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宝石箱。

13 - 第5.5-2話 灰簾石の暗涙。

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2025年06月11日

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若様視点っていうのも票をいただいていたので、ちょっとだけ触れてみました。




元貴に頭を冷やせと言われて部屋に入り、電気をつけることなくベッドにうつ伏せに身体を沈み込ませた。


菊池さんの頬を殴った手がじんじんと痛む。直撃した感じはしなかったけれど当たっていないとも思えない。この分だと菊池さんの頬も腫れてしまうかもしれない。

アイドルの顔を殴るべきじゃなかった、暴力なんて最低だと冷静になり始めた頭が責めてくる。俺もそう思う。最低で、最悪だ。元貴と涼ちゃんに迷惑をかけるなんて、活動の支障となることをしてしまうなんて。


だけど、涼ちゃんに手を伸ばす菊池さんを見た瞬間、冷静な部分が全てなくなって、衝動的に身体が動いていた。


個人の仕事が増えるたび、必要とされる喜びと二人がいない寂しさを感じるようになった。

三人での仕事は大変なことも多いけれど楽しいことの方が圧倒的に多くて、いつも笑っていられた。寂しさは三人になれば薄れるし、二人の存在の大きさを実感できるいい機会にもなるし、自分の能力を高めるチャンスだと思って単独の仕事も積極的に取り組んでいる。決して不満を感じているわけではない。


だから、無事に今日を終えることができたことに安心し、ちょっと疲れたから涼ちゃんに癒してもらいながら元貴とバカな話でもして笑おうかなと、そっちに帰ると連絡を入れるために開いたLINE。

少し前に届いていた涼ちゃんからの新着メッセージの文面に、頭の中から音が消えた感覚が今でも残っている。


自分でも何に腹が立ったのかいまいち分かっていない。分からないけれど、菊池さんを見たあの瞬間、菊地さんを紛うことなく敵だと認識した自覚はある。


なんで菊池さんを呼んだの? 菊池さんが涼ちゃんに想いを寄せていること、本当に気づいてないの? 元貴が警戒してるって分かってるよね? なんであの元貴があそこまであからさまな態度を取るのか、本気で分かってないの? 恋愛感情じゃなくても、恋愛感情じゃないからこそ、だからこわいのに。俺と元貴がどれだけ牽制したって、菊池さんはものともしない。この前だって膝枕なんて許しちゃってさ、隙を見せすぎなんじゃないの?


涼ちゃんを責め立てる言葉も浮かぶけど、それを涼ちゃんに伝える気は元々なかった。


暴走しがちな元貴を止めるのが自分の役割だ。少し前に菊池さんを家に元貴が招いたときだって、席を外したくせに憤る元貴を諌めたのは俺だ。元貴の暴走は止める自信はあった。元貴は分かりやすいから止めやすい。基本的には誰に対してもフラットで、涼ちゃんが関わったときだけああなるから。


だけど涼ちゃんは違う。無自覚で無意識だから止めようがない。元貴が何かと策を弄しているけれど、涼ちゃんは斜め上からくるから対処しようがない。だから涼ちゃんの周囲の人間を、ある意味ではシャットアウトするしかない。 涼ちゃんにも涼ちゃんの世界があるけれど、涼ちゃんにとって一番大切なのは、俺と元貴だって知っているから。

だから、それでもいいと思っていた。無防備で隙だらけなのが涼ちゃんだから。自分の魅力に無意識で無自覚で、どこまでもやさしいのが涼ちゃんだから。俺たちが涼ちゃんを護ればいいと思っていたから。


ぐ、と唇を噛み締める。それでいいと思っているのに、俺たちが護ればいいと分かっているのに、どうしてうまくいかないんだろう。うまくいかない原因のひとつが菊池さんという存在で、その事実が菊池さんへの攻撃に繋がった。


なんで涼ちゃんなの? かわいくてきれいな人なんて、他にもたくさんいるでしょ。菊池さんレベルになればよりどりみどりでしょ。他を当たってよ、涼ちゃんは元貴のもので、Mrs.のもので、俺のものなんだよ。


俺にとって元貴は絶対で、絶対的な存在である元貴のためには涼ちゃんが不可欠で。

だから護りたかった。護りたかっただけ、なのに。


俺の大切なものを壊す存在だと認識して菊池さんに手を出してしまった……最悪だ。

俺を必死で止める涼ちゃんは泣きそうで、俺に対して怯えていた……最低だ。


「……ッ」


自分のしでかしたことに反省はしないけれど後悔しかない。

二人に迷惑をかけてしまった。怯えさせてしまった。どうしよう、どうすればいい?


