中学一年生。モテる。
スタイルがよく、運動神経抜群!
でも勉強が大の苦手。
颯のことが好き。
中学一年生。不器用。女子嫌いと有名。
イケメンで、モテている。
運動と勉強どっちも得意。
帆乃夏のことが好き。
中学一年生。颯と仲がいい。
帆乃夏と仲が良いが、颯のことが好き。
颯の恋の相談相手。
頭がいいが、運動は苦手。
中学一年生。帆乃夏と仲がいい。
帆乃夏の幼馴染的存在で昔から好き。
勉強は苦手だが、運動は得意。
フレンドリーで、みんなと仲がいい。
朝。教室に入ると、まだ半分くらいしか席が埋まっていなかった。颯は、いつも通り窓際の席に座っていたけれど、心の中は少しだけざわついていた。
「…昨日、帆乃夏と帰ったんだよな」
思い出すと、胸が少しだけ熱くなる。
そのとき——
「おはよう、颯」
帆乃夏が、教室に入ってきた。いつも通りの笑顔。でも、颯には違って見えた。
「…おはよう」
颯は、少しだけ声が上ずった。
帆乃夏は、颯の席の近くで立ち止まる。
「昨日、ありがとね。…楽しかった」
その言葉に、颯は目をそらしながら言った。
「…俺も。なんか、変な感じだったけど」
「変って?」
「…嬉しいけど、緊張する。お前と並んで歩くの、慣れてないから」
帆乃夏は、少しだけ笑って言った。
「じゃあ、今日も帰ろうよ。慣れるまで、毎日一緒に」
颯は、驚いた顔をした。でもすぐに、頷いた。
「…うん。今日も、帰ろう」
その瞬間、ふたりの間に流れる空気が、昨日とは違っていた。
“また”じゃなくて、“続き”になっていく——そんな朝だった。
昼休み。教室の後ろの席で、帆乃夏と朝陽が並んで話していた。 ふたりの会話は、まるで漫才のようにテンポよく続いていく。
「てかさ、帆乃夏ってさ、給食のパン、毎回最後まで残してるよね」
「え、だってあれ、口の水分全部持ってくじゃん。あれは罠だよ、罠」
「じゃあ、俺が先に食べて安全確認してやるよ」
「それ、毒味じゃん。中世かよ」
ふたりは笑い合う。 その笑い声は、周囲にも広がっていた。
少し離れた席で、颯がその様子を見ていた。 笑っているふたりを見ながら、眉がほんの少しだけ寄る。
帆乃夏が朝陽の肩を軽く叩く。
「てか、朝陽ってほんと調子乗るよね」
「乗ってないし。…ほら、よく頑張ってツッコんだな」
そう言って、朝陽は帆乃夏の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
帆乃夏は、少しだけ照れたように笑う。 その笑顔に、颯の視線が止まる。
「…楽しそうだな」
颯は、誰にも聞こえないように呟いた。
昼休みのざわめきの中で、ふたりの笑い声と、ひとりの沈黙が交差していた。
昼休み、校舎裏の渡り廊下。 帆乃夏は、プリントを届けに行く途中で、声をかけられた。
「帆乃夏さん、ちょっといい?」
振り返ると、他クラスの男子——二年の佐伯だった。
文化祭の実行委員で、何度か話したことはあるけれど、特別に親しいわけではない。
「うん、どうしたの?」
帆乃夏は、少しだけ首をかしげる。
佐伯は、手に持っていたプリントをぎゅっと握りしめた。
「…俺、帆乃夏さんのこと、ずっと気になってて。よかったら、今度一緒に帰りませんか?」
一瞬、時間が止まったような気がした。 帆乃夏は、驚いた顔のまま、言葉を探す。
「…えっと、急でびっくりした。ごめん、ちょっと考えさせてほしい」
佐伯は、少しだけ笑って頷いた。
「うん。急に言ってごめん。でも、伝えたかったから」
