~~ 遡ること約7年と数ヶ月前
由宇子が大倉将康との離婚届を出し
新居に移ってから半年程経った頃のこと ~~ ⑤
「小さな頃から一緒にきょうだいのように育った由宇子ならさ
なんか身内感覚? 姉のような気持ちで見守れるんじゃないかって
私も主人もちょっと期待してたのよ。
それもね、由宇子が再婚はないっていう前提ね。
再婚に意欲的で他の男性を捜すのならこんなお願いは
できなかったわ」
ええいっ、ままよ!
「洋子ちゃん、ほんとに私でいいんですか?」
「ほんとにホント。軽い気持ちではないのよ。
主人も私も超真剣。
由宇子に結婚申し込まれたら薫絶対断らないよ。
もし断るようなことがあったら私……切腹するわ」
私は由宇子が積極的に動けるよう、恐ろしい言葉で後押しした。
容姿も頭脳も良く産まれてきたというのに何の因果か、訳の分からない
個性を持っているというだけで、この先家族を持てないであろう息子を
思うと切なく、これまで幾夜涙を流してきたことか。
私も夫も、情に厚くしっかり者の姪の由宇子が家族になってくれたらと
願っている。
由宇子が元の旦那の大倉氏と結婚が決まったと聞いた日
夫と私はどんなに落胆したことか。
あの日の悲しみと落胆を思えば……
息子のためならば……
恥も外聞も振り捨てて私は由宇子に向かっていけた。
「洋子ちゃん、じゃあお茶はもういいです。
このまま薫を誘ってその辺でお茶してきます」
切腹すると言った伯母の言葉に、息子に家族を作りたいという
強い母親としての気持ちが伝わってきた。
「そう?
それがいいわね。
子供たちはおじさんと私とで見てるから」
洋子ちゃんが薫に声をかけた。
「薫、久し振りだから由宇子と洒落たお店でお茶でもしてきたら?」
~ 遡ること約7年と数ヶ月前
由宇子が大倉将康との離婚届を出し
新居に移ってから半年程経った頃のこと ~~ ⑥
「どうする?」
「う~ん、どこ行こっか!」
そう言いつつ薫の後を付いて行く。
薫に続いて車に乗った。
薫はごにょごにょ言ってたけどすぐに行き先をほぼ決めたみたいで
迷いなく運転し始めた。
どこに行くのと聞かなかった。
私はリラックスしてシートに身体を預けてしばらくの間見慣れた風景を
楽しんだ。
見慣れた風景が続き、そのテリトリーの中で結局薫の運転は終わった。
終着駅は……イヤ 汽車じゃないんだけど、
車を降りて薫に付いて行くとそこは見慣れた場所だった。
「懐かしいよなぁ~」
「ひゃはっ、懐かしいぃー!」
伯母の家から車でほんの15分ほど離れた公園だった。
私たちが小さな頃、母と伯母に連れられてよく遊びに来た場所。
「自販機で買ってきて、ここでお茶してもよい?」
「うん」
「待ってて!」
そう言うと薫は近隣に設置してある自販機で低糖コーヒーを
買ってきてくれた。
「ね、なんで離婚したの?」
いきなりの直球の質問に私はコーヒーを噴き出しそうになった。
「ブッホッ、それ聞くぅ?」
「なんかさぁ、聞きたい」
薫が笑いながら訊いてくる。
「まいったなぁ、薫くんには」
「言えない?
言いたくない?」
「そだね、ひと言ではなかなか言い表せない感情っていうもんが
あるからねぇ~。
一緒にいるのがしんどくなったから? かな」
47-2
「旦那のこと嫌いになった?」
「う~ん、嫌いになったとも言えるし、嫌いになれないから
苦しかったとも言えるし。
自分でもどう表現していいのか、難しいわね。
はっきりしてるのは、もう一緒に暮らしていけなくなったってことかな」
「由宇子ちゃん…….」
「うん?」
「難しいこと言うんだな」
「そ……だね、確かに。
人の心って言うの? 気持ちっていうの? 複雑で難しいんだよ」
「俺、そういうのは難しいパズルのようで全然分からん」
「えーとね、だから……う~んとね
薫が聞いてくれたお陰で私も何となく分かってきた。
元夫と一緒にいるのがイヤになったんだよ。
たぶん、じゃなかった……すごくイヤになったの」
「その回答なら、よく分かる」
「なら、良かった。
何でも難しく考えすぎると身体によくないから
簡単な理由が分かって私も良かったわ」
~ 遡ること約7年と数ヶ月前
由宇子が大倉将康との離婚届を出し
新居に移ってから半年程経った頃のこと ~~⑦
コクリとコーヒーを飲む薫を見上げた。
職業柄許される長髪、亜麻色の毛先が小さなほわほわっと
頬を撫でるようにして流れてくる風に揺れる。
線が細く見えるけれど、つくところにはばっちり筋肉が
付いている薫の身体。
そんな容貌だから実年齢より若く見える。
しかも私より3才も年下だ。
怯むよ、私じゃなくたって!
洋子ちゃん、切腹してみる?
「俺さ、由宇子ちゃんが結婚するなんて考えたこともなくて
結婚するって知った時すごく落ち込んだんだぁ~」
前方を見据え、薫が遠い目をして言った。
「それでもさ……
嫁いでからも仕事はおじさんのいる事務所だっし遠くに行く
わけじゃあないからって、凹むの止めようって思ったけど
盆・正月・ほかイベントごとで皆で集まった時に、由宇子ちゃんが
旦那と仲良く一緒にいるところなんか見たらまた凹んだ。
今思うと独占欲だったのかなって」
「独占欲?」
「うん、何ていうか友達でいうと、俺だけの一番仲の良い友達を
取られたっていう感じ?
由宇子ちゃん、元旦那しか見てないって感じで俺の存在なんて
ないみたいな振る舞いだったし」
「そっか!
知らなかったとはいえ、今更だけどゴメンネ。
淋しい思いさせて」
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こういうことを素直に言える薫はすごいと思う。
普通は言わないでしょ。
好きで付き合って恋人同士になって結婚して夫婦になって
そりゃあ、特に新婚ならなおさらしようがないこと。
見つめるのが惚れてる夫になってもね。
薫はそこのところが分かんないの? やっぱり?
「だからぁ、普通離婚って悲しいことなんだろうけど……
もうアイツ由宇子ちゃんの一番じゃなくなったってことだろ?
アイツが側にいなくなったんだから、俺が由宇子ちゃんとも
美誠や智宏とも今までよりもっと会えるし、可愛がっても
いいんだよね?
俺、美誠も智宏も由宇子ちゃんもすごい好きだからさ、喜んじゃあ
いけないとは思うけど由宇子ちゃんが離婚して戻ってきてくれて
うれしいよ」
「ありがと」
『由宇子ちゃんもすんごい好きだよ』が私の脳内でリフレイン
している。
その前に付いてた娘と息子の名前を端折ってリフレイン
している私のお脳みそはどこかおかしいよね?
しかしこの場合の好きは、やはりアレですか?
友だちラインかしらねぇ?
まぁいいやっ!
好き、それもすごく……が付いているのだし。
これがどういう類の好きかは分かんないけどぉ、私のことを
好きでいることだけは確かよね、うんっ!!
ここで言わないとどこで言うのっていう感じ?
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