テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【雨音ちゃん、やったね!念願のパンケーキ!ずっと食べたがっていたよね。美味しかった??イチゴのパンケーキ食べられたんだね!よかったね!それと、この本数年前の映画の原作だよね。私も読んだよ。また、読み終わったら感想を話そうね。】
『うんうん、そうなの。やっと食べられたの。』栞里は独り言のようにパソコンの向こうの碧唯に話しかけた。
『えー。碧唯ちゃんも読んだんだ。』明るい内容のメールに栞里の気持ちも明るくなった。
そして栞里は喜々としてキーを叩たいた。
【そうなの!一緒に行ってくれた人が頼んでくれたの。嬉しかったな。碧唯ちゃん読んだことあるんだ!私ね、あの雨の中のシーンだけ映画の予告で見てドキドキしたんだよね。私が読み終わったらまた感想語ろうね!】
送信ボタンを押すと、すぐにまた返信が来た。
【ねえ、雨音ちゃん。また、ちゃんと自分の食べたいもの伝えなかったんでしょ?頼んでくれた……って。雨音ちゃんはもっと自分の意見言っていいんだよ?雨音ちゃんは人の事ばかり気にしすぎだよ】
『うーん、そうなんだけどね』栞里はパソコンの画面を見ながら項垂れた。
そうして少し考えた後、またキーを叩いた。
【そうだよね。その一緒に行った人にもたぶんそう思われたと思う。結局、イチゴのパンケーキをその人が選んだ時にすぐに喜んじゃって。きっとわかっていると思うんだ。その人は大人だから】
あえて、女性とも男性とも書かなかった。
【そっか、とりあえず食べられてよかったね。今度からはちゃんと自分の意見は言うんだよ!そんな事もいえない人とは付き合わなくていいんだからね!】
碧唯の勘違いしている様な文面に栞里は慌ててキーを叩いた。
【碧唯ちゃん、友達だからね!友達!】
【でも、男の人でしょ?】
その質問に栞里はうんとだけ返事をして、軽くため息をついた。
碧唯とは、栞里がブログを初めて半年ぐらい経った所で知り合った。
その日栞里が何気なく書いた、テレビで見かけた可愛いイルカのストラップがどこで売ってるか知りたいな。
と書いたところ、碧唯から個人的にメッセージをもらった。
いきなり連絡してしまってすみません。
碧唯です。
今日の、ブログを見てつい連絡してしまいました。
あのイルカのストラップは表参道の路地裏にある、pluie(プリュイ)という雑貨屋さんのオリジナルですよ!
ぜひ、一度見てみてくださいね。
私もあのストラップ大好きです。
そう連絡をくれたことが始まりだった。
すぐに栞里はお礼のメッセージを書いた。
そしてすぐにその教えてもらった雑貨屋に行き、念願のストラップを購入したことを碧唯に知らせるとすごく喜んでくれた。
年齢も住んでいる場所もわからないが、文面からは同じ年ぐらいで、表参道に行くという事から東京都内だろうと栞里は推測していた。
しかしそれ以上は立ち入って聞かなかった。知らないからこそなんでも話ができる今の距離感がとても心地よかった。
美希みなみ
それから取り留めない会話をするようになり距離がぐっと近づいたような気がしていた。
自分を知らないからこそ素直に語れる。そして優しく聞いてくれる碧唯はなんだか、ずっと友達のような感覚が栞里はしていた。
男の人という事までは言ったが、これ以上の事を詳しく碧唯に話すかを悩んだ。
(まだ話す段階ではないよね……。次があるとは限らないしな)
いかにも、後ろ向きで臆病な考え方なのは自分自身で理解している。
本来なら、ウキウキして友達なりに今日の出来事を話す人もいるだろう。
しかし、栞里は誰かに話してしまうと、次の場所で自分を置いて話だけが独り歩きをしてしまうのではないか……そんな心配が付きまとう。
碧唯を信用しているとかしていないとかではなく、他人に言ってしまうと次に何もなかった時に恥ずかしい……そんな気持ちもあった。
なるべく傷を少なく、自分を守るという逃げ道を作っていた。
(でも……その事は必ずしも良い結果をもたらさないよね)
栞里はその事を嫌と言うほど今までに経験してきていた。
『先に相談をしておけばこんな事にはならなかったのに』と何度両親から言われたかも解らない。
両親から見ればただ、あまり自分の話をしない子と映っていたかもしれない。
長女であり、2つ下の妹の面倒を常に見る様に言われていた栞里にとって我慢をすることは当たり前だった。
3個入りのプリンがあれば、2個が妹で1個が自分。
それは家族中の暗黙の了解であり、自分もたぶん妹も疑問に思ったことはなかった。
自分が我慢すれば人は嫌な気持ちにはならない。それならば我慢すればいい。
―― 我慢することが正しい事。
徐々にこういう考え方になったのか、元々生まれながらの性格なのかはわからないが、もしも後者なら、遺伝や親に文句を言いたくなる話なので考えない様にしている。