その場面を、少し離れた廊下の角から颯が見ていた。 帆乃夏の表情、佐伯の声、そしてふたりの距離—— 颯の眉が、ほんの少しだけ動いた。
教室に戻ると、朝陽が帆乃夏に声をかける。
「ほの、さっき佐伯に呼ばれてたけど、何かあった?」
「…うん、ちょっと告白された」
帆乃夏は、あっけらかんと答える。
「マジか。…ほの、モテるな」
朝陽は笑いながら、帆乃夏の頭をぽんぽんと叩いた。
その瞬間、颯の視線が帆乃夏の頭に向かう。
ぽんぽんと叩かれたその距離に、言葉にならない感情が揺れていた。
放課後、昇降口の裏手。 颯は、部活の連絡を確認するために掲示板へ向かっていた。 その途中、階段の陰から、数人の男子の声が聞こえてきた。
「マジで?佐伯、お前告ったの?」
「うん、帆乃夏さんに。『ちょっと考えさせて』って言われたけどさ——」
佐伯は、笑いながら言った。
「いや、あれ本気じゃないし。昨日の昼、ほら、誰が告れるかって話になってさ。俺、ノリでいっただけ」
「うわ、マジかよ。帆乃夏、真面目に返してたじゃん」
「だから余計おもろかったって。あの“考えさせて”って顔、ガチだったし」
笑い声が、階段の奥に響く。 颯は、その場に立ち尽くしていた。
“ノリで告った”
“本気じゃなかった”
“帆乃夏は、知らない”
拳をぎゅっと握る。 でも、声をかけることも、怒鳴ることもできなかった。
ただ、静かにその場を離れた。 昇降口の光が、少しだけ眩しく感じた。
教室に戻ると、帆乃夏が唯と話していた。
笑っているその姿に、颯は目をそらした。
“帆乃夏は、あの告白をちゃんと受け止めてたのに”
その事実を、伝えるべきか、黙っているべきか—— 颯の心は、静かに揺れていた。
放課後。昇降口の前。 帆乃夏が靴を履いていると、颯が少し遅れてやってきた。
「…今日も、一緒に帰る?」
帆乃夏が笑って言うと、颯は頷いた。 でも、その表情は昨日より少しだけ硬かった。
ふたりは並んで歩き出す。 沈黙が、昨日より長く続いた。
帆乃夏が、ふと颯の顔を覗き込む。
「…なんか、元気ない?」
颯は、少しだけ目を伏せて言った。
「…佐伯のこと、気にしてる?」
帆乃夏は、足を止める。
「え?」
「昨日、告られたって言ってたろ。…考えてるのか、って」
颯の声は、探るようで、でもどこか不安げだった。
帆乃夏は、少しだけ考えてから答えた。
「…びっくりしたけど、ちゃんと考えようと思ってた。失礼にならないように」
颯は、拳をぎゅっと握った。
“それ、知らないままでいていいのか”
でも、言えなかった。 帆乃夏の素直な目を見て、言葉が喉に詰まった。
「…そっか」
それだけ言って、颯は歩き出す。
帆乃夏は、少しだけ不思議そうな顔をして、颯の隣に並んだ。
夕陽が、ふたりの影を静かに伸ばしていく。
颯の心には、言えなかった言葉が、重く残っていた。
翌日の昼休み。 颯は、校舎裏の人気のない場所で佐伯を待っていた。 拳を握りしめながら、胸の奥がざわついていた。
佐伯が現れる。
「…なんだよ、呼び出しって。怖いんだけど」
颯は、無言のまま佐伯の前に立つ。 その目は、いつもの静けさとは違っていた。
「…帆乃夏に告ったの、嘘だったんだろ」
佐伯は、一瞬だけ表情を固める。
「…は?何の話?」
「聞こえてた。『ノリだった』って笑ってたのも」
颯の声は低く、でも確かだった。
「…あー、あれか。別に本気じゃなかったし。帆乃夏さんもすぐ忘れるって」
その言葉に、颯の拳が動いた。
制服の胸元を掴み、壁に押しつける。
「これ以上、帆乃夏を傷つけるな」
佐伯は、驚いた顔で言葉を失う。 颯の目は、怒りと悔しさで揺れていた。
