってなって、パニックだったよぉ……』
チセはまるで他人事のように、淡々と故郷の惨状を語った。その掴みどころのない言葉の裏に、どれほどの混乱が隠されているのか。先生はただ想像することしかできなかった。
“それで……泊めてほしい、ということかな?”
『うん。少しの間だけ、お願い……』
チセのどこか儚げなその願い。 その夜、先生が耳にしたどの言葉よりもそれは純粋に響いた。
頭の片隅で昼間の惨劇が警鐘を鳴らす。検査は? 兆候は? あの赤い瞳、悍ましい腐敗臭――。論理的な思考が危険だと叫んでいる。
だが先生はモニターに映るチセの顔をもう一度見つめた。 焦点の合わない、どこか遠くを見ているような瞳。掴みどころのない不思議な少女。だがそれでも――彼女は紛れもなく百鬼夜行の大切な彼の生徒だった。
――まさか、自分の生徒が『来訪者』であるはずがない。
そのあまりにも無防備な願い。それはもはや論理ではなく祈りに近かった。この地獄のような世界で守りたい最後の聖域。それが生徒たちとの信頼だった。
先生の指が、迷いなく解錠ボタンを押した。
カチリ、と無機質な電子音が響く。 目の前のドアが静かに開いていくのを、チセはただ無感動に見つめていた。そしてまるで夢の中を歩くかのように、ゆっくりとシャーレの光の中へとその身を滑り込ませた。
“……ふぅ”
その光景を見守った先生は、天を仰ぎ溜息を吐いた。
何だか、今までの生徒訪問より一番精神が張り詰めたような気がする。……まさか彼女を信頼しきれないというのか?確かにチセは腹の内が読めないし、その護衛とやらの姿は見えない……。
不意に感じてしまった邪念を振り解き、立ち上がる先生。辺りではそれぞれの寝床に横たわり、今日の苦労を噛み締めて熟睡する生徒ばかりだった。
“……そんな訳、無いよな”
先生は断言した。先生という存在は、あまりにも生徒への、生徒からの信頼が強すぎる存在なのだ。
もう一度モニターを確認し誰もいない事を確認した先生は、彼女らと同じように寝床へつこうとすると……。
(ピンポーン)
再び、静寂の中にベルの音が鳴り響いた。
流石にそろそろうざったらしく思う頃合いだろう。先生はいつもとは違い、苦虫を噛み潰したような表情をつくり、再度席へつく。
“……?”
モニターの中には、『耳』しか映っていなかった。黄色くて大きな耳……見覚えが。
疑問に思い先生は少しカメラを下げると……。
『ふむ、やっと目線が揃ったようだ。まったく手こずらせるとは……』
“セイ、アなのか?”
『ああ、君の生徒である百合園セイアだ』
特徴的な耳を持つ生徒。トリニティのティーパーティの一人、百合園セイアがこちらを覗き込んでいた。
彼女を見た時先生はまた疑問を抱く。なぜトリニティの重役である彼女が、わざわざ深夜に訪れたのだろうか。
疑問点はいくつも思い浮かぶが、中での一際目立つ特徴がある。
彼女はいつもの純白で豪華な服装とは違い、その上からパーカーやズボンなど……庶民的な衣装を羽織っているのだ。
『君の中で、幾つかの謎は思い浮かぶだろうが今は一旦置いておいてほしい』
『久方ぶりに君の下へ訪れてみたが……成程。浮き足だった様子はなく清廉な道を辿っているようだな』
“なんの話?”
話を切り出したセイアは、今まで以上に不思議な事を言い連ねている。
『しかし環境の変化とは決して抗えない存在。君自身は察知できてはいないが、確かに君の中で……名状し難いが、変わり始めているようだ』
“変わり始めている……?”
