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ナーシャが葛藤して悩んでいる間も、どうやらリリアは待てなかったようで、子爵家の外から騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょっと!手を離して!ここでしょ!ナーシャに会わせなさいよ!一言言ってやらなきゃならないのよ!痛い!手を離しなさい!」
ヒステリックに叫ぶリリアの声は、ナーシャが侯爵家では聞いたこともないような声だった。
ナーシャはその時、邸の奥にある義母の執務室で叔父から話しを聞いていた為、玄関先が見えず、リリアの甲高い声だけが聞こえてきている状態だった。だが、叫ぶ声の様子から領民達がリリアを止めてくれようとしているのは明らかだった。
「大丈夫よナーシャ、うちには護衛騎士もちゃんと配備しています。ここまで入ってくる事は出来ないわ」
「ですが⋯おそらく止めているのは騎士様だけではないのでは?」
ナーシャには「何してんだよ!」「ここはデリス様のお屋敷だ!」「勝手に動くな!」など、リリアを止める声も聞こえていて、それは騎士の声ではないと思えた。
麦畑のある場所から、リリアがこちらに移動してくる間、領民達が付いてきていて何とか止めようとしてくれているのではないだろうか?
領民は皆が平民の為、貴族の体に勝手に触れる事は出来ない。だから彼らができるのは、周りを囲むことくらいだ。「手を離しなさい」とリリアが叫んでいたのが、子爵家の護衛に掴まれたのだろう。騎士を任命されていれば、領主権限で拘束の許可が降りるからだ。
領民達に無理をさせた。
その事がナーシャの勇気を奮い立たせた。
「お義母様、私リリアと会います。どうしてあの子がここに居るのか、どうやって来たのかわかりませんが、話しをして王都に帰らせなければいけないと思うんです」
「王都に返すだけなら、拘束して馬車に乗せ護衛付きで送り返せるぞ?ナーシャが無理することはない」
テリューズがナーシャにそう言うと、義母も頷いてくれるが、ナーシャはリリアと対峙することを、もう決めてしまっていた為、その決心は揺らがなかった。
「はぁ、二人っきりはだめよ、私もテリューズも同席します。それでよろしい?」
「はい、ありがとうございます」
ナーシャの決意が揺るがないことを見た義母は、溜息を吐きながらも折れて、ナーシャの意思を尊重してくれた。
それからテリューズが騒いでいるリリアの元へと向かい、一緒にいた護衛らしきものは子爵家の騎士達に拘束させて事情を聞くように命じてから、リリア一人を子爵邸の中に連れてきた。
半年ぶりに会うリリアの姿に、ナーシャは唖然とする。
着ている服は、それなりに仕立ての良いものだと見えるが、元が水色のデイドレスは、あちこちが解れていたり土汚れが目立つ。リリアの茶色い髪も、何日洗っていないのか、手入れもされず頭部にはテカリが見え髪先は荒れている。
着ている服と、この部屋に入る時に家令に取り上げられた、彼女が手にしていた日傘で、辛うじて貴族の令嬢ではないかと分かるが、それにしても酷い格好だ。
だが、そんな事を気遣ってあげるほどの情を、ナーシャはリリアに持てなかった。
「お久しぶりですね、リリア」
応接室でリリアを出迎え、そう言葉をかけると、リリアはこの部屋に入ってきた時から睨んでいた眦を、益々釣り上げて怒鳴り始めた。
「何なのよ!その平然とした顔!あんたのせいよ、あんたのせいで私は侯爵家を追い出されたんだから!」
「私のせい?」
驚く事に、リリアは侯爵家を追い出されたようだ。知らされていなかった事実にナーシャの心は少し乱れたが、それを顔に出すことなく冷静に聞き返した。
「そうよ!あんたが逃げたりしたからよ」
リリアはナーシャの対面に座らせたのだが、今にもテーブルを乗り越えて、こちらに向かってきそうに手を前に出している。それをナーシャの隣に座るテリューズが払い除けた。
「いい加減にしろ!ナーシャのせいなわけあるか!」
「何が違うのよ!間違いなくこいつのせいよ!勝手にコソコソと学園を卒業しちゃって、身分不相応のくせに公爵家の養女ですって?!私とローラン様の婚約まで潰して何がしたいのよ!あんたのせいでお父様まで倒れたのよ!」
「婚約が潰れたのも、侯爵が心臓発作を起こしたのも全部お前のせいじゃないか!何を勝手にナーシャのせいにしてるんだ!|子爵家《ここ》が王都から遠いと思って、何も知らないとでも思っているのか!」
テリューズの大きな声の叱責に、リリアは一瞬怯んだが、ナーシャを睨む事は変えなかった。
「リリア、あなたとローラン様の婚約が壊れたのは、あなたの行いのせいでしょう?ちゃんと聞いているのよ」
「違うわ!あれは事故だもの。私のせいじゃないわよ」
先程はナーシャのせいだと喚いていたはずなのに、今度は事故だと言い張るリリアに、ナーシャは呆れて、無駄だと思ったが諭してみた。
「事故だとされても、あなたは《《反省しなければ行けなかったわ》》。反省しないから伯爵家の怒りを買ったのよ」
「どうして事故なのに反省する必要があるのよ!そもそも《《あいつが》》私に意地悪してドレスを見せなかったのが悪いんじゃない!」
どこまでも他責思考のリリアに、ナーシャはこれ以上諭すのは、やはり無駄だと思った。
それにしてもリリアにそう言った、ナーシャの母であるソフィアもどうして娘をちゃんと反省させなかったのかと、自分の実母でもあるが、ナーシャはソフィアを実母と思いたくなかった。
「もう、そんな事はどうでもいいのよ!あんたが逃げたせいで「逃げてないわ!」」
ナーシャはこれ以上リリアの《《戯言》》を聞くつもりがなく、彼女の言葉を遮った。
「私は、オリジエル侯爵家を黙って出たけれど、だからといって逃げたわけではないわ」
「何なのそれ?実際逃げてるじゃない!」
「いいえ、私は幸せになるために。幸せになりたいから、あの家を自分から出ただけよ」
ナーシャは、きっぱりとリリアにそう告げた。
コメント
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いや~、このナーシャの「逃げてない」宣言、痺れた😭💕 リリアのヒステリックな喚き散らしと、領民たちが無理して止めてくれた描写に胸が熱くなったよ…。自分から「幸せになるために出た」って言い切るところ、最高にエモいし成長を感じた!リリアの他責思考、リアルすぎてムカついたけど笑 次が気になりすぎる…!