「お前が軽く言った言葉で、帆乃夏はちゃんと考えてたんだ。…それを笑うな」
拳は震えていた。でも、殴ることはしなかった。
ただ、佐伯を睨みつけたまま、言った。
「次、ふざけたこと言ったら、俺が黙ってない」
颯は、制服の手を離して、背を向けた。 佐伯は、何も言えずにその場に立ち尽くしていた。
昇降口へ戻る途中、颯は拳を見つめた。
“殴らなくてよかった” でも、“言えたこと”に、少しだけ救われた気がした。
昼休み。昇降口の脇のベンチ。 帆乃夏がプリントを整理していると、佐伯が近づいてきた。
「帆乃夏さん、ちょっといい?」
その声に、帆乃夏は顔を上げた。 昨日の告白のことが頭をよぎる。
「うん、どうしたの?」
佐伯は、少しだけ目を伏せて言った。
「…昨日のこと、ほんとにごめん。あれ、ノリだった。罰ゲームとかじゃないけど、…ふざけてた」
帆乃夏は、言葉を失った。
「…え?」
「俺、友達と話してて、誰が告れるかって流れになって。…本気じゃなかったのに、あんな言い方して、ごめん」
帆乃夏は、プリントを握る手に力が入る。
「…私、ちゃんと考えようとしてたよ。失礼にならないようにって」
佐伯は、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ほんとに、ごめん。颯にも怒られて…俺、最低だった」
帆乃夏は、しばらく黙っていた。 昇降口の風が、静かに吹き抜ける。
「…謝ってくれて、ありがとう。でも、もう話しかけないで」
その声は、静かだけど、はっきりしていた。
佐伯は、何も言えずにその場を離れた。
帆乃夏は、ベンチに座ったまま、空を見上げる。
“颯、怒ってくれたんだ” その事実が、胸の奥にじんわりと広がった。
でも、心の中には、少しだけ痛みも残っていた。
放課後。昇降口の前。 帆乃夏は、颯の隣に立ちながら、少しだけためらうように言った。
「…佐伯、今日謝ってきたよ」
颯は、靴を履く手を止める。
「…謝った?」
「うん。昨日の告白、ノリだったって。…ふざけてただけだって」
帆乃夏の声は、少しだけ震えていた。
颯は、静かに頷いた。
「…そうか」
「颯、怒ってくれたんでしょ。佐伯が言ってた」
帆乃夏は、颯の横顔を見つめる。
「…俺、我慢できなかった。帆乃夏がちゃんと考えてたのに、あいつが笑ってたの、ムカついて」
颯の声は低く、でも真っ直ぐだった。
帆乃夏は、少しだけ笑った。
「ありがとう。…なんか、嬉しかった」
颯は、目をそらしながら言った。
「…別に。俺が勝手に怒っただけだし」
「でも、守ってくれたって思ったよ」
その言葉に、颯の耳が少しだけ赤くなる。
ふたりは並んで歩き出す。 昨日よりも、少しだけ距離が近い。
夕陽が昇降口を染める中、帆乃夏の心には、静かな安心感が広がっていた。
家庭科室。今日の授業は調理実習——卵焼きと味噌汁を作る。
早瀬帆乃夏と朝陽は同じ班。エプロンをつけながら、すでに笑いが止まらない。
「ほの、卵割るの下手すぎ。殻、スープに浮いてるぞ」
「え、これが“具”ってやつじゃないの?カルシウム強化スープ!」
「それ、給食センターに怒られるやつ」
「じゃあ、朝陽が割ってみてよ。どうせ君も“殻職人”でしょ?」
「俺は“殻の魔術師”だからな。殻を残さず割る技、見せてやる」
「それ、魔術じゃなくて普通の調理技術だから!」
ふたりの掛け合いは止まらない。 周りの班が黙々と作業する中、帆乃夏と朝陽の笑い声が家庭科室に響く。
先生が、ついに動いた。
「早瀬さん、朝陽くん。ちょっと静かにしてくれる?…いや、廊下に出て反省してきなさい」
