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キャプションをお読みの上、ご覧ください。kr嫌われが起こって、その後の話です。
自傷、暴力やいじめのような描写があります。
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朝、いつものように、クロノアさんの部屋を訪ねる。
扉を開けても返事がなかったので、部屋の中を見回すと、クロノアさんはベッドではなく窓の前にいた。カーテンがほんの少しだけ開いていて、その隙間から空を眺めている。雲の流れでも追っているのか、こちらには気づかないまま、ずっと同じところを見ていた。
「クロノアさん」
呼びかけると、ようやく気づいたように振り返る。
「あ……ぺいんと」
「おはようございます」
「……おはよ」
毎日顔を合わせるようになってから、俺が来ることにもすっかり慣れたらしい。クロノアさんは特に何も聞かず、窓から離れてこちらへ近づいてくる。ただ、さっきまで何を見ていたのかは気になった。
「何見てたんですか?」
「空」
「空ですか?」
「うん。今日は雲、少ないね」
言われて窓の方へ目を向ける。カーテンの隙間から見える空は、確かに雲が少なくて明るかった。
「窓、開けます?」
「……いいの?」
少し驚いたような顔をする。
「もちろん」
俺が窓へ向かうと、クロノアさんも後ろからついてきた。鍵を外して窓を開ければ、閉じた部屋の中へ外の空気が流れ込んでくる。カーテンが風を受けて膨らみ、クロノアさんの髪もふわりと揺れた。
「……わ」
思わず漏れた声のあと、クロノアさんは目を細めた。
風に押された髪が頬にかかっても気にする様子はなく、開いた窓の向こうへ顔を向けている。さっきまで見ていた空が、今度はガラス越しではなく、そのまま目の前にある。それだけで、クロノアさんの表情が少しずつほどけていくのが分かった。
外から車の走る音がする。誰かの話し声も聞こえるし、少し遠くでは自転車のベルが鳴った。普段なら何気なく聞き流している音なのに、こうして部屋の中で聞いていると、外の世界がすぐそこにあるように感じる。
「……いろんな音する」
「そうですね」
クロノアさんはしばらく外を眺めていた。
その視線が、ふと下へ落ちる。
「あ」
「どうしました?」
「猫」
指差された方を見ると、建物の陰から一匹の猫が出てきたところだった。
「あ、本当だ」
クロノアさんの顔が、ぱっと明るくなる。
猫は辺りを見回しながら、建物の端を歩いている。時折立ち止まっては地面の匂いを嗅ぎ、また歩き出す。その様子を、クロノアさんは身を乗り出すようにして目で追っていた。
「どこ行くんでしょうね」
「……あっち」
「分かるんですか?」
「たぶん」
クロノアさんは猫の進む先を見ながら、少し考える。
「ご飯探してるんじゃないかな」
「どうして分かるんです?」
「なんとなく」
「なんとなく……」
俺にはさっぱり分からない。
けれど、猫はしばらく進んだところで足を止め、建物の隅へ鼻先を近づけた。クロノアさんが「あ」と声を漏らす。
「ほら」
「本当だ」
「あ、行っちゃう」
クロノアさんの言う通り、猫はそのまま建物の陰へ入り、姿が見えなくなった。
「……行っちゃった」
「また来るんじゃないですか?」
「……また会えるといいな」
そう答えながらも、クロノアさんはしばらく猫が消えた場所を見ていた。
やがて景色へ視線を戻す。その横顔を見ていると、猫のことになると途端に夢中になるクロノアさんが可愛らしく思えた。
「クロノアさん、猫のことになるとすごいですね」
「そう?」
5,025
あいう
447
#cp要素あり
S✩.*˚
117
沙彩
1,129
「はい。俺、全然分かりませんでした」
「……ぺいんとも、そのうち分かるよ」
「本当ですか?」
「うん」
少し得意そうに笑う。
その表情につられて、俺の口元も緩んだ。
それからしばらく、窓を開けたまま過ごした。話すことがなくなっても、気まずくはなかった。外を走る車を眺めたり、聞こえてきた音について話したり、ときどきどうでもいいことを言って笑ったり。
こうしていると、ここが閉じた部屋だということを忘れそうになる。
