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おかしい……なぜこうなった……?
怒られのはずだったんだけどな。
りょさん視点。
若井の部屋を出て最初に向かったのはバスルームだった。いつの間にかお風呂を沸かしておいてくれたらしい元貴に引きずられるようにして脱衣所に入り、口を挟む間もなく服を脱がされた。
まぁお風呂入りたかったしちょうどいいかとバスタブからお湯をすくって身体にかける。
すぐに入ってきた元貴もお湯を浴びて、湯船に身体を沈めて僕を無言で見上げた。僕にも入れってことね。
浴槽に背を預けた元貴の脚の間に座り、ぐっと抱き寄せられる。元貴の両手が僕のお腹の上で組まれ、元貴の頭が僕の肩の上に乗った。
「……元貴?」
お話し合いと言っていたくせに何も言わない元貴から怒りの感情は漂ってはいなかった。だけど、怒りというよりも寂しさ、それよりももっと、どうしようもないことに対する諦観のようなものを感じ、静かに名前を呼んだ。
元貴は何も答えない。身じろぎすると元貴の腕の力が強まり、お湯がちゃぷりと音を立てた。
「……涼ちゃんさぁ……」
「うん」
「俺と若井をどうしたいの」
質問の意味が分からず、真意を確かめるために元貴の顔を見たいけど見られない。
どうしたい、ってどういうこと? 強いて言うならしあわせにしたいけど。
「俺が風磨くんを警戒してるの、知ってるよね」
「……まぁ」
「なのになんで二人きりになんの?」
またこれか。元貴に気づかれないように眉を寄せ、小さく溜息を吐いた。
若井も同じようなことを言っていたけれど、僕からすればなんでそんなにも風磨くんを警戒するのかが分からない。
風磨くんは確かに好意的に接してくれるけれど、決して友人の域を出ているとは思わないし、風磨くんが僕にそう言った意味で興味があると言っているわけでもない。
それに、元貴がここに風磨くんを招いたときだって、特段何かがあったわけではない。二人になった瞬間だってあったけれど、あのときもタイミングよく若井が……あれ? ……あのときに何かあったから今日「次はないって」って言ってたの?
いや、でも、夜中に起きてきたとき、何もなかったって言っていた。あの日はやたら元貴が僕にベッタリで、もしかしたら何かあったかなって思って謝っておいたけれど、もしかして本当は何かあった?
そうだとしても、実際には何もないのにこんなにも疑うのは僕に対して失礼だし、風磨くんに対しても失礼だ。スマホの顔認証もGPSも許容したのに、これ以上どうしろっていうの。
僕にとって当たり前の事実だけれど、元貴と若井、そしてMrs.以上に大切なものなんて存在しない。もちろん両親や事務所の皆さんのことだって大切だけれど、比べる場所が違うというか、天秤にかけるまでもないというか、とにもかくにも二人を最優先にしているつもりだ。
元貴のことをいっぱい傷付けてしまったし若井にもたくさん迷惑をかけてしまったけど、別れを切り出したあの事件だって元貴とMrs.を守るためにやったことだった。僕が勝手に決めてやったことだから、僕を諦めないでいてくれた元貴には感謝しかないけど、想いを再確認できて、結果として今の形に落ち着いて結婚だってした。
なのにどうしてそんなに僕の気持ちを疑うの? もしも相手がその気だとしても、僕には全くその気はないからどうにかなるわけがない。それに、元貴だって色んな人と二人でご飯に行くじゃない。なんで元貴は良くて僕は駄目なの?
「……元貴だって他の人と二人きりになるじゃん。仕事じゃなくてプライベートでご飯行くじゃん」
「それは……」
「俺、止めたことないよね? スマホだって居場所だって、いちいち確認したことないよね?」
若井に誤解されるような体勢だったと思うし、それで若井を傷つけちゃったし、若井がいやだって泣いて、若井に自分自身を嫌いになって欲しくないからさっきは頷いたけれど、元貴にこうも責められるとだんだんと腑に落ちなくなってくる。
同性だから問題ないでしょ、なんて言うつもりはない。僕と元貴だって同性で、性別なんて関係なく惹かれ合ったのだから。
だけど、僕ばっかり責められるのはおかしくない?
