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中学一年生。モテる。
スタイルがよく、運動神経抜群!
でも勉強が大の苦手。
颯のことが好き。
中学一年生。不器用。女子嫌いと有名。
イケメンで、モテている。
運動と勉強どっちも得意。
帆乃夏のことが好き。
中学一年生。颯と仲がいい。
帆乃夏と仲が良いが、颯のことが好き。
颯の恋の相談相手。
頭がいいが、運動は苦手。
中学一年生。帆乃夏と仲がいい。
帆乃夏の幼馴染的存在で昔から好き。
勉強は苦手だが、運動は得意。
フレンドリーで、みんなと仲がいい。
昼休み。教室の隅で、帆乃夏は唯と笑い合っていた。
「ねえ唯、颯ってさ、ほんと女子苦手なの?」
唯は少しだけ目を伏せて、答えた。
「うん。…でも、帆乃夏のことは、たぶんちょっと特別だと思うよ」
帆乃夏は笑った。
「えー、あいつ、私のこと避けてるじゃん。廊下で目が合っても、すぐそらすし」
その頃、颯は屋上のドアの前で立ち止まっていた。 開けようとして、やめた。
中に帆乃夏がいるかもしれない。そう思っただけで、足が止まる。
「…なんで、あいつのことばっか考えてんだろ」
颯は小さく呟いた。 その声を、誰も聞いていない。
教室に戻った颯は、唯の隣に座る。 唯は、颯の顔を見ずに言った。
「帆乃夏、今日も屋上行ってたよ」
「…知ってる」
「行けばよかったのに」
「…行けるわけないだろ」
唯は、何も言わなかった。 その沈黙が、颯の心を少しだけ締めつけた。
帆乃夏は、颯のことが気になる。 颯も、帆乃夏のことが好き。
でも、ふたりの間には、言葉にならない距離がある。
そしてその距離を、唯と朝陽は、静かに見つめていた。
昼休み。中庭のベンチで、帆乃夏と朝陽が笑い合っていた。
「ほの、また数学のテストやばかったんだって?」
「やばいどころじゃないよ!“点数って何?”ってレベル!」
「それ逆に才能じゃん。俺、そういうの好きだわ」
「は?バカにしてるでしょ!」
帆乃夏が笑いながら肩を軽く叩く。朝陽はくすっと笑って、叩かれた肩を押さえるふりをした。
その様子を、少し離れた場所から颯が見ていた。
教室の窓越しに、無言で。 唯が隣に立っていることにも気づかず、視線はずっと帆乃夏に向いていた。
「…楽しそうだな」
颯がぽつりと呟いた。
唯は、少しだけ間を置いて言った。
「朝陽は、帆乃夏のこと、ずっと好きだよ。…知ってるでしょ?」
颯は、唯の言葉に眉をひそめる。
「…なんで、あいつばっか。俺のことなんて、見てないくせに」
唯は、颯の横顔を見つめた。
「帆乃夏は、颯のこと気にしてるよ。でも、颯がいつも避けるから…」
「避けてねぇよ」
颯の声が少しだけ強くなる。
「ただ…どう話していいか、わかんねぇだけだ」
唯は、静かに頷いた。 でもその胸の奥では、別の気持ちが揺れていた。
颯の“好き”を知っている。 でも、自分も颯が好きだということは、まだ言えていない。
中庭では、帆乃夏が朝陽に笑いかけていた。 その笑顔は、颯の胸をざわつかせる。
風が吹いた。 誰もが、誰かに言えない気持ちを抱えたまま。
放課後。校門の前で、帆乃夏が靴紐を結び直していると、朝陽が駆け寄ってきた。
「ほの、今日一緒に帰ろうぜ」
「え、いいよ。唯と帰るって言ってたけど、まだ来てないし」
帆乃夏は笑って立ち上がる。朝陽は、少し照れたように後ろ髪をかいた。
「なんかさ、最近あんま話してなかったし。…ほののバカっぷり、久々に聞きたくなって」
「は?それ褒めてないよね?」