「えっ、まじで?私たち、卵焼きより先に焼かれた…」
「俺たち、調理実習じゃなくて“実習退場”だな」
ふたりは笑いながら廊下へ。 教室の外のベンチに並んで座る。
「…でもさ、ほのといると、なんか楽しくてしゃべりすぎるんだよな」
「それ、私のせい?」
「いや、俺のせい。…でも、ほのの笑い方、好きだし」
帆乃夏は、少しだけ照れたように言った。
「…朝陽って、時々ずるいよね。そういうとこ」
「ずるいって言われるの、ほのだけだよ」
「それ、褒めてるつもり?」
ふたりは笑い合う。 その空気は、誰にも邪魔できないくらい自然だった。
そのとき、家庭科室の窓から颯がふたりを見ていた。 無言のまま、視線を落とす。
“また、ぽんぽんされるのかな”
そんな言葉が、颯の胸の奥に浮かんでいた。
放課後、廊下の端。 早瀬帆乃夏と朝陽は、教室に戻る途中で立ち止まり、なぜか“即興漫才”が始まっていた。
「てかさ、朝陽ってさ、廊下歩くとき絶対右寄りじゃん。なんで?」
「俺は“右寄りの男”だからな。政治的にも廊下的にも」
「いや、廊下に思想持ち込まないで」
「じゃあ、ほのは左寄り?それとも真ん中派?」
「私は“壁寄り”だよ。人とぶつかるの怖いから」
「それ、物理的な安全保障じゃん」
ふたりは笑いながら、まるで息ぴったりの掛け合いを続ける。
そのとき、三人の先輩が通りかかった。バスケ部の三年生。
ふたりのやりとりを見て、ひとりがニヤッと笑う。
「ねえ、君らさ——付き合ってるの?」
帆乃夏と朝陽は、同時に「えっ!?」と声を上げる。
「いやいやいや、違いますって!」
「俺たち、ただの“漫才ユニット”です!」
「でもさ、空気感がもう“カップル”なんだよね」
「見てて微笑ましいっていうか、…青春って感じ?」
先輩たちは笑いながら通り過ぎていく。 帆乃夏は、少しだけ頬を赤くして言った。
「…なんか、恥ずかしいね」
「俺はちょっと嬉しかったけど」
「え?」
「ほのといると、そう見えるくらい仲いいってことだろ?」
帆乃夏は、言葉に詰まりながら、でも笑った。
そのとき、廊下の奥で颯がふたりを見ていた。 何も言わず、ただ視線を落とす。
“付き合ってるの?” その言葉が、颯の胸に静かに残った。
家庭科の授業が終わったあと、唯は窓際の席でプリントをまとめていた。 ふと、廊下の方から笑い声が聞こえる。
帆乃夏と朝陽。 ふたりが並んで座って、何かを話している。 笑い声が、まるでリズムみたいに響いていた。
唯は、プリントの手を止めて、そっと視線を向ける。 ふたりの距離は、近い。
言葉のテンポも、目線の動きも、自然すぎるほど。
“あの空気、私には作れないな” そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
そのとき、颯が家庭科室の窓からふたりを見ていた。 唯は、その表情を見逃さなかった。
颯の目は、静かに揺れていた。 何も言わないけれど、何かを飲み込んでいるような顔。
唯は、そっと声をかけた。
「…気になるの?」
颯は、少しだけ驚いた顔をして、目をそらした。
「別に。…楽しそうだなって思っただけ」
唯は、笑わなかった。 ただ、頷いた。
“帆乃夏は、誰に向かって笑ってるんだろう” その問いが、唯の胸に静かに残った。
昼休み。 帆乃夏は、窓際でお弁当を広げていた。 唯が隣に座ると、ふたりの間に心地よい静けさが流れる。
少しして、唯がぽつりと言った。
「…朝陽といると、楽しそうだね」
帆乃夏は、箸を止めて唯の顔を見る。