「……別に元貴を責めるつもりはないよ。ご飯行くときだって連絡入れてくれるしね」
「……ん」
「元貴の嫌がることをしたいわけじゃないから風磨くんは気をつけるけど、亮平くんはいい?」
亮平くんには警戒心を抱いていないようだから、大丈夫だろうと踏んで一応伺いを立てる。
「……ほんとは、やだ、けど、阿部さんは、いい」
――え、ちょっと待って。
聞こえてきた震えた声に驚き、元貴の腕を振り解いて身体の向きを変える。元貴と向き合う形で腰を下ろし、顔を見てぎょっとする。
「ちょ、なんで泣いてんの!?」
元貴の顔を上げさせると、予想通りぽろぽろと涙が頬に伝っていた。
「……だって、おこ、ってる……」
ええええ! うそでしょ!?
「怒ってないよ!」
「こえ、おこってるじゃん……っ」
怒って、るのか? いや、怒っているわけでは……どちらかといえば悔しい? 信じてもらえないみたいで寂しいというか……。
ぽろぽろ泣き続ける元貴に、これはちゃんと話し合う必要があるなと判断する。
「……ねぇ、元貴。どうして亮平くんはよくて風磨くんはダメなの?」
グスッと鼻を鳴らした元貴の頬を撫で、頭も撫でながら問い掛ける。
元貴は涙をこぼしながらじっと僕を見つめる。涙を拭ってやりながら、教えて? と首を傾げると、少しだけためらったあと、小さな声で答えた。
「……阿部さんは涼ちゃんを求めてないから」
どういうことだろうか。畳み掛けるのはやめて、元貴が話してくれるのをじっと待つ。元貴は伏目がちにして続けた。
「風磨くんは、涼ちゃんを本能的に求めてる。俺が涼ちゃんを求めたみたいに」
……えぇ? なんでそう思うのさ。
その気持ちが表情に出ていたのか、元貴は自嘲するように笑った。悔しそうで、苦しそうで、やっぱり何かを諦めたような表情に胸がぎゅっとなった。
「涼ちゃんと付き合いたいとかセックスしたいとか、そういったものじゃないかもしれないけど、涼ちゃんのやさしさとかぬくもりを本能で求めてる。涼ちゃんに惹かれてる。……分かるんだよ、俺に似てるから」
元貴と風磨くん、似てるか? いや、二人ともイケメンだし才能にあふれてると思うけど、似てる……? どっちかというと二宮さんの方が元貴と似てない?
まぁ、元貴が似てるというのならそうなんだろう。僕には分からないけど、元貴は風磨くんが自分に似ているから僕に惹かれている、と。なんの根拠もないけど若井もそう思っている感じだったし。
仮にそうだとして、それの何が問題なの? だって、風磨くんが僕を欲したところで、僕が応えるわけないのに。
「……元貴は、俺が風磨くんに靡くと思ってるの?」
「おもってない!」
「じゃぁなにがそんなにこわいの?」
「そ、れは……」
靡くと思ってるから不安なんじゃないの? と言いたくなるけど我慢する。きっとそんなつもりはないから。むしろどちらかと言うと元貴に自信がないからだろうから。
僕のことを自己肯定感が低いといつもいう割に、元貴こそ自分に自信がないのだと思う。そんなところは風磨くんと似ても似つかない、と思うけれど、風磨くんもあれでいて自己分析をちゃんとしている真面目な人だ。仕事に対して真摯で、求められるものに応じようとする。それでいて世界に己の身体で立ち向かう。だけど、時々疲れてしまったとき、自分を絶対的に肯定してくれる存在を求めてしまう。
そんなところも自分に似ているから僕が風磨くんに応えるありもしない可能性に怯えている……ちょっと違うかな。
僕が応えるつもりがないことを疑ってはいないけど、自分が選ばれなくなる可能性を抱えている、の方が正しいかな。
「元貴」
「……なに」