ふたりは笑いながら歩き出そうとする。
そのとき——
「帆乃夏」
低い声が背後から響いた。振り返ると、颯が立っていた。制服の襟が少し乱れていて、息が少しだけ荒い。
「唯、昇降口で待ってる。…一緒に帰るって言ってたんだろ」
帆乃夏は一瞬、言葉に詰まる。 朝陽が、颯を見て言った。
「帆乃夏がいいって言ったんだ。別に、俺が無理やり誘ったわけじゃないし」
颯は、朝陽の言葉に眉をひそめる。
「…でも、唯は待ってる。お前が行かなきゃ、唯が困る」
帆乃夏は、ふたりの間に立って、少しだけ笑った。
「…じゃあ、今日は唯と帰るね。朝陽、また明日!」
朝陽は、少しだけ残念そうに笑って手を振った。 颯は、何も言わずに帆乃夏の隣を歩き出す。
その背中を見ながら、朝陽は小さく呟いた。
「…颯、ずるいな」
風が吹いた。
誰もが、誰かの“特別”になりたくて、でもその気持ちをうまく言えないまま、夕焼けに染まっていく。
夕焼けが、校舎の影を長く伸ばしていた。
帆乃夏と唯は、並んで歩いていた。 制服のスカートが風に揺れて、唯の髪が少し帆乃夏の肩にかかる。
「颯って、なんか変だったね」
帆乃夏がぽつりと言った。 唯は、少しだけ歩く速度を落とした。
「…変って、どういう意味?」
「うーん…なんか、朝陽に対してピリピリしてたっていうか。私が一緒に帰ろうとしただけなのに、すごい止めてきたじゃん」
唯は、帆乃夏の横顔をちらりと見た。 その表情は、少しだけ困ったようで、でもどこか嬉しそうにも見えた。
「…帆乃夏のこと、気にしてるんだと思うよ」
唯の声は、静かだった。
帆乃夏は、少しだけ笑った。
「だったら、もっと普通に話してくれればいいのに。颯って、いつも避けるし、目も合わせないし…」
唯は、言葉を飲み込んだ。
「…そういうとこ、不器用なんだよ。颯って」
ふたりの間に、少しだけ沈黙が落ちた。 その沈黙の中で、唯の胸の奥が、じんわりと痛んだ。
帆乃夏が颯のことを気にしている。 それが、言葉の端々から伝わってくる。
でも—— 唯も、颯のことが好きだった。 ずっと、隣で見てきたからこそ、わかる“好き”だった。
「…唯?」
帆乃夏が唯の顔を覗き込む。 唯は、すぐに笑顔を作った。
「ごめん、ちょっと考えごとしてた」
「なに考えてたの?」
「…秘密」
帆乃夏は「えー!」と笑って、唯の肩を軽く叩いた。
唯は、その笑顔に少しだけ胸が締めつけられた。
風が吹いた。 ふたりの距離は近い。
でも、心の中では、それぞれ違う人を見ていた。
放課後の体育館裏。夕陽が壁を赤く染めていた。
颯は、ひとりでボールを蹴っていた。そこに、朝陽が現れる。
「…帆乃夏、今日俺と帰るって言ってたのに」
颯はボールを止めて、朝陽を見た。
「唯が待ってたんだ。お前が邪魔しただけだろ」
朝陽は、少しだけ笑った。
「邪魔って…それ、俺に言うか?」
「言うだろ。お前、帆乃夏のこと好きなんだろ」
「…颯も、好きなんだろ?」
沈黙が落ちた。風が吹いて、体育館の窓がカタリと鳴る。
「だったら、ちゃんと向き合えよ」
朝陽の声は、静かだった。
「帆乃夏、お前のこと気にしてる。でも、お前がいつも避けるから、あいつ困ってる」
颯は、拳を握った。
「…お前みたいに、うまくできねぇんだよ」
朝陽は、少しだけ目を細めた。
「俺は、帆乃夏の“幼馴染”ってだけで、近くにいられた。でも、お前は“選ばれるかもしれない”位置にいる。…それ、わかってる?」
颯は、何も言わなかった。
ただ、ボールを強く蹴った。壁に当たって、跳ね返る音が響く。
「…俺、負けたくない」
颯の声は、低くて震えていた。