セイアの言葉は、まるで難解な詩のよう、先生の思考を通り過ぎていく。先生がその真意を掴みかねているのを察したのか、彼女はこほんと一つ咳払いをした。
『まあ、小難しい話はここまでにして少し余興に付き合ってもらおうか』
セイアは古びた革のバッグから恭しくタロットのデッキを取り出した。そして慣れた手つきでシャッフルするとそこから3枚のカードを抜き出す。
『人の未来とは定められた一本道ではない。常に無数の可能性に開かれている。だが今の私に見える道筋は、大きく分けて三つだ』
彼女はそう言うと、裏向きにした3枚のカードをインターホンのカメラにゆっくりとかざして見せた。まるでモニターのこちら側にいる先生に、直接触れて選べとでも言うように。
『さあ、先生。君の直感が指し示す一枚が私がこれから歩む道となる。君の手で私の未来を決定してくれたまえ』
その言葉には抗うことのできない力がこもっていた。先生はゴクリと喉を鳴らし、モニターに映る3枚のカードを凝視する。そしてまるで何かに導かれるように静かに一枚を指さした。
“……真ん中、のカードを”
その選択を見て、セイアはわずかに目を伏せた。ほんの少しの沈黙の後、彼女は選ばれたカードと選ばれなかった残りの2枚をゆっくりと表に向ける。
そして選ばれた一枚を先生に見せるように掲げた。そこに描かれていたのは、たった一つの灯りを頼りに荒野を一人彷徨う老人の姿。
『……君が選んだのは『隠者』か』
セイアはどこか寂しげに、しかし同時に全てを受け入れたかのように静かに呟いた。
『そうか。私は光の当たる場所から去り、ただ一つの灯りを頼りにこの終わらない夜を彷徨うことになるのだな。ティーパーティーの百合園セイアは死に 名もなき探求者として生きよ、と。……君は私にそう命じるのだな』
その言葉は非難ではなかった。ただ 先生の選択という名の『運命』を、彼女が静かに受け入れたことを示す 厳粛な宣言だった。
“……すまない、君を否定するような”
『なに、先生が自責する必要はないよ。ただ先生は『私の未来を告げる者』として、世界或いは私の運命選ばせて貰っただけさ』
自責すると先生の声を聞いて、セイアは慰めるようにふっと微笑む。
『……さて、私が君に告げるべき事項が幾つかある。今宵はその内の一つの『予言』を伝えよう』
“予言?”
『……備えればなるまい。奇妙に聞こえようが、猫を連れた者を迎え入れねばならない』
“猫?”
『いつか助けになるさ。しかしこの予言に従うかは君次第だ。一先ず、私は君が選んだ運命に備えるよ』
彼女を言葉を残し、暗闇へ消えようとする。
“ま、待ってくれ!このまま帰るのかい?一回ここへ泊まった方が……”
『……私はもうティーパーティの長でも、百合園セイアではないさ。それに狐はすばしっこいのだよ』
先生の願望とは裏腹に、セイアは彼の呼びかけにも足を止めずゆっくりと暗闇の中へ溶けて消えてゆく。
後に残されたのは、不気味なほどの静寂と『猫を連れた者』という謎めいた言葉。そして他人の未来を決定し、見捨ててしまったという消えることのない重い感触だけだった。
先生は誰もいなくなったモニターをただ呆然と見つめ続ける。
この夜、シャーレの時計の針がまた一つ進んだ。それはただ時間が経過したというだけではない。先生とこの壊れかけの世界の運命が、確実にそして後戻りできない場所へとまた一歩進んだ音だった。
コメント
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セイアが預言者の立場なのは確かにってナッタや…これからあんなに成るのかと思うとちと心苦しくなるね…なんかチセが来訪者な気がする…まぁでも来訪者って二人以上家にいないと犠牲者出ないから大丈夫……よね?
うわーん!この日だけカロリーが高すぎます!というかここから段々高くなっていきます! それと原作のゲームに沿ってるっちゃ沿ってるけど、必ず原作通りの道を歩む訳でないからね……