ポロポロと涙があふれて、枕に顔を埋める。泣く権利なんてないのに、涙があふれて止まらなかった。


「若井」


枕に顔を埋めていたせいで、ドアが開いたのに気づかなかった。

静かな声で名を呼ばれ、だけど泣いている顔を見せたくなくて顔を上げずにいると、声の主である涼ちゃんはゆっくりとベッドに腰掛けた。


「わかい、ごめんね」


あの同居期間も軽いいざこざがあると、いつだって涼ちゃんの方から歩み寄ってくれていた。今回もそうだ、俺がやらかしたことなのに、涼ちゃんに謝らせている。そんな自分が情けなくて仕方がない。


「……んで……」

「ん?」

「なんでりょうちゃんが謝んの!」


身体を起こして振り返ると、薄暗い部屋で涼ちゃんが息を呑んだのが分かった。

ボロボロと涙をこぼす俺を見て、涼ちゃんがつらそうに顔を歪めた。やめてよ、そんな顔をさせたかったわけじゃない。謝らないでよ、悪いのは俺だから。

俯いて涼ちゃんの視線から目を逸らすと、涼ちゃんがふわりと俺を抱き締めた。涼ちゃんのにおいがする。涼ちゃんの腕に縋りつき、顔を首元に埋めた。


「だって、若井は俺を護ろうとしてくれたんでしょ?」

「え……」

「風磨くんが俺に手を出そうとしてるように見えたんだよね? そういうつもりはないと思うけど、そんな風に見える体勢だったかなって思って」


思わず身体を離してまじまじと涼ちゃんを見つめてしまう。びっくりしたせいか涙も止まった。

違った? と首を傾げる涼ちゃんに、ちがわないと首を横に振ると、やっぱり、と甘く笑った。


「風磨くんにはね、色気の出し方を訊いてたの」

「……は?」

「元貴と若井の色気が爆発してるってメイクさんたちと話しててね、なんで俺には色気がないんだろうって思ってさ」


なんの話か分からないけど、俺を抱き締めたまま涼ちゃんが俺の頭をやさしく撫でる。たったそれだけのことなのに、ぐちゃぐちゃだった感情が鎮まっていくのを感じる。


「風磨くんが見本を見せてくれてたんだけど、けっきょくよく分かんないんだよね」


のほほんと話す涼ちゃんに呆気に取られる。危機感がないにもほどがある。いくらこれが俺たちの涼ちゃんだ、と分かっていても、流石に酷すぎるんじゃないの。


「それでなんで……菊池さんに触られそうになってたの……?」

「レクチャーかなって」

「ば……ッ」


バカじゃないの……。

いや、仮にレクチャーだとしても、何を簡単に触らせようとしてるんだこいつ。だんだん元貴が可哀想になってきた。色々画策してても、本当に意味がない気がしてきた。


「……涼ちゃんってばかなの?」

「急に悪口!?」


だってバカすぎる。

分かっていないにも程がある。これが涼ちゃんだとか言っていたら、何度でも今回みたいなことは起こり得るんじゃないかって思えてきた。なんとかしないといけないけど、俺が口出しするようなことでもない気がして僅か言葉に詰まる。


……でも、嫌なんだよ、俺。涼ちゃんにその気がなくたって、そこかしこに種は蒔かれている。芽吹く前に元貴と俺が踏み躙るなり引っこ抜くなりできればいいけれど、それを上回る速度で涼ちゃんが種を蒔いてしまうから追いつかない。


俺は、俺たちの世界を脅かす種を放っておくのが嫌なのだ。菊池さんに至っては、種を蒔いたのはもしかしたら元貴かもしれない。奥底になっていた涼ちゃんへの感情を掘り返したのは俺かもしれない。だから腹が立ったんだ、きっと。自分自身の迂闊さに苛ついて菊池さんに八つ当たりをしてしまった。


涼ちゃんの癒し効果とあまりにもお気楽な発言に答えが見つかり、幾分かすっきりとした頭が次の一手を教えてくれた。

涼ちゃんの無防備さへの対策は全部元貴に丸投げする。

だからもう、素直に言おう。


「……俺、涼ちゃんと元貴が好きだよ」

「俺も好きだよ」


即座に返ってくる言葉に小さく笑う。

そんなん知ってるよ。涼ちゃんに向ける俺の好きと元貴の好きは違うし、涼ちゃんが俺と元貴に向ける好きも違うだろうけど、二人が言葉にしてくれたあの誓いは、挫けそうになったときに俺を救い上げて、奮い立たせてくれるものになってる。俺の存在を確かなものにしてくれる。

二人を信じているから、心から愛しているから、護りたいんだよ、俺も。


永遠の友情、永劫の親愛、俺の大切で愛すべき世界そのものを。


「だから、俺と元貴がいないところで他の人と二人きりにならないで。仕事なら仕方ないけど、プライベートはだめ」


涼ちゃんの目を見て真っ直ぐに伝える。なんやかんやと周りを固めるのは元貴に任せて、俺は俺のやり方で涼ちゃんに集る優しさに飢えた奴をシャットアウトすることにしよう。まずは種を蒔くのをやめさせられるように動いてみよう。

元貴を護るために涼ちゃんを護り、そしてなにより、俺自身の宝物を護るために。


無防備でいいよ、無自覚でいいよ、無意識でいいよ。

できればもう少し考えて欲しいけど、多分無理だもんね。元貴みたいに色々考えるのも苦手だし、正面から攻めるね。


「風磨くんだよ?」

「涼ちゃんにその気がないのは分かってるけど、相手は分かんないじゃん」

「若井まで元貴みたいなこと言う……」

「涼ちゃんが無防備だからでしょ」


俺たちを不安にさせる気はないし、自分にそんな気を起こすのは元貴くらいしかいないと思っているからだろうけど、そんなことを言われても納得がいきません、と涼ちゃんの表情が言っている。


「俺がやなの。今回みたいなの、もうやなの」


眉根を寄せてそう言うと、涼ちゃんはハッとして俺の右手をそっと握って、一瞬前まで納得いきませんって顔をしていたのに急に態度を変えて「分かった、二人にならないようにする」と答えた。


え、こっちがびっくりなんだけど。……まぁなんでもいいか、言質は取ったからね?