朝陽は、少しだけ笑った。
「じゃあ、ちゃんと勝負しようぜ。帆乃夏に、選ばれるように」
ふたりの間に、火花のような空気が漂った。
でもその奥には、互いへの敬意と、譲れない“好き”があった。
夕陽が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
ベッドに寝転びながら、帆乃夏はスマホをいじっていた。
朝陽とのやりとりの通知がひとつ。唯とのグループチャットがふたつ。 でも、颯からは何もない。
「…颯って、ほんと変なやつ」
ぽつりと呟く。 今日の放課後、あんなふうに止めてきたのは初めてだった。
「…でも、ちょっと嬉しかったかも」
その言葉を口にした瞬間、胸が少しだけ熱くなる。 でもすぐに、唯の顔が浮かんだ。
「唯って、颯のこと好きなのかな…」
そう思ったら、なんだか自分が“悪いこと”をしてる気がして、スマホを伏せた。
カーテンの隙間から、月がのぞいていた。
机に向かって、唯は数学の問題を解いていた。
でも、手は止まっていた。 ノートの隅に、無意識に「颯」の字を書いていた。
「…帆乃夏、颯のこと気にしてる」
今日の帰り道の言葉が、頭から離れない。
「私が、颯の相談相手でいる限り、きっと…」
その先を言葉にするのが怖くて、ペンを置いた。
窓の外を見た。 風が、木の葉を揺らしていた。
「好きって、言えたら楽なのに」
でも、それができないのが、唯らしさだった。
ベッドに座って、颯は天井を見ていた。 スマホは机の上。通知はゼロ。
「…朝陽、ずるい」
今日の体育館裏の言葉が、頭に残っていた。
「俺だって、帆乃夏のこと好きなのに」
でも、うまく言えない。 話しかけようとすると、言葉が喉で止まる。
「…唯には、言えるのにな」
そう思った瞬間、唯の顔が浮かんだ。 その笑顔が、少しだけ胸を締めつけた。
「俺、どうしたいんだろ」
風が、窓を揺らした。
ソファに寝転びながら、朝陽はテレビをつけっぱなしにしていた。 でも、画面は見ていない。
「颯、やっぱ本気なんだな」
今日の体育館裏の空気が、まだ残っている。
「俺、負けるかもな」
そう思ったけど、悔しさよりも、少しだけ切なさが勝っていた。
「でも、帆乃夏が笑ってくれるなら、それでいいって思っちゃうんだよな」
その言葉を口にした瞬間、自分の“好き”の形が見えた気がした。
風が吹いた。 それぞれの部屋で、それぞれの“好き”が、静かに揺れていた。
校門前。朝の光が差し込む中、帆乃夏は自転車を押しながら歩いていた。
そこに、朝陽が駆け寄ってくる。
「おはよ、ほの!」
「朝陽、早いじゃん。今日も元気だね」
「ほのがいると、元気出るからな」
朝陽は、わざとらしく笑ってみせる。
帆乃夏は「なにそれ〜」と笑いながら肩を軽く押した。
その様子を、少し離れた場所から颯が見ていた。 昇降口の階段に立ち、無言でふたりを見つめる。
朝陽は、颯の視線に気づいていた。
だからこそ、帆乃夏の自転車のハンドルを持って、校舎まで一緒に歩き出す。
「今日、体育のペア一緒にしよーぜ」
「え、いいの?私またドジるかもよ」
「それがいいんだって。俺がフォローするからさ」
帆乃夏の笑い声が、颯の耳に届く。 颯は、拳を軽く握った。 何も言えないまま、昇降口の影に身を潜める。
そこへ、唯がやってくる。
「颯、朝陽と帆乃夏、仲良さそうだったね」
颯は、唯の顔を見ずに言った。
「…あいつ、わざとだ。俺に見せつけてる」
唯は、少しだけ目を伏せた。
「…でも、帆乃夏は、颯のこと気にしてるよ。昨日も言ってた」