クロノアさんは、もともとここで一日のほとんどを過ごしてるから、何か特別なことをしているわけではない。ただ窓の近くに座って外を眺めたり、ベッドで本を読んだり、俺と他愛のない話をしたり。いつもと変わらない時間の中に、今日は開いた窓があるだけだった。
午後になっても、窓はそのままだった。
風が入ってくるたびにカーテンが揺れる。クロノアさんはその向こうに見える景色を時々眺めていたけれど、ずっと窓を見続けているわけでもない。俺が話しかければこちらを向くし、くだらない話をすれば笑う。何も話さない時間には、それぞれ好きなことをしていた。
「今日、あったかいね」
「そうですね」
「……眠くなってきた」
「寝てもいいですよ」
「うーん……」
クロノアさんは少し考えてから、窓の外を見る。
「でも、今寝たらもったいない気がする」
「何がですか?」
「分かんない」
「なんですか、それ」
二人して笑う。
そんなやり取りをしながら、時間が過ぎていく。
夕方が近づくと、外の光も少しずつ変わっていった。昼間より影が長くなり、窓から見える景色にも赤みが差している。
クロノアさんが窓の外を眺めながら、ふとこちらを振り返った。
「ぺいんと、コーヒー飲む?」
「飲みたいです」
「じゃあ、淹れるね」
「お願いします」
「うん」
クロノアさんは昔からコーヒーが好きだった。淹れるのも上手くて、俺が同じようにやっても、どうしてもクロノアさんの方が美味しい。…本人は特別なことをしているつもりはないらしいけれど。
「豆、これでいい?」
「はい」
「砂糖は?」
「いらないです」
「分かった」
ほどなくして、部屋の中にコーヒーの香りが広がった。
「できたよ」
「ありがとうございます」
クロノアさんからカップを受け取る。いつものカップだった。俺が手にしたものからも、淹れたばかりの香りが立ち上ってくる。
「やっぱり、クロノアさんが淹れると美味しいですよね」
「そう?」
「はい」
「ぺいんとが淹れるのも、別にまずくないよ」
「褒めてます?」
「褒めてる」
「本当ですか?」
そんな話をしながら、二人で窓の近くに座った。
開いた窓から風が入ってくる。コーヒーの香りに混ざって、外の空気が部屋の中まで届いていた。
クロノアさんはカップを両手で持ったまま、窓の外を眺めている。
クロノアさんの視線が、ふと窓の外の一点で止まった。
「……」
「どうしました?」
そう聞いても、クロノアさんはすぐには答えなかった。外を見たまま、何かを確かめるように目を細めている。
「……ううん」
やがて視線を戻して、カップに口をつける。
「なんでもない」
「そうですか」
俺もそれ以上は気にせず、コーヒーを飲んだ。
その直後だった。
外から、突然大きなクラクションが響いた。
「――っ!」
クロノアさんの身体が跳ねる。
手にしていたカップが大きく揺れ、指先から滑り落ちた。
床に落ちた陶器が甲高い音を立てて砕ける。
同時に、こぼれたコーヒーがクロノアさんの右手にかかった。
「…っ、……!」
クロノアさんが反射的に右手を引く。
次の瞬間、クロノアさんの顔から血の気が引いた。
呼吸が浅く、速くなる。肩が何度も大きく上下して、喉元が苦しそうに動いて、手が震えている。
床に落ちた陶器が甲高い音を立てて砕ける。
同時に、こぼれたコーヒーがクロノアさんの右手にかかった。
「……っ、……!」
クロノアさんが反射的に右手を押さえた。小さく噛み殺すような悲鳴をあげたのも束の間、クロノアさんの顔から血の気が引いていく。
「ごめ……っ」
掠れた声と同時に、クロノアさんが床へ手を伸ばした。
散らばった破片を拾おうとする。
「クロノアさん、待って――」
止めるより早く、その腕を掴んだ。
「触らないでください!」
びくっと身体が強張る。怖がらせてしまった。…でも、火傷した手で破片を片付けさせるわけにはいかない。
「でも、カップ……」
「ダメです!」
掴んだ腕を引き寄せる。
呼吸が浅く、速い。肩が何度も大きく上下して、喉元が苦しそうに動いて、掴んだ手が震えている。
何か言おうとしているのか、唇だけが動いて、いくら言っても視線は俺の方へ向かなかった。
床に散らばったカップの破片。
その周りに広がったコーヒー。
クロノアさんは今にも倒れそうなほど顔色を悪くしながら、床を見つめている。
「すぐ、か、片付け……」
「クロノアさん」
「…でも、」
「分かってます。でも、先に手です」