「……さっきは怖がらせてごめん。止めてくれてありがと」


言いたかった言葉をぼそっと吐き出すと、涼ちゃんはふるふると頭を振った。


「止めたのは元貴じゃん。俺、若井が辛そうなのになんもできなかった」

「……どういうこと?」


怒る俺に怯えてたじゃん。


「……風磨くんに手が出たとき、若井、怒ってるけど、それ以上に泣きそうな顔してたから」

「……!」


だからあんなに必死になって止めてたのか。俺がこれ以上、自分で自分を傷つけないために。俺が何よりも慈しんでいるMrs.と言う存在を、俺自身の手で危険に晒す行為をさせないために。


「……菊池さんは?」

「元貴がお話しするって」

「そっか……」


元貴ひとりに押し付けてしまった。きっと涼ちゃんをここに寄越したのも元貴の判断だろう。暴走する元貴を止めるのが俺の役割だったのに、その俺がこのていたらくとなると、あとは頼りないけど涼ちゃんが行くしかないんだけど……いや、火に油を注ぎかねないか……でも、俺が行くのは気まずすぎる。


「……涼ちゃん、あっち戻って」

「え、なんで?」

「なんでって、元貴が……」


俺みたいに手を出したら、それこそ取り返しがつかない。

不安になる俺を安心させるように涼ちゃんはやわらかく笑った。


「全部大丈夫だよ。元貴がいるから」


その元貴が不安なんですけど。


「それに、風磨くんには悪いけど、俺は若井の方が大事だから、いいの」


ここにいる、とやさしい声で続けられ、たまらなくなった。元貴を信頼しているからこその断言。元貴が下した結論ならどんなものでも受け入れると言う決意。そして、俺と元貴以外どうでもいいと言わんばかりの残酷さ。


……もしかしたら本当に、俺たちのこれは杞憂なのかもしれない。涼ちゃんら確かに無防備で隙だらけだけど、もしかして一枚上手だったりするのかもしれない。無自覚に、だけど。


「入るよ……まぁ予想はしてたけどね! はい、離れて!」


ガチャっと入ってきた元貴が俺たちを見て顔をしかめた。涼ちゃんと顔を見合わせる。涼ちゃんが仕方ないなぁと離れると、ふん、と鼻を鳴らした元貴が俺と涼ちゃんの間に座り、俺の右手を取って氷の袋を当てた。


「元貴、その、ごめ」

「謝んなくていいから。全部大丈夫、何も変わんないから」


俺の謝罪を遮った元貴が、にこっと笑った。さっき涼ちゃんが言ったとおりの「全部大丈夫」と言う言葉に、思わず涼ちゃんを見る。涼ちゃんは俺に向けてふわりと笑って、元貴に風磨くんは? と訊いた。


「帰ったよ。ごめんって言ってた」

「そっか。……結局よく分かんなかったなぁ」

「なにが?」

「色気の出し方」


……涼ちゃんはバカだ。

せっかく笑顔だった元貴の顔から感情がなくなったじゃん。あぁもう、あとはそっちで勝手にやってくれ。俺はもう疲れた。

ここでじゃれ合わせないために話を終わらせなければならない。


「元貴、これありがと。あとやっぱり言わせて。いろいろごめん」

「ははっ、いいのにほんと。こっちこそ、俺の代わりに殴らせちゃってごめん」


目を合わせてどちらともなく笑い合う。やっぱり殴る以外の選択肢、なかったよね。


「さてと。手、ちゃんと冷やしときなよ」

「うん」

「ほら、涼ちゃんいくよ」

「へ?」


まるく収束してよかったよかったと、にこにこしていた涼ちゃんがとぼけた声を出す。元貴は呆れたように溜息を吐き、その後ににっこりと笑った。ひく、と涼ちゃんの笑顔だった口がひきつるほどの、うつくしい笑顔だった。


「若井がゆっくり休めないでしょ? それに、今からは俺と話し合いの時間だよ」


涼ちゃんさ、しっかりがっつり怒られるだろうけど、それで少しは自覚した方がいいよ。ばら撒きまくってるその人誑しの種、引っこ抜くの大変だから少しは自重してよ。


俺の世界のためにも、さ。



続。


若様のこれは強すぎる親愛の情です。りょちゃんも意外と若様に弱いんじゃないかな。

次はお話し合い(笑)です。

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