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「電話が有ったのは結婚式の日。鷺森さんと会った後。黙っていたのは信用出来なかったから……雪香は戻っても許されない。全てを捨てると言ってたの。私には直樹とのことをごめんなさいと言って来た」
蓮とミドリは、私の話にかなり驚いたようだった。
「雪香はお兄さんといる可能性が高いと思う。お兄さんさんが行きそうな場所に心当たり無い?」
「兄が失踪してすぐに、心当たりは全て当たったんだ、今のところ何の手がかりも無い」
「そう……」
ミドリの答えに私は落胆して俯いた。
膝の上に乗せた手をじっと見つめたまま、今後について考える。手がかりが無くなった今、雪香を見つけるにはどうすればいいのか……。
考える内に私はあることに気がついた。
そもそも雪香を探そうとしたのは、歩道橋から突き落とされたのがきっかけだ。
その後、脅迫の手紙を受け取り、自分が雪香のせいで厄介事に巻き込まれたんじゃないかと考えた。安心して暮らす為には、どうしても雪香を探し事情を聞きたくて……。
けれど、ミドリの話を聞いた今、雪香を探し出す必要は無いように思える。
私が何に巻き込まれたのかはっきりしたし、手紙に関しては差出人はミドリなんだからもう気にする必要が無い。今考えるべきは、誤解から私を恨んでいる人達への対策だ。
でも、対策と言っても具体的にどうすればいいのだろう……。
思い悩んでいた私に、隣に座る蓮が、険しい顔で聞いた。
「お前、どうして雪香を探してるんだ? 雪香に会って確かめたいことが有るって言ってたけど、それは何だ?」
本当にしつこい。この前答えたくないって言ったのを、覚えていないのだろうか。
うんざりしたけれど、今更黙っている必要も無いので答えた。
「雪香が消えてから、いろいろとおかしなことが起きたの。ミドリからの手紙もその一つ。雪香が関係してるような気がしたから会って問い質したかった。私を巻き込むなとも言うつもりだった……もう遅いみたいけどね」
嫌みを込めた言葉に蓮は眉をひそめた。ミドリは強い反応を見せる。
「沙雪、おかしなことって僕の手紙以外に何が有ったんだ? 隠さないで言って」
「雪香が消えた日、誰かに押されて歩道橋から落ちそうになったの。咄嗟に手すりに捕まったから大した怪我はしなかったけど。ただの通り魔かもしれないとも考えたけど、電話についても気になったから雪香を探した」
「……そういえばお前、足を痛めてたな」
蓮は、二度目に会った日の私の様子を思い出したようだ。
「それ以外は?」
「特には」
「そう……提案なんだけど、沙雪は住まいを変えた方がいいんじゃないか? 宛てがないなら僕がセキュリティのしっかりした家を紹介するよ 」
「気を使ってくれるのは有り難いけど、その話は遠慮します」
「どうして? 危ない目にあったんだし、用心した方がいい」
確かにミドリの言う通り不安はある。雪香が騙していた人達の中には、たちの悪い人も居たみたいだから。
それでも、ミドリに頼って引っ越しをする選択はなしだ。私は彼まだ信用していない。
「今日初めて会った人にそこまでしてもらうのは……心配してくれたのは嬉しいけど……」
はっきりとは言い辛く、言葉を選んでいたのに「お前が信用出来ないからだろ」と、蓮が空気を読まない発言をした。
ミドリは不快そうに顔を歪める。
「ちょっと! そんな言い方ないでしょ?」
「違ってないだろ? だいたい俺には迷惑だとか信用出来ないとか、ズバズバ言うくせに、なんでコイツには気を使うんだよ?」
子供のような蓮の言い分に、私は内心溜め息を吐いた。
「相手を見て言い方を決めてるだけだけど。気を使ってくれる相手には私だってそれなりの対応をするの」
反論出来ずに顔を強張らせた蓮から、正面のミドリに視線を移した。
「言い方は悪いけど、この人の言う通りで、正直あなたを信用出来ない……今日会って悪い人じゃないとは思ったけど」
「信用出来ないのは、初対面だから?」
ミドリは、静かに聞き返して来る。
「手紙の件も引っかかってる。私に警告してくれるのなら、普通に会いに来てくれたら良かったのに。わざわざあんな手紙を送って来るなんて、他に何か意図が有るのかと疑う」
それに私は、もう簡単に人を信じないと決めている。
「確かに、沙雪の言う通りだね。おかしな行動と思われても仕方ない……でも僕としては意味の有る行動だったんだ」
言い訳をするようで気まずいのか、ミドリは居心地が悪そうに、ソファーに座る体勢を何度も変えた。急に落ち着きなくなったみたい。どうして?
