テラーノベル
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広告代理店の会議室には、いくつものムードボードと衣装サンプルが並べられていた。
壁一面に貼られたロケ写真──ヒヴァの砂色の城壁と、それを彩るはずの香水のボトルデザイン。
先日の打ち合わせから数日、四人が顔を合わせるのはこれで二度目になる。
「じゃ、そろそろ始めますか」
勇斗の声で、雑談混じりだった空気が仕事のそれに切り替わる。
無駄のない切り替えの早さに、初対面のときには見えなかった「仕事のできる大人」の輪郭が滲む。
クライアント側から届いた要望メモを、勇斗がテーブルに広げた。
「柔太朗くんのヘアメイクなんすけど、クライアントから『もう少し華やかに、もう少し鮮やかに』っていうリクエストが来てて」
仁人の眉間に、ほんのわずかな皺が寄った。
「それ、やる意味ありますか?」
「え」
「柔太朗さんの魅力って、抜け感なんですよ。王子様っぽい儚さっていうか。そこに重ためのメイクを乗せたら、せっかくのバランスが崩れます」
淡々とした口調だが、有無を言わせない強さがあった。
柔太朗自身は特に反論もせず、ただ興味深そうに説明を聞いている。
「なるほどね。じゃあ、どうする?」
勇斗が茶々を入れることなく、まっすぐにその先を尋ねる。
詰めるでも流すでもない、その聞き方に、仁人は一瞬だけ肩の力を抜いた。
「アイラインは薄めに、肌の透明感を活かす方向で。派手さは衣装とライティングで十分足りるはずです」
「わかった。じゃあその方向でクライアントには説明入れとくわ。仁人の判断なら間違いないし」
「……はい、ありがとうございます」
はっきりした主張の後とは思えない、歯切れの悪さだった。
三年一緒に仕事をしてきて、こういうやり取りにはもう慣れている。慣れているはずなのに、いまだにどこかくすぐったい。
「舜太くん的にはどう?ライティングでカバーできそう?」
「いけるんじゃないですか。柔太朗さんの肌、光に強いんで。むしろ重いメイクより、素材そのまま活かした方が映えると思いますわ」
舜太が資料をめくりながら、隣にちらりと視線をやる。
「柔太朗さん、あの構図のやつ、もう一回確認してもらってええ?顎の角度、変えたくて」
「まぁ、確かに。前回の試しだと、影がここに落ちすぎてたかも」
柔太朗が指先で自分の頬のあたりをなぞりながら答える。言葉数は少ないのに、意図はきちんと伝わる。舜太はその反応に満足げに頷いた。
「さすが。分かってもらえると早いわ。ありがとうございます」
二人のやり取りには、余計な説明がほとんどいらなかった。
息を合わせるための言葉より先に、感覚がすでに噛み合っている。
打ち合わせが進むうち、話題は自然とヒヴァ行きのスケジュールに移った。
「ヒヴァ行は再来週です。現地滞在は八泊九日、その後サマルカンドに一泊移動します」
勇斗が資料を指しながら説明する。
ヒヴァ、サマルカンドという響きに、会議室の空気が少しだけ変わった。実感が、遅れて追いついてくる感じ。
「もう、そんな先の話じゃないんだ」
柔太朗が小さく呟く。わずかな高揚が滲んでいた。
「めっちゃ楽しみやな。現地でどんな写真撮れるか、今からわくわくするわ」
舜太が屈託なく笑う。誰よりも早く、期待だけを素直に顔に出せるのは彼らしい。
打ち合わせが締めくくられると、それぞれが資料をまとめ始めた。
「じゃあ俺、先に失礼します。明日の現場、朝早いんで」
仁人が誰より先に立ち上がり、鞄を肩にかける。
「あ、了解。気をつけて」
勇斗は軽く手を挙げて見送った。何でもない、いつも通りのやり取り。
けれど、その後ろ姿が廊下の角を曲がって見えなくなるまで、その視線は少しだけ長く留まっていた。
「柔太朗さん、この後空いてる?軽く飯でも」
舜太が資料をまとめながら、ごく自然に誘う。
「うん。付き合う」
柔太朗の返事も、同じくらい自然だった。
#🐟️×🍇
ねぎ茶
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コメント
1件
るりさん、第3話読みました。仁人がヘアメイクの主張をして、勇斗が「仁人の判断なら間違いない」ってすんなり受け入れるところ、じんわりきました。信頼関係がちゃんとあるんだなって。舜太と柔太朗の、説明いらないくらい息の合ったやり取りも好きです。チームの空気感が丁寧に描かれていて、自然と引き込まれました。最後の勇斗の視線、少し気になります…続き楽しみにしてます🖤