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「とっても可愛いわ、クレハちゃん。お茶会の時に着ていた水色のドレスも似合ってたけど、黄色もいいわねぇ。あっ、次はこっちのピンクのを着てみてちょうだい。デザインはシンプルだけど裾の刺繍が素敵なのよ」
私は現在、王妃様のお部屋に招かれて1人でファッションショー状態になっていた。今着せて頂いているのは淡いピンク色のドレス。生地は軽くて柔らかい……そして着心地がとても良い。王妃様がおっしゃっている通り、裾に施された刺繍がとても綺麗。フリルいっぱいのひらひらしたドレスも華やかで素敵だと思うけれど、自分はこういう落ち着いたドレスの方が好みだ。
次から次へと出てくる色とりどりの豪華なお衣装と装飾品に目がチカチカする。そして気になる事に、着せられる服のサイズが全て私の体にピッタリなのだ。王宮で採寸などした覚えはない。うん……これについてはあまり深く考えてはいけないような気がした。
「こんなにたくさんのお洋服を私の為に用意してくださったのですか?」
「そうよ、私こういうの憧れてたの。うち男の子ばっかりでしょ? こんな風に可愛いドレス着せたり、選んだりできないからつまんなくて。愛らしいお嬢様が2人もいるジェムラート夫人が羨ましかったのよ」
そういうものなのかな。言われてみれば、お母様も私や姉様に色んなお洋服を着せたがる。自分はお洒落とか流行には疎いからよく分からないけれど、王妃様が楽しいなら……まぁいっか。
「王妃様、ありがとうございます。でもこんなにたくさん申し訳なくて……」
ざっと見る限りでも10着はある。しかもどれもお値段が張るようなものばかりだ。
「遠慮なんてしなくていいの。私が好きでやってるんだから。それに、クレハちゃんはしばらくこっちにいるんだし着替えは必要でしょ」
「えっ?」
「あら、もうこんな時間ね。一息入れてお茶にしましょうか? そろそろレオンも戻ってくるだろうし」
「はい……」
時刻は午前10時を回ろうとしている所だった。王妃様は侍女にお茶の用意をするよう指示を出す。レオンは午前中はお勉強の時間なので、その間ひとりになった私は王宮の庭園を散歩していた。そこで王妃様が声をかけて下さり今に至る。
「今日のお茶請けは『シャルール』のチョコチップクッキーです。クレハちゃんクッキーは好き?」
シャルールのクッキー!?
「はい! 大好きです。シャルールのお菓子は前にレーズンバターサンドを頂いた事があるんですけど、とっても美味しくて……わぁ、クッキーも楽しみです!!」
「フフッ、良かった。それじゃこっちのテーブルに来て席についてちょうだい。飲み物は紅茶でいいかしら?」
「はい!」
私が王宮に来てから今日で5日目。初日に体調を崩して倒れてしまったから泊まることになったのだけど、いつの間にかズルズルと滞在が延びてしまっている。その理由は家からの迎えが来ないからだ。次の日も、その次の日も……何の連絡も無いまま私は王宮に留まる事になってしまった。
さすがにこのままではいけないと思い、セドリックさんに家までの馬車を手配して頂けないかとお願いしたのだが『そのうち来ますよ。のんびりお待ち下さい』とはぐらかされてしまった。
王宮にいるのが嫌なわけじゃない。でも、どうして誰も理由を教えてくれないのだろう。もしかして、家で何かあったんじゃ……
「やっぱり心配だよ……」
「何が?」
「わっ! レオン?」
「ただいま。クレハ」
びっくりした……。私の独り言に相槌を打って来たのはレオンだった。お勉強はもう終わったみたいだ。どうして王妃様の所にいるのが分かったのかな。
「おかえりなさい……」
「それ、よく似合ってる。可愛い」
最初は何について言っているのか分からなかったけど、今着ているドレスの事だと遅れて理解した。
「でしょう!」
レオンの言葉を聞いた王妃様が得意気に胸を張っている。
「さすが母上、良い見立てですね。でも……」
レオンがそっと私の頬に触れる。
「着てる子が可愛いからどんな服を着てても可愛いんだけどね」
「へっ……えっ!?」
「あらあら……クレハちゃんたら」
「クレハ、顔真っ赤だよ? ほんと可愛いね」
これ、わざとやってるんじゃないだろうか……絶対私の反応を見て楽しんでるよね。レオンにいいように翻弄されている自分が悔しいやら恥ずかしいやらで、ますます顔が赤くなる。
「もう! レオンは私をからかって……」
「ほら、レオン。お茶が入ったからあなたも座りなさい。あんまりクレハちゃんをいじめちゃダメよ」
「いじめてるつもりは毛頭ないのですが……俺はただ思った事をそのまま口に出してるだけですよ」
王妃様は額に手を添えて大きな溜息をついた。レオンは本当に10歳なんだろうか。私に対する言動や振る舞いがとても同年代のそれとは思えない。
「クレハ。はい、あーん」
「ふあ?」
振り向きざまに半開きだった口の中に、何かを入れられた。おそるおそる歯を立ててみると、サクッとした食感と共にチョコレートの良い香りが広がっていく。これはチョコクッキー?
「美味しい?」
「……はい」
さすがシャルール……。口溶けの良い上品なチョコレートにバターの風味豊かなクッキー生地……文句無しに最高です。紅茶にも合いそう……って。
「じっ、自分で食べられます!!」
私の口元に次のクッキーを差し出してきたレオンを慌てて制止した。
「そう? 残念」
レオンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。私は恥ずかしさを誤魔化すように、王妃様の淹れて下さった紅茶を勢いよく呷った。そして咽せた。
「ちょっとクレハちゃん、大丈夫?」
「ゴホッ……だ、だいじょぶ……です」
「クレハったらしょうがないなぁ……」
私の背中をさすりながら、レオンはわざとらしく呆れて見せる。一体誰のせいだと思ってるんだ。私は抗議するように彼を見つめるが、レオンは機嫌良さそうに笑ってるだけで全く効果は無かった。