「え?」
「さっき廊下で話してたときも、すごく笑ってたから。…なんか、いいなって思った」
唯の声は、柔らかくて、少しだけ遠くを見ているようだった。
帆乃夏は、少しだけ照れたように笑った。
「朝陽とは、昔からあんな感じなの。なんか、テンポが合うっていうか…」
唯は、頷いた。
「うん。見てて、自然だなって思った」
帆乃夏は、少しだけ言葉を探すようにして言った。
「でも、颯といるときは、また違う感じなんだよ。静かだけど、落ち着くっていうか…」
唯は、帆乃夏の横顔を見つめる。 “その違いに、帆乃夏は気づいてるんだ”
「…ほのって、誰といても空気が柔らかくなるよね」
「え、褒めてる?」
「もちろん」
唯は、少しだけ笑った。
その笑顔の奥に、言葉にならない揺れがあった。 でも、帆乃夏はまだ、それに気づいていなかった。
放課後。教室の窓際。 唯は、プリントをまとめながら、ふと颯の席に目を向けた。
颯は、窓の外をぼんやりと見ていた。 その視線の先には、昇降口で笑い合う帆乃夏と朝陽の姿。
唯は、そっとプリントを置いて、颯の隣に立つ。
「…ほのと朝陽、今日も楽しそうだったね」
颯は、少しだけ肩をすくめる。
「…まあ、いつも通りだろ」
「でも、颯はさっきからずっと見てたよね」
唯の声は、優しくて、でも鋭かった。
颯は、目をそらす。
「…別に。気になるわけじゃない」
唯は、少しだけ笑った。
「そういう顔、してたよ」
沈黙が落ちる。 窓の外では、帆乃夏が朝陽に何かを話して、笑っていた。
唯は、そっと言葉を続ける。
「…颯って、ほののこと、特別に思ってる?」
颯は、答えなかった。 でも、その沈黙が、何よりも答えになっていた。
唯は、静かに頷いた。 “やっぱり、そうなんだ”
でも、それ以上は言わなかった。 ただ、隣に立ち続けた。
“誰かを見てる人を、見てしまう” その距離感が、唯の胸に静かに残った。
放課後。 帆乃夏は、昇降口のベンチで靴を履きながら、唯と並んで座っていた。 校舎の影が長く伸びて、空気が少しだけ静かになる時間。
唯は、ふと帆乃夏の横顔を見て言った。
「…颯って、ほののこと見てるよ」
帆乃夏は、靴紐の手を止める。
「え?」
「今日の家庭科のときも、廊下で朝陽と話してたときも。…颯、ずっと見てた」
唯の声は、静かだけど、確かだった。
帆乃夏は、少しだけ考えるように目を伏せる。
「…気づいてなかった。颯って、あんまり表に出さないから」
唯は、頷いた。
「でも、見てる。…ほのが笑ってるとき、特に」
帆乃夏は、少しだけ笑った。
「それって…どういう意味なんだろうね」
「それは、ほのが考えることじゃない?」
唯の言葉は、優しくて、少しだけ距離があった。
帆乃夏は、空を見上げる。 “颯が、私を見てる” その事実が、胸の奥に静かに広がっていく。
でも、それが“どういう意味”なのかは、まだわからなかった。
金曜日の放課後。 昇降口で靴を履いていた早瀬帆乃夏に、朝陽が声をかけた。
「ほの、明日って空いてる?」
「ん?たぶん空いてるけど…なんで?」
朝陽は、少しだけ照れたように笑って言った。
「ショッピング付き合ってほしいんだよね。…好きな女の子の誕プレ、一緒に選んでほしくて」
帆乃夏は、一瞬固まった。
「えっ、誕プレ?…好きな女の子?」
「うん。センスに自信ないから、ほのに見てもらいたくて」
朝陽は、さらっと言うけど、どこか探るような目をしていた。
帆乃夏は、少しだけ笑って言った。
「…私でいいの?その子、私のこと知らないかもよ?」
「いや、知ってる。…たぶん、けっこう見てると思う」
