テラーノベル
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すん、と鼻を鳴らすと、眠そうにベーコンエッグをつついていたさかえ義兄さんが顔をあげる。
「どしたの、何か臭う?」
「いえ……」
僕は言葉を濁し、誤魔化すようにコーヒーを啜った。香ばしい香りに息を吐いて、ふと安堵する。よかった。この部屋で変な匂いはしない。
朝、僕の目覚めは最悪だった。
どこかからかすかに漂ってくる、どこか鼻の奥がベタつくような匂い。少し考えて、それが磯の匂いだと気づいて、訳のわからなさでため息が漏れた。
磯の香りが好きな人はいるだろうが、どうにも僕は好きになれない。だからだろうか、僕は好んで海に行くようなことはあまりない。
不思議なのは、この家は別に海沿いに建っている訳ではないということ。今までもそんな匂いがしたことはない。
今日、今朝に限って、なぜそんな匂いが。
起き抜けの眠い目を擦って、僕は匂いの元を探したが、どこから漂ってくるのかすらわからない。
そういえば昨夜は、夢見も良くなかった気がする。どんな夢を見ていたのかすら覚えていないが。
「顔色悪いね、寝不足?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが」
「じゃあ、海で溺れる夢でも見たとか?」
さかえ義兄さんの心配そうな声に、妙に引っかかるものを感じ、僕はふと顔を上げた。
「義兄さん、どうしてそんなに、海に拘るんです」
さかえ義兄さんは昨日も、僕を海と繋げようとしていた。何か気づいていることがあるんじゃないのか。
すると義兄は首を捻り、あっけらかんと答える。
「そりゃはるちゃんが、昨日から磯の香り漂わせてるからだけど」
その言葉に、ばちん、と何かがつながった気がした。
海。磯の匂い。異変は昨日から起きている。そして、今まで忘れていた昨夜見た夢の内容が蘇った。
きっかけとして考えられるものなんて、一つしかない。
僕は慌てて部屋へ駆け戻る。むっとした夏の湿気と暑さ、そして、同時に鼻の奥にへばりつくような海の臭い。
気のせいじゃない。やっぱり起き抜けに感じたのはこの匂いだ。そしてあの時わからなかった臭いの出どころとして、なぜかまっすぐに部屋の奥の棚へ向かい、そこに置きっぱなしだった例のジオラマを見る。暗い青の海に灰色の砂浜、荒れた漁師小屋。それらは精巧ではあるがよくあるミニチュアでしかなく、しかしそれでも、いやでも目についた。沖の遠くの方に見えていた黒い何か。それが、かすかに、しかし確実に、浜辺に向かって近づいている。
昨日は異物だとしか思えなかったが、今見れば、それがうっかり混入した物などではないことはよくわかる。ではそれが何かと聞かれたら、まだ判然とはしないのだが、明らかに異様な何かであることは――そしてそれが、動くはずがない、固形の樹脂の海を、確かに浜辺に向かって移動していることは確かだった。
コメント
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うわ…これ、朝の静けさと不気味さのバランスがすごくいいですね。さかえ義兄さんの「海で溺れる夢でも見たとか?」っていう自然なセリフが逆に怖いし、ジオラマの黒い何かが動いてるって描写に背筋がゾッとしました。匂いから始まるホラーって、現実感あって好きです。続きが気になります…!