テラーノベル
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※死ネタ
「うぅ〜…、なんか思ってたよりも寒いー!!」
「涼ちゃん。」
想像してたよりも冷たい風に身体を縮こませ震えていると、後ろから若井に名を呼ばれた。返事をするよりも先に振り向けば、人の気配のない海辺を明るい光が照らす。遅れて続いた乾いたシャッター音を耳に、残像の残る瞳を雑に擦った。
「っわ、眩し…」
「あれ…なんか思ってたのと違うんだけど。」
どうやら光の正体は若井のスマホからのようで、画面を覗きながら満足の行かなさそうな表情を浮かべている。なら僕も、とスマホを取り出し、レンズを若井に向ける。確かに姿を捉え、ボタンを押した。
「…、あれ?反応しない?」
何度押しても反応しないボタンに困惑した声が零れ落ちる。海は電波が悪い、なんてことはあるのだろうか。そんな僕を横に、若井は黙々と花火の準備を進めている。今日くらいは写真ではなく、記憶の中のアルバムにでも残しておこう。あまり気に留めることなくスマホをしまい、砂の上にしゃがみこんでいる若井に駆け寄った。
「僕線香花火やりたい!!」
「え、最初に?絶対順序違うでしょ。」
とりあえず最初はこれ、と手渡された花火を大人しく片手に持つ。何だか普通の花火よりも一回りほど大きく、持ち手も特殊な構造をしている。
「…??これどんな花火、…っわ!!!!」
「あっつ!?!?」
詳細を聞こうとした僕の言葉を遮るよう、若井が先端にライターで火をつける。前触れもなくバチバチと激しい音を立て、火花を散らす様子に思わず声が大きくなってしまった。火をつけた本人は、火花が飛び散ったのか飛び跳ねながら数歩遠くに行ってしまった。
「……はぁ、危ないよ涼ちゃん。」
「いやこっちのセリフね。」
段々と勢いが弱まり、やがて灰になった花火が砂の上に落ちていく。しん、と静まり返ってしまった海辺に僕たち2人の声だけが響いていた。
「…なんかさ、ずっと不思議な感じなんだよね。」
置かれた花火の前にしゃがみこみ、海を眺める彼に言葉をかける。すっかり遊び尽くしてしまった花火は残り少なく、後は線香花火のみだ。
「不思議?」
僕よりも少しだけ遠くに居たはずの若井はすぐ隣に来ていて、何の音もしなかった。言葉を反復するその声色も。
「…若井って、」
そこまで言いかけたところで、激しく頭が痛んだ。キーンと劈くような不快な耳鳴りと共にぐらりと視界が揺れる。
「涼ちゃん、最後の花火。」
見上げた視界の中にぼんやりと映る若井の姿。やけに輪郭が朧気で、上手く思考が回らない。
「っ、…?」
若井から差し出された手に持たれていたのは恐らく線香花火で、震える指先でそれを受け取った。その瞬間、力の入らない身体がぐい、と強く引かれる。
「ずっと待ってたよ、涼ちゃん。」
わけも分からず掴まれている手首には強い力が込められていて、鈍く痛む。半ば無理やり僕の手を引く若井の背中を必死に追う。何だか様子がおかしい。まるで若井じゃないみたいだ。
「若井、!!」
臆することなく海へと歩みを進める若井に、突然ぞくりと背筋が震えた。足元を攫う波の冷たさが、ぼんやりとした僕の思考を鮮明にしてくれる。波を必死に掻き分ける僕の音に混じり、誰かの走るような足音が聞こえた。その瞬間、はっ、とした。
「……若井は、」
若井は、数年前に、亡くなっていた。思い出したその事実に、サッと血の気が引くのが分かる。今僕の手を掴んでいる手は誰のもので、今まで僕が話していた人物は誰なのか。
「涼ちゃん。もう1人にしないから。」
いつの間にか胸の辺りまで触れていた水が、ちゃぷりと軽い音を立てる。離されていた手のひらが、僕の身体を抱きしめる。温かさを感じないはずなのに、冷えきっていた僕の心が鼓動するのを感じた。
ずっと僕は、若井に会いたかったんだ。君が居なくなった夏は嫌い。けれど、今日は僕にとっての最後の夏。そして、僕たちにとっての最初の夏。
無機質な体温を纏う君の頬に触れる。僕に回されていた腕にぐっ、と力が込められる。すぐに視界を満たす澄んだ青。ずっとずっと、深く底まで。僕と君の2人だけの世界まで、沈んでいこう。
コメント
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お盆の夜に海… はぁ、樒さんの作品で海が出てくると何だか切なくなります🥹 誰が連れて行ったの?💙君⁇💦 でも、💛ちゃんの固まってた心が最後動き出しちゃったところがなんとも…🥹 やっぱり樒さんの作品の空気感が大好きです!! ありがとうございました。 またお話待ってます😭😭😭
お早め の 更新 … ! ! ✨️ ✨️ わくわく と 読み進める と 、 なんとも 切ない お話 で 感動 しました 🥲 夏の 儚さ と 混ざっていて 素敵な 作品 でした ✨️ 夜遅く に ありがとう ございます 🥹