彼が手に持っていたスノードロップは、家に持って帰った。あえて血は洗い流さず、そのまま花瓶に入れ部屋に飾ってある。
白かった花は、今は赤い。
「お前のせいで、生きる希望まで失いそうだよジョングガ、、」
床に横たわっている彼を見下ろしながらため息をついた。ついさっきまで流れ出ていた血が白いフローリングを赤く染めている。
手を握っても、頬に触れても、どこを触っても冷たい彼は、目を開けることはない。
さっきは流れなかった涙が頬を伝う。
「おれを置いて先に逝くなんて、自分勝手だよ」
おれの手には包丁が握られていた。
花瓶から抜き取った赤いスノードロップを、再び彼に持たせる。
「おれたちは、ずっと一緒にいなきゃいけないんだよ。ねぇ、ジョングガ、もし生まれ変わったとしたら、必ずおれを見つけてくれる、?」
「お前がいない人生なんて有り得ないんだ、、おれ、待ってるから。待ち続けるから、必ずおれを見つけて」
これでいいんだ。おれはただ、お前と永遠の時間を過ごしたい。
”愛してる”
たった一言を言い残して、おれは包丁を胸に突き立てた。
薄れ行く意識の中で、おれはジョングガの手を握った。決して離れないように、強く。
「ねぇ知ってる?25年前の事件」
「何の事件?」
「美青年カップルがスノードロップを持って自殺したあの事件だよ!有名じゃん」
「何それ、知らない」
「ったく、、本当に世間に興味ないよな”ジョングク”。テレビ見てる?」
「テレビはあんまり見ないから、、」
スノードロップ、、、
何故か懐かしさを覚えるのは気のせいだろうか。スノードロップなんて、見たことないはずなのに、何故かはっきりどんな花なのか分かる。
「おい、ジョングク。何ボーッとしてんだよ。バイト遅刻するぞ」
「ごめんごめんっ」
”ジョングク”という名前を呼ばれるたび、知らない声が重なる。
”ジョングガ”
少し低い、ハスキーな落ち着く声。
「誰なの、、」
「いらっしゃいませー」
カフェでバイトを始めて約5ヶ月。窓の外には白い雪が舞っている。
「カフェオレ1つください」
少し低い、ハスキーな落ち着く声。
聞いたことがある。
その人を見ると、綺麗な男性だった。僕と同じくらいの歳だろうか。親近感を覚える。
「あの、、カフェオレ、、」
「あっ、、カフェオレですね!すぐにお作りしますので、少々お待ちください」
どこかで会ったことがある、?いや、初対面のはずだ。あんな人、知らない。それなのに、何故か彼の纏う空気が懐かしい。
「550円です」
「はーい」
カフェオレを手渡し、お金を貰ってから彼を見る。
「、、どこかで会ったことありますか?」
「えっ、」
「あぁ、すみません。なんか初めて会ったような気がしなくて」
こんなこと言ったって、ただの変人じゃないか。慌てて彼から目を逸らした。
「、、れも、」
「え?」
「おれも、そう思ってました」
バイトが終わるまで待ってもらい、少し暗くなった空の下を2人並んで歩く。
「おれ、キム・テヒョンって言います」
「チョン・ジョングクです」
「やっぱり、君の名前聞いたことある気がするな、、気のせいかな?笑」
「僕もです。あなたの纏う空気が、何だか懐かしくて、、、、あ、」
やばい、今のはさすがに、、
「って、こんな事言われても気持ち悪いですよね!ごめんなさい、笑」
「ううん、おれも、、そうだから。何か、君を手放したらいけない気がして」
そう言う彼の顔は、寒さのせいか、それとも照れなのか、少し赤みを帯びていた。そんな彼を可愛いと感じてしまう僕は、おかしいのだろうか。
「あ、えっと、とりあえず連絡先交換しない?今日はもう遅いし。また会える時に会おう」
「はい」
家に帰ってノートパソコンの前に座り、検索をかける。
『スノードロップ 事件』
今から25年前、あるマンションの一室で男性二人が死亡していた。彼らの手は強く握られており、その手には、血で真っ赤に染まったスノードロップが挟まっていた。
この異様な光景と、二人が美形の青年だった事から、メディアはこの事件を大きく取り上げ、この事件を元にした映画や小説も多く出ている。
「聞いたこともない事件だな、確かに僕は世間知らずだ、」
ネットには、死亡した二人とみられる顔写真が載っていた。その写真を見て、思わず息を呑む。
そっくりとは言えないが、どことなく僕と今日出会ったテヒョンさんに似ていた。
「、、こんなの、、偶然だよな、」
”生まれ変わり”
そんな言葉が一瞬、頭をよぎったがすぐに取り消された。そんな非現実的なことが起こるわけないだろう。
その記事から逃げるように、僕はノートパソコンを閉じた。
「ごめんね、ちょっと講義が長引いちゃって」
息を切らしながら謝るテヒョンさんに、大丈夫ですと一言いって事前に自販機で買ったココアを手渡す。
「わぁ、ありがとう。おれがココア好きなの知ってた?」
「え?」
確かに、何で僕はなんの躊躇いもなくココアを買ったんだろう。おしることか、コーヒーとか、温かい飲み物は他にもあったのに。まるで、最初からテヒョンさんはココアが好き、と分かっていたみたいだ。
「知らなかったです、、偶然ですかね?」
「そうかな?まぁいいや、ありがとう」
彼の吐く白い息が、ココアの湯気と重なる。