颯は、唯の言葉に少しだけ目を見開いた。 でもすぐに、視線を逸らす。
「…俺、どうすればいいんだよ」
その言葉に、唯は答えなかった。 ただ、颯の隣に立ち、同じ空気を吸い込んだ。
風が吹いた。 朝の光の中で、それぞれの“好き”が、静かに動き出していた。
体育の授業はバスケ。 ペア練習で、帆乃夏と朝陽は自然に組まされた。
「ほの、パス下手すぎ!」
「うるさい!私のセンスは“自由型”なの!」
朝陽は笑いながらボールを受け取る。帆乃夏も笑って、少しだけ肩が触れた。
「でもさ、前よりうまくなったよな」
「え、ほんと?褒められると伸びるタイプなんだけど」
「じゃあ、もっと褒めてやるよ。…ほの、今日の髪型、似合ってる」
「えっ、なに急に。…ありがと」
帆乃夏は、少しだけ照れたように笑った。
でもその笑顔の奥には、“颯ならこんなこと言わないよな”という思いが、ふっと浮かんでいた。
その頃、颯はコートの端で、唯とパスを交わしていた。
唯は、颯の視線が何度も帆乃夏に向くことに気づいていた。
「…朝陽と、楽しそうだね」
唯の言葉に、颯はボールを強く投げた。
「…あいつ、調子乗ってる」
唯は、ボールを拾いながら言った。
「でも、帆乃夏は、颯のこと見てるよ。…気づいてないだけ」
颯は、何も言わなかった。 ただ、帆乃夏の笑顔が、遠くに見えていた。
風が吹いた。 距離は縮まっている。
でも、まだ誰も“好き”を言葉にしていない。
体育の授業は、バスケの試合形式。 帆乃夏は、朝陽と同じチーム。颯と唯は相手チーム。
「ほの、パス!」
朝陽が声をかける。帆乃夏は勢いよく走りながらボールを投げた。 でも、タイミングがずれて、ボールはコートの端へ。
「ごめん!」
帆乃夏がボールを追いかけて、急に足を滑らせた。
——ドンッ!
帆乃夏が転びそうになった瞬間、誰かが腕を引いた。 倒れる寸前で、背中を支えてくれたのは——颯だった。
「…危ねぇだろ」
低い声。
帆乃夏は、目の前の颯の顔を見て、言葉が出なかった。
「…ありがと」
小さく呟いた帆乃夏に、颯は目をそらしながら言った。
「別に。…お前がバカみたいに走るからだろ」
でも、その手は、まだ帆乃夏の腕を離していなかった。 帆乃夏の心臓が、ドクンと鳴る。
その様子を、朝陽は見ていた。 唯も、遠くから見ていた。
帆乃夏は、そっと腕を引いて言った。
「…私、ちゃんと見てなかっただけ。次は気をつける」
颯は、何も言わずにボールを拾って、帆乃夏に渡した。 その手が、ほんの一瞬だけ触れた。
風が吹いた。 体育館の空気が、少しだけ甘く揺れた。
体育の授業が終わり、みんなが着替えを終えて教室に戻る頃。
颯はひとり、昇降口のベンチに座っていた。 タオルで汗を拭きながら、さっきの“帆乃夏との接触”を思い出していた。
「…俺、何してんだろ」
小さく呟いたその声に、唯が応えた。
「颯」
唯が、静かに隣に座る。 制服の袖が、颯の腕に少しだけ触れる。
「…さっき、帆乃夏のこと、助けてたね」
「別に。転びそうだったから、反射的に」
「でも、手、すぐ離さなかった」
颯は、唯の言葉に少しだけ目をそらした。 唯は、続ける。
「颯って、いつも“避ける”のに、今日は違った。…それって、気持ちが動いたってことじゃない?」
沈黙。 颯は、何も言わない。
唯は、少しだけ息を吸って、言葉を選ぶように話す。
「私、ずっと颯の相談相手でいたけど…ほんとは、相談されるたびに、ちょっとずつ苦しかった」
「…唯」
「でも、今日の颯を見て、思った。私、ちゃんと言わなきゃって」
唯は、颯の目をまっすぐ見た。 その瞳は、揺れていた。
