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◇◇◇◇
執務室の窓辺に腰掛け、レオニスは腕を組んだまま、険しい顔で唸っていた。
机の上には山積みの書類。だが彼の視線は書類の文字を一文字も追っていない。
「市場は歩いた。同じ場所を幾度もだ。次は何だ……劇場か? いや、あいつは騒がしいのは好まんかもしれん。ならば湖か。静かな場所なら」
「陛下」
鋭い声が空気を断つ。
振り返れば、側近の騎士クリスが片膝をついていた。鎧がわずかに鳴る。
「なんだ、クリス。今は忙しい。小言なら後でまとめて聞いてやる」
「承知しております。ですが、あえて申し上げます」
顔を上げた騎士の瞳は、主をいさめる覚悟を宿していた。
「ここ最近、白の魔女とデート、デート、デートと……バリスハリス王に相応しくない振る舞いが目立ちます」
空気が凍る。
レオニスは一拍置き、鼻で笑った。
「相応しくない、だと?」
「周辺諸国は警戒を強めております。ヴァルディウス王国との関係も不安定な中、禁忌の魔女と親密に振る舞うなど、王の品位を損ないます」
「品位か」
レオニスはゆっくりと立ち上がった。
「品位を落とすだけで白の魔女と並び立てるなら、いくらでも落としてやる」
静かな声だったが、揺るぎはない。
「俺は白の魔女を嫁にする」
騎士の瞳が大きく見開かれる。
「……本気ですか、陛下」
「本気だ」
「正気とは思えません! 彼女は指名手配の身。百万エギルの賞金首です。王妃に迎えれば、国内外とわず反発は避けられません!」
忠誠ゆえの焦りが、言葉に滲む。
レオニスはクリスを見下ろし、淡く笑った。
「お前らは、いつもつまらんことを言う」
「……陛下」
「あんな面白い女、そうそうおらん」
口元がわずかに歪む。
「俺に媚びぬ。怯えぬ。怒れば声を荒らげずに真正面から噛みついてくる。王という肩書きを、ただの道具としか見ておらん。そんな女だ」
「それは無礼というのです」
「違う。対等というのだ」
確かな声だった。
「俺の周りには、俺を王としてしか見ぬ者ばかりだ。だがあいつは違う。俺を一人の男として見る。王も領民もない、同じ目線で見下ろしも持ち上げもしない」
騎士は言葉を失った。
「……それでも陛下は、我らの王です」
「当然だ」
即答。
「だからこそ、王の俺が選んだ女だ」
レオニスは窓の外を見やる。ノクスグラートの街並み。人々の営み。
「白の魔女をめとることが、この国をさらに強くする。そういう予感がする」
「感情ではなく、打算だと?」
「両方だ」
迷いはない。
騎士は深く息を吐く。
「……なぜ、そこまで」
その問いに、レオニスは目を細めた。
ほんの一瞬、王の仮面が外れる。
「俺はな」
静かに告げる。
「あの女の笑顔が見たくなったのだ」
騎士がわずかに目を瞬かせる。
「俺が何をしようと、あいつは簡単には笑わん。皮肉を返し、睨み、怒る。……驚く顔を見せたと思えば、顔を赤く染める。それがたまらなく愛おしい」
一拍。
「だが、俺は白の魔女の本気で笑った顔を、まだ見ておらん」
窓から差す光が、その横顔を照らす。
「女の笑顔を待ち焦がれるなど、初めてだ」
重くもなく、軽くもない沈黙が落ちた。
ただ、偽りのない言葉だけが残る。
騎士はゆっくりと頭を垂れた。
「……承知しました、陛下」
レオニスは小さく笑う。
「次は湖だ。邪魔はするなよ、クリス」
「警護は最低限つけさせていただきます」
「好きにしろ」
執務室に、かすかな笑いが落ちる。
それは戦場では決して響かぬ、穏やかな音だった。