テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
せは
1,331
コメント
1件

めちゃめちゃ好きです!!♥️語彙も文章もあって、読みやすいし、何よりこの2人の関係性が良い!!!(≧∇≦)b
春の夜は、思ったより冷たかった。
街灯の光がやけに白く見えて、ベンチに座るキヨの影はやけに細く長く伸びている。
「……どうしよ」
小さく呟いた声は、自分でもびっくりするくらい弱々しかった。
ポケットの中には、電源を切ったままのスマホ。
画面を開けば、きっとあの名前が目に入る。
——元カレ。
“無理。責任とか取れない”
“そういう体質とか知らなかったし”
最後に送られてきたメッセージは、それだけだった。
既読をつけたまま、何も返せなかった。
いや、返せなかったんじゃない。
返す意味がなかった。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
男なのに妊娠できる体。
それを知ったとき、あいつは一瞬だけ驚いて、すぐに顔をしかめた。
そして、離れていった。
(……まあ、そうだよな)
自分でも思う。
普通じゃない。面倒だし、重いし、逃げたくなるのもわかる。
でも。
「一人は……きついって」
ぽつりと落ちた言葉は、夜に溶けていった。
そのときだった。
「——あの、大丈夫ですか?」
不意にかけられた声に、キヨはびくっと肩を揺らした。
顔を上げると、少し距離を取った場所に一人の男が立っている。
ラフな服装に、どこか落ち着いた雰囲気。
目は優しいけど、踏み込みすぎない距離をちゃんと守っている。
「……いや、大丈夫です」
反射的にそう返す。
誰かに頼る癖なんて、もうない。
けど、その男はすぐには立ち去らなかった。
「そうですか。でも……」
少しだけ困ったように笑って、
「30分くらい、同じ顔してるんで」
「……は?」
思わず間抜けな声が出る。
「いや、通りかかっただけなんですけど。さすがにちょっと気になって」
そう言って、軽く頭をかく。
押しつけがましくない。
でも、完全に放っておくわけでもない。
その距離感が、妙に心に引っかかった。
「……別に、関係ないでしょ」
「まあ、そうなんですけどね」
あっさり認めて、それでも帰らない。
「でも、なんか放っておくのも後味悪いんで」
「……」
なんだこいつ。
面倒くさいタイプだ。
優しさが中途半端に残ってる人間。
一番、今の自分に効くやつ。
「……俺、ほんとに大丈夫なんで」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、
ぐら、と視界が揺れた。
「……っ」
足元がふらついて、体が前に倒れそうになる。
「っと」
気づいたときには、腕を掴まれていた。
「やっぱ大丈夫じゃないじゃないですか」
近い。
思ったより近い距離で、男が眉をひそめる。
「顔色、かなり悪いですよ」
「……平気」
「いや無理でしょそれ」
即答だった。
少し強めの声。
でも怒ってるわけじゃない。
ただ、見過ごせないっていうだけ。
「……ちょっと座ってください」
そのままベンチに座らされる。
抵抗する気力も、もう残ってなかった。
「水、買ってきます」
「いらな……」
「いります」
ぴしゃりと遮られて、言葉が止まる。
数秒後、足音が遠ざかっていった。
「……なにあれ」
思わず呟く。
でも、その声にはさっきまでの棘がなかった。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
安心してる自分がいた。
——知らない人なのに。
数分後。
戻ってきた男は、ペットボトルを差し出した。
「はい」
「……ありがと」
素直に受け取ってしまう。
冷たい水が喉を通って、少しだけ頭がはっきりした。
「で、どうします?」
「なにが」
「このあと」
「……」
答えられない。
帰る場所はある。
でも、帰りたくない。
考えたくないことが、そこにはあるから。
その沈黙を見て、男は少しだけ視線を落とした。
「……もし、あれだったら」
少し間を置いてから、
「うち来ます?」
「……は?」
一瞬、何言われたか理解できなかった。
「いや、変な意味じゃなくて」
すぐに補足が入る。
「その状態で一人は、さすがにきついでしょ」
「……知らない人の家のほうが怖いわ」
「まあそれはそうですね」
あっさり認める。
でも。
「じゃあ、ここで倒れるのはありなんですか?」
「……」
言い返せない。
「鍵もちゃんと閉めますし、無理なことはしません」
少しだけ冗談っぽく言ってから、
「一晩だけでも、休んだほうがいいですよ」
その言葉は、静かだった。
押しつけじゃない。
でも、逃げ場をくれる声。
キヨは、しばらく黙っていた。
夜風が、少しだけ強く吹く。
「……名前」
「え?」
「名前、なんていうの」
「牛沢です」
「……牛沢…じゃ、うっしー。」
小さく繰り返す。
「俺、キヨ」
「キヨさん」
「さんいらない」
「じゃあキヨ」
その呼び方が、妙に自然で。
少しだけ、胸が締めつけられた。
「……一晩だけ」
ぽつりと、キヨが言う。
「いいですよ」
即答だった。
その迷いのなさに、また少し驚く。
「じゃあ、行きますか」
差し出された手を、一瞬だけ見つめる。
(……大丈夫かな)
不安は消えない。
でも。
(……一人より、いいか)
そっと、その手を取った。