「颯のこと、好きだよ。ずっと前から。…でも、帆乃夏のことが好きなら、それでもいい。私は、ちゃんと向き合いたいだけ」
颯は、言葉を失っていた。 唯の声は、静かだったけど、強かった。
「逃げないで。…誰のことが好きなのか、自分でちゃんと見て」 唯は立ち上がり、颯の前に立った。
「私は、待ってるから」
そう言って、唯は昇降口を出ていった。 颯は、ベンチに座ったまま、拳を握った。
風が吹いた。 唯の言葉が、颯の胸に深く刺さっていた。
昇降口の外。帆乃夏と朝陽は、体育の授業後に水を買いに行こうとしていた。
「自販機、こっちの方が冷えてるんだよね」
「さすが朝陽、無駄に詳しい」
ふたりは笑いながら昇降口の裏手を通りかかる。
そのとき——
「颯のこと、好きだよ。ずっと前から」
唯の声が、静かに響いた。
帆乃夏の足が止まる。 朝陽も、思わず振り返る。
「…でも、帆乃夏のことが好きなら、それでもいい。私は、ちゃんと向き合いたいだけ」
その言葉に、帆乃夏の胸がぎゅっと締めつけられた。
「…唯が、颯のこと…」
帆乃夏は、呟いた。 朝陽は、帆乃夏の横顔を見ていた。
その表情は、驚きと、少しの戸惑いと、ほんの少しの寂しさが混ざっていた。
颯は、唯の告白に言葉を失っていた。 そしてその場に、帆乃夏と朝陽がいることには、まだ気づいていない。
帆乃夏は、何かを言おうとして、言葉が出なかった。 朝陽は、そっと帆乃夏の腕を引いた。
「…行こう。聞かなかったことにしよう」
「…でも、聞いちゃった」
帆乃夏の声は、震えていた。
ふたりは、昇降口を離れた。 でも、唯の言葉は、帆乃夏の胸に残り続けていた。
風が吹いた。 誰にも見られていないはずの“本音”が、誰かの心を揺らしていた。
昼休み。颯は、教室の隅で帆乃夏の姿を探していた。
いつもなら唯と笑い合っているはずなのに、今日は静かに窓の外を見ている。
「…今なら、話せるかも」
颯は、心の中で何度も言い聞かせた。 昨日の唯の告白が、頭から離れない。でも、それ以上に、帆乃夏のことが気になっていた。
意を決して、帆乃夏の席へ向かう。
「帆乃夏」
声が少しだけ震えた。
帆乃夏は、ゆっくり振り返る。
「…あ、颯。どうしたの?」
その声は、いつもより少しだけ“よそよそしい”。 颯は、違和感に気づいた。
「いや…昨日、体育のとき…その、転びそうだったから…」
「うん。ありがと。助かった」
帆乃夏は、笑顔を作った。でも、その笑顔は“距離を保つためのもの”だった。
颯は、言葉を続けようとした。
「それで、今日…」
「ごめん、唯と話す約束してて」
帆乃夏は、立ち上がって唯の方へ向かう。
颯は、その背中を見つめたまま、言葉を失った。
唯の隣に座った帆乃夏は、少しだけ俯いていた。 唯は、帆乃夏の様子に気づいていた。 でも、何も言わなかった。
颯は、教室の隅に戻りながら、拳を握った。
「…なんで、距離できてんだよ」
風が吹いた。 話しかけたかっただけなのに、空気はすれ違っていた。
放課後。昇降口の階段に、颯と朝陽が並んで座っていた。 夕陽が差し込む中、ふたりは無言だった。
「…帆乃夏、なんか変じゃね?」
颯がぽつりと言った。
朝陽は、少しだけ目を細めて言った。
「変って、どういう意味?」
「今日、話しかけたら、なんか…距離あった。いつもみたいに笑ってくれなかった」
颯は、靴のつま先を見ながら言葉を続ける。
「昨日は、体育で助けたとき、ちょっといい感じだったのに…」
朝陽は、少しだけ笑った。
「…それ、俺も見てたよ。ほの、ちょっと照れてたっぽかったな」