「ぅ、…っ」
そう言っても、クロノアさんの視線はまた床へ戻ってしまう。
俺が声に返事はするけれど、頭の中が割れたカップのことでいっぱいになっているようだった。手だって痛むはずなのに気にする余裕もなく、何度も床を見ては、片付けないと、と口にする。
「クロノアさん、」
俺はクロノアさんと床の間に身体を入れて、散らばった破片が見えないよう遮った。
「クロノアさん、こっち見てください」
「……っ、ぁ、」
それでも、クロノアさんはしばらく俺の向こうを見ようとしていた。焦点の定まらない目が、俺の肩越しを何度も探す。けれど、そこにはもう何も見えない。
やがて、行き場を失ったみたいに揺れていた目が、ゆっくりと俺の顔へ向く。
「……」
ただ目の前に俺がいる。それだけを映すようにクロノアさんは俺を見て、さっきまで何度声をかけても床へ向かっていた視線が、ようやくこちらに留まる。
「カップは俺が片付けますから」
クロノアさんとちゃんと目が合ったことを確認しながら、できるだけ穏やかに言う。
「手当てしましょう」
「……う、ん」
そうしてようやくほんの少し落ち着いたのか、右手の力を抜いてこちらへ差し出してくれる。
その指先はまだ震えていた。
「……俺、自分でやる、よ、……火傷の手当くらい……」
「今日は俺にやらせてください」
「……」
クロノアさんは何か言いかけたけれど、結局口を閉じた。
俺はその手をとってシンクまで連れていき、蛇口を捻った。
「少し冷たいですよ」
「……うん」
赤くなったところに水を当てると、クロノアさんの指がぴくりと動いた。
「痛いですか?」
「……ちょっと」
「我慢しないでくださいね」
「……分かった」
分かったと言いながら、きっとこの人は我慢する。
そう思うと、胸の奥が落ち着かなかった。
俺にできることなんて、こうして手を支えていることくらいしかない。それでも、少しでも痛みが引けばいいと、流れる水を見ながら願う。
しばらくして、クロノアさんが小さく息を吐いた。
「……まだ?」
「まだ、このままです」
「…でも」
「大丈夫です。全部俺がやりますから」
「……」
クロノアさんは黙った。
視線が落ちる。
その床に散らばったものを見なくて済むように、俺は右手を少しだけ持ち上げて気を引く。
「今は見なくていいです」
「……」
何も返ってこなかったけれど、もう床を見ることはなかった。
水の音だけが、しばらく続いた。
やがて赤くなったところの熱が少し引いたのを確かめてから水を止める。濡れた手を清潔なタオルでそっと押さえ、火傷した部分をもう一度見る。
幸い、まだ水ぶくれ等は見当たらないけど、痛々しくて不安は拭えない。
「…これ、病院」
「大丈夫」
「まだ何も言ってませんよ」
「……」
クロノアさんが少しだけ気まずそうに目を逸らす。
「……行かなくて平気」
「そうですか」
本当に大丈夫なのか、俺には判断できない。
ただ、今すぐどうにかしなければならないような状態ではなさそうだった。それならせめて、これ以上痛くならないようにしておきたい。
戸棚から救急箱を取り出して、ガーゼを傷ついたところへそっと当てる。
クロノアさんの肩がわずかに強張った。
「痛かったですか?」
「……ちょっとだけ」
「すみません」
「だいじょうぶ、」
その言葉に、少しだけ力が抜けた。
ガーゼがずれないように包帯を巻く。きつくしすぎないよう気をつけながら、最後を留めてから手を離した。
「…これで、一旦」
「…うん」
クロノアさんは包まれた右手を見下ろした。
「……ありがと」
「いえ」
短く答えて、それでも俺はすぐには離れられなかった。
さっきまで震えていた指先が、今は包帯の下に隠れている。
もちろん痛みがなくなったわけじゃないだろう。
それでも、少しくらいは楽になっていてほしい。
そう思いながら、まるでおまじないをかけるような気持ちで俺はその手をそっと両手で包み直した。
クロノアさんはされるがままになっている。
それからようやく俺は床の破片へ向かった。クロノアさんは椅子に座って、俺が片付ける様子を見ている。
「座っててくださいね」
「……うん」
大きい破片を拾い集め、コーヒーを拭き取る。タオルを濡らして水拭きをして、最後には細かな破片が残っていないかを確認する。
さっきまで聞こえていた風の音も、今は妙に遠く感じて、昼間の他愛ない穏やかだった空気はもうここにはなかった。