「大学って大変なんですね。何だか大学生になるのが怖くなってきました、笑」
「んー、でも楽しいよ?割と自由だし。でも高校生に戻りたいな〜、高校生って何だか一番自由だし」
「自由、ですか?」
「うん、一番青春を謳歌する時期でしょ?自分なら何でも出来る!怖いものなんて何もない!って訳わかんない自信がつくからさ笑」
「そういうものなんですかね、、」
僕に話す彼の横顔は、驚く程に美しかった。この世界が、彼を軸に動いているみたいで、何だか不思議だった。
「テヒョンさん、」
「ヒョンでいいよ、”ジョングガ”」
「っ、、、!!」
ジョングガ、、やっぱり知ってる。この言い方。
「、、、ヒョン、見せたいものがあるんです」
ヒョンを連れて家に帰ってきた。真っ先に向かったのはノートパソコンの前。
「ヒョン、この記事見てください」
僕は25年前のあの事件の記事を見せた。
しばらく黙ってそれを読んでいたヒョンが、顔を上げる。
「これ、、知ってる。少し前にこの事件を元にした小説を読んだ。よく分からないけど、すごい涙が出て、悲しくて、だけど懐かしくて、不思議な感覚だった、、初めて読んだのに、何故か展開が分かるんだ」
「、、、こんな事、ある訳ないけれど、僕たちはこの二人の生まれ変わりかもしれない、」
「生まれ変わり?そんなわけ、、名前も全く同じ人に生まれ変わるの?さすがにそれは、、」
「この写真見てください。どことなく僕たちに似てませんか?」
ネットに載っていた写真を見せると、ヒョンは驚いたような顔をした。
「確かに、、似てるね」
「絶対にそうだと確信は出来ませんが、、ヒョンとは前世で繋がってる気がするんです」
「じゃあ、、おれたちは元々、出会う運命だったんだね、」
出会う運命。
そんなこと、本当にあるのだろうか。
「おれは前世で繋がってたとしても、そうじゃなくても、ジョングガに出会えて良かったよ」
「え、」
「出会ってまだ少ししか経ってないけれど、ジョングガの良さは充分すぎるくらい分かったし、優しさも充分もらったよ」
そう言って笑うヒョンの顔を見て、確信した。
僕は知っている。この人を、、、ずっと前から探していた気がする。
「でもおれ、ジョングガに嘘ついた」
「え?」
「本当はね、全部知ってたんだ。ジョングガのことも、あの事件のことも、、。おれ、前世の記憶があるから」
「え、、」
「信じられないよね、記憶があるなんて。だけど全部知ってる。ねぇジョングガ、おれも見せたいものがあるんだ」
ヒョンに連れてこられたのは、あの事件があった現場の近くの小さな公園だった。
空は既に真っ暗で、電灯に照らされた雪が舞っている。
「ここはおれたちの思い出の場所。そして、、、お前が死んだ場所」
「、、、え」
「お前が死ぬ二年くらい前、お前はおれにこう言ったんだ、」
”必ず戻ってきます”
「、、、!」
今まで知らなかった記憶が、全てフラッシュバックした。
灯りに照らされる雪、重なり合う白い息、言葉を失うほど綺麗なあなたの横顔、、、
僕たちの関係を揺るがした、真っ白なスノードロップ。
そうだ、、僕は、あなたを騙してしまったこと、そして、約束通り戻って来なかったことの責任を負って、あのスノードロップと共にこの世から消えた、、
消えたはずだった、、。
「あぁ、僕は、、、」
あなたを一人にしてしまった。
「やっとおれを見つけてくれたね、”ジョングガ”」
「、、ヒョン、あなたは、、僕を追って、」
ヒョンが今、僕の目の前にいるということは、
「うん、お前の後を追って自殺した。でも後悔はないよ。必ずおれを見つけてくれるって、信じてたから」
「あなたは本当に、、無茶なことをする、」
「それはお前だよジョングガ。、、あぁその目。あの時と同じ、、」
驚く程に温かい涙が頬を伝った。
やっと探していたものが見つかった。
今の僕には、幸せしか残っていない。
「ジョングガ、」
ヒョンがポケットから小さな何かを取り出した。
白いスノードロップの花びらだった。
「あげる」
「ありがとうございます、、でもどうして、」
「この花は不吉な意味もあるけれど、それだけじゃない」
ヒョンが照れたように笑う。
「スノードロップには、”希望”っていう意味もあるんだよ」
希望。
一気に寒さが無くなった気がした。
「、、まるでこの花は僕たちの人生を表しているみたいですね、笑」
「そうだね笑」
この二人だけの時間が、懐かしくて、でも少しだけ悲しくて、、
あの時、僕が自殺なんてしなければ今もあの時のまま幸せに暮らしていたかもしれない。
そう思うとやっぱり悲しくて。
だからこそ、この幸せを手放すわけにはいかない。やっと手に入れた幸せを。
「僕はもう、あなたを離しません」
「当たり前じゃん、笑」
二人の白い息が重なった。
少し前まで空を舞っていた雪はいつしかなくなり、暖かい風が時折吹き抜けるようになった。
部屋に飾ってあるスノードロップは、春の訪れを伝えるように綺麗に咲いている。
その花からはもう、寂しさを感じることはない。
END
コメント
5件
えっ凄すぎる! どこからこの発想が!?
最高すぎるのです(;_;)
見るの遅れて残念😭 他の人がもう見てた😭 前回の物語がハッピーエンドになるとは思いませんでした!!!グクテテは運命ですね✨💜