「でも、今日の昼は違った。なんか…避けられてる感じ」
颯の声には、焦りが滲んでいた。
朝陽は、少しだけ間を置いて言った。
「…帆乃夏、昨日の放課後、唯の告白聞いてたよ。たまたま、俺と一緒に通りかかって」
颯は、顔を上げた。
「…聞いてたのか」
「うん。たぶん、それで気まずくなってる。唯の気持ちも、颯の気持ちも、どっちも知っちゃったから」
朝陽は、颯の横顔を見ながら言った。
「…俺、どうすればいいんだよ」
颯の声は、少しだけ震えていた。
朝陽は、静かに言った。
「好きなら、ちゃんと向き合えよ。ほのは、待ってると思う。…でも、誰かが動かなきゃ、何も変わらない」
颯は、拳を握った。
「…俺、逃げてたのかもな」
風が吹いた。 ふたりの間に、言葉にならない“好き”が、静かに揺れていた。
放課後。教室にはもう誰もいなかった。 窓から差し込む夕陽が、机の上をオレンジ色に染めていた。
朝陽は、自分の席に座っていた。 笑顔も、軽口も、今はどこにもない。
「…なんで、こんなことしてんだろ」
ぽつりと呟いた声は、誰にも届かない。
帆乃夏と話すと、楽しい。 笑ってくれると、嬉しい。
でも——その笑顔が、颯に向いている瞬間があることも、知っている。
「俺、ただの幼馴染なのかな」
そう思った瞬間、胸が少しだけ痛んだ。
颯は、不器用だけど、真っ直ぐだ。 唯は、静かだけど、強い。
帆乃夏は、誰にでも優しいけど、誰かを特別に見ている。
「…俺は、誰の“特別”なんだろ」
その答えは、まだ見つからない。
窓の外では、風が木々を揺らしていた。 その音だけが、教室に響いていた。
朝陽は、机に肘をついて、目を閉じた。 誰にも見せない顔で、静かに考え込んでいた。
放課後。中庭のベンチに、唯がひとり座っていた。
ノートを開いて、何かを書き込んでいる。 そこに、朝陽が通りかかる。
「唯、ひとり?」
「うん。ちょっと整理したくて」
唯は、ノートを閉じて、朝陽に微笑んだ。
朝陽は、隣に座る。 ふたりの間に、風が通り抜ける。
「…昨日のこと、帆乃夏と一緒に聞いちゃってさ」
唯は、少しだけ目を伏せた。
「そっか。…びっくりしたよね」
「うん。でも、それより…唯って、すごいなって思った」
「え?」
「好きって、ちゃんと言えるのって、すごい。俺、ほののこと好きだけど…なんか、言えないまま、ずっと“幼馴染”のままで」
唯は、静かに頷いた。
「言うの、怖かったよ。でも、言わないままじゃ、何も変わらないから」
朝陽は、空を見上げた。
「俺、ほのが笑ってくれるのが好き。でも、それって“好き”なのか、“守りたい”なのか、わかんなくなるときある」
唯は、少しだけ考えてから言った。
「朝陽は、帆乃夏の“笑顔”が好きなんだよね。でも、誰かの笑顔を守るって、すごく大事な“好き”だと思う」
朝陽は、唯の言葉に目を向けた。 その瞳は、静かだけど、まっすぐだった。
「…俺、ちゃんと考えてみる。帆乃夏のこと、どう好きなのか」
「うん。きっと、答えは朝陽の中にあるよ」
風が吹いた。 ふたりの間に、静かな理解が生まれていた。
放課後。昇降口の前で、帆乃夏が靴を履きながら、空を見上げていた。
雲が少しずつ色づいて、夕焼けの気配が漂い始めていた。
そこに、颯が現れる。 制服の袖を少しだけまくって、緊張した面持ちで立っていた。
「…帆乃夏」
「颯?どうしたの?」
「今日…一緒に帰らない?」
その言葉に、帆乃夏は目を見開いた。 颯が、自分から声をかけてきたのは初めてだった。
「…うん、いいよ」
帆乃夏は、少し照れたように笑った。
その瞬間——