それに、妹の有美香は栞里と正反対と言っていいほど、社交的で誰とでも仲良くなり、一人で海外でもどこでも行くような行動派だ。
プリンを栞里が2個食べようものなら、『なんでお姉ちゃん食べちゃったの!ひどい』と言ってのける妹だ。
(遺伝なら、有美香と足して2で割りたかった)
栞里はそんな事を2つ年下の妹を見るたびに思った。
今となっては、ひどいのはそっちだろうと思うが、その時は何の疑問も持たずに謝って買いに行っていた。
そしてそんな性格のせいか、栞里は自分を客観的に分析する所がある。
一旦冷静になってしまうと外から自分を見るような。
今の私はこうだから、相手はきっとこうだろうと勝手に決めつけてしまう。
その事は、少なからず栞里に取っては直したい部分ではあった。
他人の気持ちなんて完璧にわかる訳ないのだから。
しかし頭では理解していても、すぐに自分の中で結論づけてしまう。
恋愛においても好きと思う前に、ストッパーが働ききっと相手はこう思っているから私には無理だ。
そんな結論をすぐに出してしまう為発展もしない。
聞かなければ何も解らないのに、聞く事すら諦めてしまう。
何もかも見えなくなる程その人の事しか考えられなくなる……そんな気持ちは解らなかった。
栞里はカップのお茶を一口飲むと、バックからごそごそと本を取り出した。
冒頭は覚えていた話とほとんど同じだった。
そして読み進めると、栞里が映像で見た場面だろうシーンが現れた。
『雨の降る街で君と』 より
美香は軽くため息をつくと、誰も乗っていないエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターを降りて1階に降りると、退社をするだろう人が数人談笑していた。
その横を美香は足早に通り過ぎ、横に目を向けた。
大型ビジョンに映し出された天気予報は数日雨の予報が映し出されていた。
美香はその前で少し足を止めると、天気予報を見つめた。
(梅雨って本当になんでこんなに雨が降るんだろ?)
当たり前の事に当たり前の疑問をぶつけたことに、自分自身がおかしくなった。
大きく息を吐くと、コツコツとヒールの音が響く床の音を聞きながら外へ出た。
今にもポツポツと落ちてきそうな空をただ見上げた。
(傘……必要だったかな……。今更だけど)
「笠原?お前こんなところで何してる?」
突然のその声に、完全に気を抜いていた美香はビクっとして固まった。
聞き慣れすぎて、すでに感覚が麻痺するような、どこか遠くから聞こえるようなその声に美香はすぐに反応できずにいた。
コツコツと前から少しずつ近づく足音に、美香はドクンドクンとやたらゆっくりとした鼓動を聞いた。
(人は全く予想をしていない所で起こることにはすぐに対応できないものだな……)
そんなくだらない事を考えている自分の思考を慌ててシャットアウトすると、なんとか近づく足音と共にいつもの仕事の仮面を引っ張り出し、真ん前に聞こえた足音と同時に頭を真っすぐに戻した。
「お疲れ様です。どうされたんですか?」
にこやかな微笑みを湛え修二を見上げた。
「ああ。プライベートの携帯を忘れたんだ。机の中に」
少し何か意味ありげな、間があったように感じた美香だったが、
「そうでしたか。わざわざお疲れ様です。言ってくれたら届けに……。いえ、なんでもありません」
そこまでいうと、美香はニコッと作り笑いを浮かべた。
(冷たい)
その頬に感じた感覚に、美香は空を見上げた。
ポツポツと振り出した雨は、美香の頬を濡らした。
「急いで中へ。濡れます」
美香は慌ててエントランスの方角を指さした。
「……お前だって濡れているだろ?」
修二は美香の言葉に動くこともせず、少し悲し気で何かを言いたそうな瞳で美香を見下ろしていた。
その瞳から美香は目を逸らす事ができなかった。
そう言って修二は顔を歪めると美香の頬に付いた水滴にそっと触れた。
美香は触れられた修二の手の冷たさに、背筋にゾクっとした衝撃が走った。
周りのキャーと言う声と共に、雨がザーっと勢いよく地面を濡らした。
激しい音と共に、バケツをひっくり返したような衝撃が美香を襲った。
ポタポタと雫が2人の髪や服から落ちる。
それでも、その場から2人は動けなかった。
(駄目かも……。全然わからないよ。なんで、雨の中で見つめ合わなければいけないの?早く屋根のあるところに行けばいいのに……)
そんな事を思ってしまい、栞里はいったん本を閉じた。背表紙に映し出された雨の降る街の写真を眺めた。
あなたがいれば何もいらないなんて、そんな気持ちわかるときが来るのかな……。栞里はそんな事を考えながら、そっと立ち上がると窓の外を見た。
窓の外は雪が降っていた。
(寒いはずだな……)
しんしんと降り続ける雪を栞里はしばらく見ていた。