その言葉に、帆乃夏の胸が少しだけざわついた。
「じゃあ、明日ね。…ちゃんと選ばないと、その子に嫌われるよ」
「それは困る。…ほののセンス、頼りにしてるから」
ふたりは並んで昇降口を出る。 夕陽が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
その後ろ姿を、唯が少し離れた場所から見ていた。 何も言わず、ただ静かに見つめていた。
金曜日の放課後。 颯は、昇降口の掲示板に貼られた部活の連絡を確認していた。
そのとき、少し離れた場所で聞き覚えのある声がした。
「ほの、明日って空いてる?」
帆乃夏の声が返る。
「ん?たぶん空いてるけど…なんで?」
颯は、掲示板の陰からそっと視線を向けた。 そこには、帆乃夏と朝陽が並んで立っていた。
「ショッピング付き合ってほしいんだよね。…好きな女の子の誕プレ、一緒に選んでほしくて」
朝陽の言葉に、帆乃夏が一瞬固まる。
「えっ、誕プレ?…好きな女の子?」
「うん。センスに自信ないから、ほのに見てもらいたくて」
ふたりは笑い合いながら昇降口を出ていく。 その距離感は、颯の胸に静かに刺さった。
“好きな女の子”
“帆乃夏に選んでもらう”
“明日、一緒に出かける”
言葉の断片が、颯の中で重なっていく。
颯は、掲示板の前に立ち尽くしたまま、何も言えなかった。
ただ、見てしまった。 その瞬間を、忘れられないまま。
昇降口の光が、ふたりの後ろ姿を照らしていた。
颯の影だけが、そこに取り残されていた。
土曜日の午後。 駅前の雑貨屋に、早瀬帆乃夏と朝陽が並んで入っていく。
店内は、柔らかな音楽とアロマの香りが漂っていて、ふたりのテンポも自然とゆるむ。
「誕プレってさ、難しくない?女子って何もらったら嬉しいのか、全然わかんない」
朝陽が、棚の前で腕を組みながら言う。
帆乃夏は、笑いながら隣に並ぶ。
「その子のこと、ちゃんと見てないと選べないよ。…好きなんでしょ?」
「うん。…まあ、好きだと思う」
朝陽は、少しだけ照れたように言って、帆乃夏の顔をちらっと見る。
帆乃夏は、棚のリップクリームを手に取る。
「これ、パッケージかわいい。香りもいいし、使いやすそう」
「それ、ほのが使ってたら似合いそうだけどな。…あ、いや、誕プレ用ね」
「またそういうこと言うし。誤解されるよ?」
「誤解されてもいいかも」
朝陽の声は、冗談みたいで、でも少しだけ本気だった。
帆乃夏は、言葉に詰まりながら、でも笑った。
「…その子、私に似てるの?」
「うん。…笑い方とか、話すテンポとか。なんか、ほのといると、自然に選べる気がする」
朝陽は、棚の奥から小さなミラーを取り出す。
「これもいいかも。…その子、鏡よく見てるタイプだから」
「へぇ、観察してるんだね」
「ほののことも、けっこう見てるよ」
その言葉に、帆乃夏の胸が少しだけざわついた。
店を出たあと、ふたりはカフェに寄る。 アイスココアとチョコマフィンをシェアしながら、話は止まらない。
「ほのってさ、笑うとき、ちょっと肩揺れるよね」
「え、そんなとこ見てるの?…気づいてなかった」
「そういうとこ、好きなんだよな」
「…それ、私のことじゃないんだよね?」
「どうだろ。…誕プレの子と、ほのって、けっこう重なるから」
朝陽は、ストローをくるくる回しながら、視線をそらす。
帆乃夏は、マフィンをちぎりながら言った。
「…その子、喜んでくれるといいね」
「うん。…でも、今日一緒に選んだ時間が、いちばん楽しかったかも」