「おーい、ほの!」
朝陽が昇降口の階段を駆け下りてくる。
「今日、俺と帰るって言ってなかったっけ?」
帆乃夏は、少しだけ戸惑った顔をした。 颯は、朝陽を見て、言葉を飲み込む。
「…ごめん、朝陽。今日は颯と帰るって決めたの」
帆乃夏の声は、静かだけど、はっきりしていた。
朝陽は、一瞬だけ驚いた顔をした。 でもすぐに、笑ってみせた。
「そっか。じゃあ、また明日な」
そう言って、手を振って昇降口を離れていった。
颯は、帆乃夏の隣に立って、言った。
「…朝陽、怒ってないかな」
「ううん。朝陽は、ちゃんとわかってくれる人だよ」
ふたりは並んで歩き出す。 夕陽が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
帆乃夏は、少しだけ颯の顔を見て言った。
「…颯が誘ってくれて、嬉しかった」
颯は、照れくさそうに目をそらした。
風が吹いた。 初めての“ふたりだけの帰り道”が、静かに始まった。
夕方の通学路。 颯と帆乃夏は、並んで歩いていた。 少しだけ距離がある。でも、沈黙は心地悪くない。
「…帆乃夏って、いつも唯と帰ってるよな」
颯がぽつりと言う。
「うん。唯って、話しやすいし、落ち着くから」
帆乃夏は、颯の顔をちらりと見る。
「でも、颯と歩くのも、なんか…新鮮」
颯は、少しだけ照れたように目をそらす。
「俺、あんま人と一緒に帰ったことないし。…なんか、緊張する」
「え、緊張してるの?意外」
帆乃夏は、笑いながら言う。 その笑顔に、颯の胸が少しだけ高鳴った。
「…昨日の体育で、助けてくれたとき、ちょっとドキッとした」
帆乃夏の言葉に、颯は立ち止まりそうになる。
「…あれは、反射的だっただけで」
「でも、嬉しかったよ。颯って、優しいんだね」
ふたりは、少しだけ距離を詰めて歩き出す。 夕陽が、ふたりの影を重ねていた。
その頃、校門の前。
朝陽はスマホをいじりながら、唯を待っていた。
唯が昇降口から出てくると、朝陽は声をかけた。
「唯、ちょっといい?」
「うん。どうしたの?」
「帆乃夏、颯と一緒に帰ったよ」
朝陽の声は、静かだった。
唯は、一瞬だけ目を伏せた。
「…そっか。颯、動いたんだね」
「うん。俺、止めようとしたけど…帆乃夏が、颯を選んだ」
朝陽は、空を見上げる。
「悔しい?」
唯の問いに、朝陽は少しだけ笑った。
「…悔しいっていうか、なんか、置いてかれた感じ」
「私も、ちょっと似てるかも」
ふたりは、並んで歩き出す。 沈黙が、ふたりの間に流れる。
でも、その沈黙は、少しだけ優しかった。
夕暮れの通学路。 颯と帆乃夏は、並んで歩いていた。 さっきよりも、少しだけ距離が近い。
「…なんか、今日の帰り道、静かだね」
帆乃夏が言う。 颯は、少しだけ考えてから答える。
「うるさくない方が、落ち着くだろ」
「でも、颯が話してくれると、ちょっと嬉しいよ」
颯は、照れくさそうに目をそらす。
「…俺、話すの下手だから」
「うん。でも、今日みたいに誘ってくれたの、すごく嬉しかった」
帆乃夏の声は、柔らかかった。
ふたりは、交差点の前で立ち止まる。 帆乃夏の家は、ここを左。颯は、まっすぐ。
「…また、一緒に帰ろうね」
帆乃夏が言った。 その言葉に、颯は少しだけ驚いた顔をする。
「…いいの?」
「うん。颯と歩くの、落ち着くから」
颯は、少しだけ笑った。
「じゃあ、また明日。…俺、待ってる」
帆乃夏も笑って、手を振った。
「うん、また明日」
ふたりの背中が、夕陽に染まっていく。 “また”が約束になる瞬間。 静かだけど、確かに心が近づいた。