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「んー…….」
ふと、目が覚めた。ぼやけた視界で辺りを見渡すと、自分の家ではないとすぐに分かる。でも、どこか見覚えのある場所だった。
「奏斗ん家、か?………..っあ、」
奏斗の家だと気づいた途端、昨日の記憶が蘇ってくる。酔って、何故か奏斗の家に行って、それから………。
思い出して、顔が熱くなる。キス、したんだった。奏斗に。
うわああああ、と頭の中で叫びながら、顔を手のひらで覆った。酔った勢いってやつだ。今まで、こんな事一度も無かったが、遂にやらかしてしまった。
「どーしよ…..」
やらかした、と言っても、順番の話だ。俺は、奏斗のことが好きで。でもそれは、内に秘めておくつもりだったもの。それが、こんな形でお披露目されるとは思わない。奏斗の気持ちも確かめないで、一方的にやりたい放題。
ほんと、
「最低すぎるか…..」
もう、奏斗に嫌われたかもしれない。会ったらなんて言うのが正解だろうか。やはり、『ごめんなさい』と正直に謝るのが一番か。それ以外、言葉が見つからない。
奏斗は、この部屋に居ない。寝落ちた俺をソファまで運んで、自室に戻ったのだろう。きっとまだ眠っている。
奏斗が起きてくるまでに、なにか作っておくか。と、キッチンを借りて冷蔵庫を漁る。が、見事に何も無かった。
「あれ、起きてる」
「おわぁっ!!!」
「驚きすぎ笑」
突然の声に驚いてしまう。まさかもう起きてくるとは思わず、不意打ちだったから。
俺の反応に笑う奏斗は、全然いつも通りだった。
「あー、…..奏斗…..」
「お腹空かん?なんか頼むか」
「…..そやな!」
奏斗がソファに座って、俺も隣に座って。一緒にスマホを見ながら、Uberで何を頼むか決める。朝ご飯、と言っても、時刻はもう十二時で、お昼の時間だ。
「あ、これにせん?」
画面をこちらに傾けて、奏斗も一緒に近付いてくる。その拍子に、コツン、と頭がぶつかった。この距離感は、驚くほどでは無い。有り得るし、普通なんだと思う。
照れる距離では…….。
「あれ、雲雀なんか顔赤くね?」
「っえ?…..あー、…..熱くて、さ」
「ふーん?」
なんだ。この感じ。
奏斗は、昨日俺とあんな事して、なんとも思ってないのだろうか。意識しているのは、俺だけだ。奏斗にそのような素振りは見られない。むしろ、いつもより距離を詰めて来ているように思える。
「んじゃ、これ頼んじゃうね」
そう言い、俺に背中を預けながらスマホを操作する。鼻歌交じりに。
「ねぇ雲雀ー」
「ん?」
「昨日、僕達何したか覚えてる?」
「っ………、覚えてる」
「言ってみ?」
「えっ、…….き、キス…..」
「うん、じゃあさー、僕に言ったこと覚えてる?」
「………なんか、まずいこと言ったか…?」
「…..どうだろうね」
「あ、…..かわいい、とか言ったかも…」
「んー、…..ま、いっか」
重みが消えたと思えば、奏斗が立ち上がって俺と目を合わせる。
「飲みすぎ注意!」
その言葉とともに、おでこに衝撃が走った。デコピンをくらったのだ。地味に痛くて、「いった!」と声を上げてしまう。おでこを押さえる俺を見て、「酒弱いんだからさ〜」と、まるで説教だ。
「そんなに飲んでないんやけどな…..」
「はいはい、言い訳ね!もー、僕ん家に帰ってきてる時点で許容範囲オーバーしてんの!気を付けな」
「はぁい…..」
「もっとシャキッと!」
「はい!すみませんでした!」
「よろしい」
そこで丁度よくインターホンが鳴り、奏斗は小走りで玄関へ向かう。
なんだろう。胸にモヤがかかっているようなこの感覚。俺がした事はよくない事で、無意識なのは余計怒られるべき行動だ。しかし、良いように言えば、意識してもらうチャンスでもあった。友達として、では無く、恋人になれるか、という気持ちの芽生え。
だが、奏斗のあの様子だと、意識してもらえていない、全くもって脈ナシだ。
「ダメか〜…..」
小さくて小さくて、今にも消えそうな声で呟いたそれは、まるで雪が溶けるみたいに儚くて、それでいてあまりにも脆かった。
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