片付けを終えてみると、クロノアさんは右手を庇いながら俯いていた。
「…ごめんね」
「カップのことですか?」
「……うん」
「ただの事故ですよ」
「でも……」
「クラクションに驚いただけでしょう?」
「……」
「仕方ないことですよ」
「…俺がちゃんと持ってれば、落とさなかった」
まただ。
そう思った。
カップが割ったことよりも、手を火傷したことよりも、自分が失敗したことを気にしている。
「クロノアさん」
「……はい」
「もう、自分を責めるのやめてください」
「……」
「カップが割れたのは事故です」
「……うん」
「それに、俺は怒ってません」
「……」
「カップなら買い直せます」
「…でも、」
「でも、じゃないです」
言葉が強くなりそうなのを抑える。
「クロノアさんが痛い思いをしてるのに、どうして自分が悪かったことばかり考えるんですか?」
包帯の上をなぞっていたクロノアさんの指が止まる。
「……」
「何かあるたびに、すぐ謝るじゃないですか」
「……」
「今日だってそうだし…、」
「……でも、俺が……」
「いいえ」
思わず遮った。
「クロノアさんが悪いわけじゃないです」
クロノアさんは黙ったまま、右手を見ている。
「俺は、カップが割れたことなんてどうでもいいです」
「……」
「俺が嫌なのは、クロノアさんが痛い思いをしてるのに、自分のせいにしてしまうことです」
返事はない。
「俺、何度も言ってますよね」
ああ、どうしよう。声が震える。
「クロノアさんが何か失敗しても、俺が嫌な思いをするわけじゃないです」
「……でも」
「もう、自分を責めるのやめてください」
クロノアさんの肩がわずかに揺れた。
「ごめん」
「……」
「ごめんね」
その声を聞いて、胸が痛くなる。
言いたいことはまだあった。
けれど、これ以上強く言っても、きっとまたクロノアさんは自分を責めるだけだ。
「すみません」
「……」
「怒りたいわけじゃないんです」
クロノアさんは顔を上げない。
「ただ、見てるのが辛いんです」
「……」
「何が起きても、自分が悪かったことにするから…」
しばらく沈黙が続いた。
窓から入る風が、二人の間を通り抜ける。
やがてクロノアさんが、ぽつりと口を開いた。
「……もう、嫌な思い、…させたくなかったんだ」
「…え?」
「ぺいんとに、みんなに」
その言葉に、胸が詰まる。
「俺は、クロノアさんが痛い思いをする方が嫌です」
「……」
「だから、自分を責めないでください」
クロノアさんは何も答えなかった。
ただ、視線を落としてじっと何かを考えていた。
しばらくしてから、かすかな声が返ってくる。
「…分かった」
「……はい」
「俺、ちゃんと気をつけるね」
その言葉が、今のクロノアさんにできる精一杯の返事なのだと分かった。
俺も、それ以上は何も言わなかった。
二人の間に静かな時間が戻ってくる。
さっきまでと同じように、窓は開いている。
風がカーテンを揺らし、外から車の音が聞こえる。
クロノアさんはまた窓の外を眺めていた。
俺もその隣に座る。
さっきのことがあったせいか、しばらくは会話がなかった。
窓の向こうでは、夕方の空が少しずつ暗くなっているも風が少し冷たくなってきた。
「……そろそろ閉めましょうか」
「…うん」
クロノアさんは返事をしたものの、少しだけ名残惜しそうだった。
俺は窓を閉める。
外の音が遠くなり、さっきまで部屋の中を通っていた風も止まった。
カーテンを戻すと、クロノアさんは閉じた窓を見つめていた。
「また明日、晴れてたら窓開けましょうか」
「……明日も?」
「もちろんです」
クロノアさんがこちらを見る。
「……うん」
その顔が、少しだけ嬉しそうに緩んだ。
明日も晴れていたら、また窓を開けよう。
今日と同じ空を見て、音を聞いて、何でもない話をする。
特別なことなんてなくていい。
コメント
1件
お疲れ様です〜!!「あけて」第4話、読み終えたよ…😭💕 まず、クロノアさんが窓のそばで猫を見てるところ、すごく可愛くてほっこりしたのに…後半のクラクションのシーン、急に空気変わってびっくりした。クロノアさんの震えとか、ぺいんと君の必死な制止、切なすぎて胸がギュッてなった…。でも、それでも「明日も窓開けよう」って言える関係、すごく尊い…✨ 続きすごく気になるよ!頑張ってください📖💪