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冷たい風が

喫茶 桜の裏庭を吹き抜け

散り落ちた桜の花弁を巻き上げる。


淡紅色の花弁が空中を舞い

足元に散らばる伐採された木々の間を

彷徨さまようように踊っていた。


ソーレンは

片足を無造作に桜の幹に乗せ

斧の柄に片手を預けながら

咥え煙草の端を

僅かに揺らして笑った。


「お前の能力が

どれだけか理解しとかねぇと、だろ?

後は、純粋に⋯⋯興味本位だ」


煙草の先が僅かに赤く光り

灰がぽとりと落ちた。


琥珀色の瞳が射るように

レイチェルを見据える。


レイチェルはその視線を受け

僅かに躊躇った。


ソーレンの目に浮かぶのは

好奇心と、もっと別の何か⋯⋯


それは危うい

衝動に近いものに感じられた。


それでも、転がる桜の木々が

そこに潜んでいた

脅威の存在を示している。


ハンターという存在が

アリアの血を狙っている。


これが現実なのだ。


喫茶 桜で働くという事は

ただの喫茶店員ではない

という事なのだ。


「でも⋯⋯

目の前に、俺がもう一人ってのも

なんかアレだな?」


ソーレンは煙を吐き出し

ニッと笑う。


「時也になってみろよ。

アイツとは

何度も手合わせしてるからな。

能力がコピーできるなら

どの程度かも測れるしよ」


「⋯⋯わかったわ。

時也さんになれば、良いのね?」


レイチェルは小さく息を吐き

目を閉じた。


頭の奥に静かに響く

自分の思考が 少しずつ遠のいていく。


代わりに

時也の記憶、時也の思考、時也の感情


彼そのものが

まるで心の奥に

滑り込むように入り込んでくる。


次第に自分が

〝レイチェル〟であるという

意識が薄れていき

まるで違う人物になっていくような

感覚が広がった。


目を開いた時

レイチェルの瞳は鳶色に変わっていた。


黒髪は黒褐色に変わり

柔らかだった肩のラインは広がり

凛とした立ち姿に変化する。


藍色の着物が揺れ

その袖口から覗く指先が

優雅に揃えられていた。


目の前に現れたのは

間違いなく〝櫻塚 時也〟だった。


「おぉ⋯⋯

マジで、腹立つ顔になったじゃねぇか」


ソーレンは

口元を歪めた笑みを浮かべるが

内心は僅かに警戒の色を滲ませた。


其処に立つのは

確かに〝レイチェル〟である筈なのに

その目は

いつものレイチェルの

無邪気なものとはまるで違う。


穏やかながらも

何処か人を見透かすような

静かな光を宿している。


立ち姿も然り

まるで今この場に

〝時也〟が本当に現れたかのような

錯覚さえ覚えた。


「では、始めましょうか。ソーレンさん」


凛とした声が響く。


優しさと冷静さが同居した

その独特の口調。


僅かな言葉の間の取り方すら

完全に時也のものだった。


「⋯⋯ほう?」


ソーレンの目が細められる。


「思ったより、完璧だな⋯⋯」


「ええ。

貴方が鍛錬を怠っていないか⋯⋯

見極めさせていただきますね」


そう言って微かに笑うその表情は

どこまでも穏やかで

本物の時也そのものだった。


(⋯⋯こりゃ、ちょっとマズいな)