その言葉に、帆乃夏は、マフィンの甘さよりも胸が甘くなるのを感じた。
そのとき、雑貨屋の前に唯と颯の姿が見えた。 ふたりが並んで歩いてくる。
帆乃夏は、思わず立ち上がる。
「…唯?颯も?」
朝陽が振り返る。
「え、偶然?」
唯は、にこっと笑って言った。
「うん、偶然。…でも、ちょっとだけ狙ったかも」
颯は、帆乃夏の目を見て、何も言わずに頷いた。 その視線に、帆乃夏の胸がまた揺れた。
“私を見てる人”と “私と笑ってる人”
その違いが、ふわりと心に浮かんだ。
雑貨屋の前。 帆乃夏と朝陽が並んでカフェから出てきたところに、唯と颯が現れた。
「…唯?颯も?」
帆乃夏が驚いた声を上げる。
朝陽は、一瞬固まってから、笑顔を作る。
「え、偶然?…って、唯の顔が“偶然じゃない”って言ってるけど」
唯は、にこっと笑って言った。
「うん、ちょっとだけ狙ったかも。…颯が雑貨屋見たいって言うから」
帆乃夏は、颯の顔を見る。 颯は、静かに頷いた。
「…たまたま、だけど。来てよかったかも」
その言葉に、朝陽の笑顔が少しだけ固まる。
“来てよかった”——その言葉が、帆乃夏に向いていることがわかってしまう。
帆乃夏は、少しだけ戸惑ったように言う。
「じゃあ、みんなで見て回る?」
唯がすぐに答える。
「うん、いいね。…ほの、さっき見てたリップ、もう一回見せてよ」
帆乃夏が店に戻ろうとした瞬間、朝陽がそっと袖を引いた。
「…ほの、さっきのやつ、もう決めたから。…一緒に渡しに行くとき、付き合ってくれる?」
帆乃夏は、少し驚いた顔をして、でも頷く。
「うん。…もちろん」
そのやりとりを、颯は黙って見ていた。 唯は、颯の横でそっと言う。
「…今の、ちょっと焦ってたね。朝陽」
颯は、目を伏せながら答える。
「…そりゃ、焦るだろ。ほのが、誰に向かって笑うかって、見てればわかる」
唯は、帆乃夏の後ろ姿を見ながら、静かに言った。
「でも、ほのの笑顔って、誰にでも優しいから。…だから、選ばれる瞬間が、ちゃんと見たいんだよね」
朝陽は、帆乃夏の隣で笑っていた。 でも、その笑顔の奥に、少しだけ焦りがにじんでいた。
月曜の放課後。 帆乃夏は、昇降口の前で靴を履いていた。 そのとき、颯が静かに近づいてきた。
「…ほの」 「ん?颯、どうしたの?」
颯は、少しだけ間を置いて言った。
「…楽しそうだったな。土曜、朝陽と」
帆乃夏は、手を止める。
「…見てたの?」
「偶然。駅前で。…雑貨屋の前で、ふたりが笑ってるの、見えた」
颯の声は、静かだけど、どこか揺れていた。
帆乃夏は、少しだけ照れたように笑う。
「うん。楽しかったよ。…朝陽、誕プレ選ぶのに必死でさ」
「…そっか」
颯は、目を伏せる。
帆乃夏は、颯の横顔を見ながら言った。
「でも、颯が来たとき、ちょっとびっくりした。…なんで来たの?」
「唯が誘った。…俺は、ただ流されただけ」
「ふーん。…でも、来てくれて嬉しかったよ」
颯は、少しだけ目を上げる。
「ほんとに?」
「うん。…なんか、空気変わったし。朝陽、ちょっと焦ってた」
帆乃夏は、くすっと笑う。
颯は、言葉に詰まりながらも、ぽつりと漏らす。
「…俺も、ちょっと焦った」
帆乃夏は、驚いた顔をして、でもすぐに笑った。
「颯って、そういうこと言うんだね」
「言わないほうがよかった?」
「ううん。…言ってくれて、ちょっと嬉しいかも」
ふたりの間に、少しだけ静かな時間が流れる。 昇降口の光が、ふたりの影を並べていた。
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