「大好き」
「は?」
僕の突然の告白に元貴が目を丸くする。
「大好き、愛してる。元貴としか生きていくつもりはないし、元貴の傍にいるし、元貴のいない未来なんて考えられないし、そんな未来なら俺も要らない」
「!」
頭のいい元貴なら分かるよね? 僕をつかまえてくれたとき、僕に言った言葉だよ。
目を見開いた元貴に微笑みかける。よかった、涙止まったね。
「もしも俺が元貴の傍を離れるようなことがこの先あったら」
「なっ」
言葉に詰まった元貴が、可能性の話でも聞きたくないと身じろいだ。そんな元貴の顔を両手で包み込み、おでこを合わせた。
「聞いて。もしも俺が、元貴から離れようとか、他の誰かを受け入れようってことがあったら、そのときは元貴の手で俺を好きにしていいよ」
監禁してもいいし極端な話、殺してくれて構わない。
元貴にならなにされたって俺はしあわせだよ。
限界まで見開いた元貴の目尻にそっと口付ける。元貴の顔から少しだけ諦観が抜けた。安心したような、でもやはりまだまだ不安そうだ。きっとこの不安はなくならない、そう分かっているから諦めた表情をしているんだね。
完全にその不安をなくすためには、それこそ監禁くらいしかない気がする。でも、元貴はそれも嫌なんだ。自分の作る音楽に、言葉を乗せた世界に、俺を必要としてくれているから。
だからね、伝え続けるしかないと思うんだよね。
「でもね、それはきっと俺じゃないよ」
あ、なに言ってんだこいつ、って顔してる。もう、元貴もよく言うじゃん。俺を好きじゃない自分は、自分じゃないって。
「元貴を好きじゃなくなる俺なんて俺じゃない。元貴以外を受け入れる俺なんて俺じゃない。……まぁ若井はちょっと特別枠かもだけどさ」
そこは譲れない。若井も大切で大好きな、僕の世界に欠かせない存在だから。
元貴は息を吐くようになにそれと呟いて、僕の背中に腕を回して抱きすくめた。お湯がばちゃりと跳ねる。
あの日、僕をつかまえてくれたときも、こうやって一緒にお風呂に入ったね。今みたいに元貴の頭を抱き締めて約束したよね。
「元貴に似てたって、元貴じゃない。それなら要らない。ねぇ、俺は元貴しか要らないんだよ」
「俺も涼ちゃんしか要らないし、欲しくない」
顔を上げた元貴と見つめ合う。よかった、少しは元気になったみたいで。
「愛してるよ、元貴」
「愛してるよ、涼架」
俺たち二人しか世界にいなかったら、こんな不安も寂しさも全部なくしてしまえるのにね。
だけど僕らはこの世界で生きていかなきゃいけない。だからせめて、何度でも確かめ合おうよ。
そのままお風呂で肌を合わせると、のぼせてしまいそうだったから髪と身体を手早く洗い流してケアをひととおり済ませてから寝室へと向かった。
僕をベッドに押し倒して跨った元貴は、何かを考えるように僕を見下ろした。なんでここで止まるのさ、なんか嫌な予感するし。
「涼ちゃん、なんで色気が欲しかったの?」
ほらね、こういうときの嫌な予感って当たるのよ。
「えぇ……蒸し返すの?」
「蒸し返すっていうか、そもそも発端はそれじゃん」
確かにそうだけど。
メイクさんたちにも風磨くんにも言ってないんだよね、理由は。なんで僕だけ色気じゃないの、って思ったのも本当なんだけど、本音は話していない。
「ねぇ、なんで?」
僕の首筋に顔を寄せて、さっき思いっきりうなじに噛み付いた力よりは弱いけど、鎖骨付近を割と強めに噛まれた。
最近の元貴、ちょっと噛み癖が酷い気がする。けっこう僕の身体、元貴の噛み跡だらけだよ。
「……色っぽくなったら」
「なったら?」
羞恥心がやばいんだけど、これ言わなきゃいけないの?