ソーレンの指先に

僅かに力が籠もる。


擬態能力が、これほど完全に

〝相手そのもの〟になれるとは

思っていなかった。


もし本当に

時也の能力までコピーしているのなら

試すつもりが

返り討ちに遭うかもしれない。


だが、同時に

ソーレンの心には

妙な期待が膨らんでいた。


「⋯⋯よし、行くか」


琥珀色の瞳に

獲物を狙う猛禽のような鋭さが宿った。


裏庭が静寂に包まれる。


けれど

その静けさは

嵐の前の静寂に似ていた。


空気は張り詰め

ピリッと緊張感が漂っていた。


「その前にソーレンさん。

結界を張らせてください。

貴方の無鉄砲な攻撃で

お店が壊れるのは避けたいですから」


時也の姿をしたレイチェルが

袖の中から護符を取り出した。


薄紫色の光が護符の表面に浮かび

まるで生き物のように

揺らめきながら空間に拡がる。


淡く輝くその光が

庭の石畳や壁を舐めるように

周囲を包み込んでいくと

結界が静かに展開された。


「あー⋯⋯

そんな人をおちょくってる所まで

コピーしてんのかよ」


ソーレンは

煙を吐き出しながら

呆れたように言ったが

口元には険しい笑みが浮かんでいた。


「おちょくってなど⋯⋯

本当の事を言った迄ですよ」


穏やかに微笑む姿は

まるで本物の時也そのものだった。


表情の柔らかさ

視線の細やかさ

総てが時也のままで

彼が目の前にいることに

違和感すら感じさせない。


ソーレンの額に青筋が浮かぶ。


自分が見ているのは

〝レイチェル〟だと分かっていても

その完璧すぎる擬態は

本能的に腹立たしさを募らせた。


「なぁ⋯⋯レイチェル?

痛みは⋯⋯解除後もあるのか?」


「はい。

なので⋯⋯

お手柔らかにお願いいたしますね?」


時也の姿のレイチェルは

穏やかに笑った。


「⋯⋯あぁ、そうかよ。

なら、後でアリアに

治療を頼んでやるよ!!」


ソーレンが地面を蹴り上げた瞬間

空間が歪んだような音が響いた。


「六根清浄⋯⋯急急如律令」


時也の姿をしたレイチェルは

両手を静かに前に掲げ印を結んだ。


すると、その指先から

薄紫色の光が広がり

目の前に再び結界が展開された。


「チっ⋯⋯!」


ソーレンの拳が重力の力を宿して

鉛の塊のように

結界に叩きつけられた。


轟音が響き

結界の表面が震える。


だが、結界は堅牢で

ソーレンの拳は跳ね返された。


「クソ⋯⋯っ!」


再び拳を振り下ろす。


結界に細かい亀裂が入り始め

今にも砕けそうになった。


「⋯⋯っらぁ!!」


ソーレンの怒号とともに

結界が粉々に砕けた。


破片のように飛び散る紫の光が

桜の花弁のように空を舞う。


その直後

ソーレンの拳が勢いよく

時也の顔面に向かって振り下ろされた。


しかし。


「──っ」


ソーレンの腕が空を切った。


「くっ⋯⋯」


拳は合気道の柔らかな動きによって

僅かにずらされ

ソーレンの巨体は

勢いのままに宙を舞った。


彼は空中で体勢を立て直そうと

重力の壁を蹴り反転する。


「⋯⋯っらよっ!!」


だが

その動きも──読まれていた。


「やれやれ⋯⋯」


時也の姿のレイチェルが静かに手を振ると

地面から無数の桜の枝が生え伸び

ソーレンの脚を狙って絡み取る。


「⋯⋯ちっ!

時也の植物操作も、読心術も⋯⋯

しっかりコピーしてやがるっ!」


ソーレンは咄嗟に空中へと飛び上がるが

その直後

背後から伸びた枝が

再び逃げ場を封じようと絡み付く。


「読心術で読めても⋯⋯

逃げ切れねぇ距離の力で

捻り潰してやるよ」


顔を歪め

ソーレンは再び空間を歪ませ始める。


圧倒的な重圧が辺りを包み込み

空気が軋むような音を立てた。


その瞬間だった。


「⋯⋯がっ!?クソっ!」


次々と背後から枝や蔓が絡みつき

ソーレンの逞しい体躯が拘束される。


全身を縛り付けるように

絡みついた枝が

重力を無視して彼の動きを封じ込めた。


「⋯⋯全く、お二人とも

戯れが過ぎますよ?」


静かな声が響いた。


「──!?」


驚いて振り返ると

其処には本物の時也が立っていた。


彼は

先程までの

穏やかな笑顔を湛えながらも

その瞳には何処か

鋭い光が宿っていた。


まるで

どちらが本物かを問われれば

誰もが迷う程に同じ空気を纏っていた。

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

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擬態で触れてしまった、守られた微笑みの奥の絶望。 心優しいレイチェルは、彼の静かな苦悩に触れ、涙する。 桜の花弁が夜に溶ける部屋で、何も知らずにいられた幸福が静かに終わりを告げた──

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