「手紙を送ったのは、沙雪の反応を見たかったからなんだ。そもそも沙雪が雪香と繋がってないという確証も無かったからね」
「繋がってるって……私が名前を使われるのを、黙認していたと思ったの?」
ミドリの言葉に、私は驚きの声を上げた。
「可能性は低いけど、無いとは言い切れなかった。二人は双子だし、他人には分からない絆が有ってもおかしくないからね」
ミドリの発言はどこかおかしい。
さっきは私と雪香の不仲を確信している様子だったのに、今になって双子の絆?
「なんだか話がおかしな気がする。それと雪香の部屋にも同じ手紙が有ったけど、それも反応を見る為?」
「……手紙って?」
「え? だから、お前を許さないとか……自分で出したんでしょ?」
奇妙な質問だと思った。どうして、そんな事わざわざ確認して来るのだろう。
「ああ……変なこと聞いてごめん」
ミドリは微笑みを浮かべた。落ち着きを取り戻したように見える。
「沙雪と雪香の関係は、本当に知らなかったんだ。仲が良くないと思ったのは、僕の手紙に対する沙雪の反応から。本当に雪香から何も聞いてないんだなって思った。」
「……そう」
ミドリの言い分は、信用出来なかった。何か隠しているように感じる。
だけど、それ以上は何も言わなかった。言っても無駄になるだろうと思ったから。
自然と私達の会話は終わり、それを待っていたかのように蓮が口を開いた。
「俺からも聞きたい!」
強い口調でミドリに言う蓮を横目で見ながら、私は静かに立ち上がった。
「沙雪?」
「何してんだ?」
ミドリと蓮が、すぐに気付き怪訝そうな顔をした。
「話も済んだし、帰ろうかと思って」
蓮は不満そうに顔をしかめた。
「送ってくから待ってろよ」
蓮の言葉にミドリも頷く。
「そうだよ、一人で行動しない方がいい。それに住まいを変える話も途中だっただろ?」
「どちらも遠慮します。私は一人で平気だからゆっくり二人で話して。ミドリ
今日は情報をありがとう。鷺森さんもこの場を作ってくれて助かりました」
他人行儀に挨拶をして、止める声に耳を貸さずに部屋を出た。
リーベルからも出ると、人気の多い道を選び駅迄向かう。
時間と共に気温が下がり、コートの前をしっかり閉めていても、体が凍えるような寒さを感じた。
沢山の見知らぬ人とすれ違っていく。
ミドリの話を聞いたせいか、人の目が必要以上に気になってしまう。
誰も私なんて見ているはずは無い。そう頭では分かっているのに、漠然とした不安を感じていた。
蓮とミドリに強気な発言をしたけれど、見知らぬ誰かに恨まれているのかもしれないのは怖かった。本当は味方が欲しい。でもあの二人に心を許せないし他の誰にも頼れない。
雪香は何を考えていたんだろう。偽名を使って他人を騙すなんて。とても危険なことなのに。
あんなに恵まれた生活をしていながら、破滅的な行動を取った理由が分からない。
蓮との関係はなぜか上手く発展しなかったみたいだけれど、それが原因とは思えないし。
ミドリの兄との関係はどうなったのか……今一緒に居るとして、、雪香の気持ちはどうなのか。
しばらく考えて、それ以上先を考えるのを諦めた。
いくら思い悩んでも、雪香の気持ちなんて分からない。
誰よりも濃い血で繋がっているはずなのに、何一つ共感出来ないのだから。
たった一つの共通点と思っていた、直樹への恋も偽りだった。
……直樹、今頃どうしているだろう。
今日聞いた話は、直樹には言えない。
私を裏切った直樹を憎んでいるはずなのに、真実を知って直樹が傷付く姿を見たくない。
自分の中に、矛盾した二つの感情が有る。
白い息を吐きながら、星の無い空を見上げる。
私も雪香も直樹も、この先どうなって行くのだろう。先の見えない不安に、押しつぶされそうだった。