不思議そうな顔をしているから、元貴も揶揄ってるわけじゃないのは分かってるんだけど、すごく恥ずかしい。
じっと見てくる目が、涼ちゃん? と問い掛ける。えぇい、仕方ない。伝え続けるしかないんだもんね!
「元貴にもっと求めてもらえるかなって思ったの!」
沈黙。
居た堪れなさすぎる。笑うなら笑って、無反応が一番きつい。俺の顔を見て固まってしまった元貴から背けた顔を手で覆う。だから言いたくなかったのに、言わせておいて無言は酷すぎる。
「……に……れ……」
「え? っ、んむッ」
ぼそっとこぼれた声が聞き取れなくて訊き返すと、いきなり動いた元貴に顔を掴まれて唇を塞がれた。
性急に入り込んだ舌が僕の舌を絡め取り、元貴の熱い手のひらが胸元や脇腹を這って脚の間に伸びていく。
「ん、っ、ぁ……んぅっ」
舌を強く吸われながら中心を握り込まれ、息苦しさと不意な快楽にびくりと身体が跳ねた。
元貴がゆっくりと僕を解放した。
「……ばか」
「なっ」
しっかりと目を見て言うことじゃないでしょ! 若井といい元貴といい、バカバカ言い過ぎじゃない!?
文句を言おうとしたけれど、元貴の表情を見て止まる。泣きそうになっているのに熱っぽくて、雄っぽくて、それでいて心底僕が愛おしいって伝わってくる、色気大爆発の目。
「これ以上、どう夢中になれっていうの」
「え?」
「頭ん中涼ちゃんでいっぱいで、これ以上求めようがないのにさ」
「そ、なの……?」
「そうだよ。なんなの、もう」
元貴がやわらかく笑って、またキスをした。
吐息のように、ほんと、ばか、と囁きながら。
きっとこれは、世界で一番甘い罵倒だ。
翌日、リビングに行くと、シャワーを浴びてきたらしい若井がソファに座っていた。
「おはよぉ若井」
「おは……よ、涼ちゃん」
僕を振り返った若井が固まる。
え、ちゃんとシャツとズボン履いてるよ?
「……元貴は?」
「まだ寝てるんじゃない?」
「分かった」
そう言うと若井は寝室へと向かった。
扉の向こうで「お前限度があるだろ!」という若井の声が聞こえる。なんの話だろう、朝から元気だなと思いながら洗面所に向かった。
歯ブラシを取り、正面の鏡を見た瞬間、さっきの若井みたいに固まった。
「な……なにこれ!?」
何かの病気かと思うくらいに首につけられた赤い痕。
シャツの襟を引っ張ると、鎖骨にも胸元にもおびただしい数の痕。
「元貴! どうしてくれんのこれ!?」
歯ブラシを持ったまま寝室に駆け込むと、元貴がにこにこと満足そうに、しあわせそうに笑っていた。
……いや、どうしてくれるの、これ。
終。
なんも考えてないから思いもよらない方向に進みました。
あと2話分は書きたい内容があるのですが、諸々のお話を止めて浮かんでしまった新しいお話を書くと思います。たぶん。
コメント
8件
このシリーズ、大好きなので、一旦おしまいなの、めっちゃ寂しいです😂 そして、最後の何かの病気は笑いました🤭💕 重愛♥️くん復活ですね🫶笑 次のお話も楽しみにしてます🍏 いつも素敵なお話、ありがとうございます!
魔王が重可愛い😍 愛が大き過ぎる故に重くもなるし独占したくなるし不安になるし自信も無くなるんですね☺️これはお互いの性質上、完全に問題解決は難しそうだけど都度話し合って愛し合ってもらいたい💕︎しかし計算💛ちゃんが現れたら魔王は病んでしまわないだろうか笑 最後はやっぱり💛ちゃんが1番可愛い🩷ྀིの2人の世界、ありがとうございます!次のお話も楽しみにしてます✨
毎日更新ありがとうございます😭 もう毎回面白くて更新されるたび日々のご褒美になってます♪ 内容も最高なのに最後笑いまで掻っ攫っていくのさすがです🤣