スタジオリハが終わった夜。
帰り支度をしていると、ふと感じる視線。
ギターを片付ける若井の目線が、妙にこちらに引っかかる。
いつもより長い気がした。
 「……若井?」
 振り返って声をかけると、彼は慌てて視線を逸らした。
 「い、いや……別に。」
 「ふーん?」
 ――別に、って言うときほど怪しいんだよね。
胸の奥で、くすりと笑みがこぼれる。
 
 その夜、打ち合わせも早めに終わって、2人で歩いて帰ることになった。
秋の夜風が心地よい。
だけど、どこか若井の歩幅が乱れている。
 「ねぇ、さっきからさ」
 「……なに」
 「俺のこと、ずっと見てるよね」
 「っ……!そ、そんなこと……」
 声が上ずる。耳まで赤くなってる。
あぁ、もう確信した。
 「……ねぇ、若井」
 足を止めて振り返る。街灯の下で彼の目を覗き込む。
 「俺のこと、好きなの?」
 
 
 一瞬、時間が止まったようだった。
若井の喉が上下に揺れる。
呼吸が荒くなる。
 「……っ」
 「なに?」
意地悪く笑う。
 「黙ってたら余計に怪しいじゃん」
 「…………中学の時から」
 小さな声。
でも、しっかり聞こえた。
胸の奥が一瞬だけ熱くなる。
 「……え?」
 思わず聞き返す俺に、若井は苦笑しながら続けた。
 「最初はな……元貴の作った曲が、すげぇ衝撃だったんだよ。
なんでこんな心に刺さるんだろうって気になって。 」
 「……」
 「でも、元貴は不登校だったろ? 教室にいなくて、どんな奴なのか全然分からなかった。
だからさ、毎朝のように声をかけたんだ。『学校行こーぜ!』って。
半分はお節介、でも半分は……元貴のことをもっと知りたくて」
 夜風が頬を撫でた。
その言葉はまっすぐで、隠しようのない気持ちだった。
 「……そうだったんだ」
 胸が熱くなる。俺なんかのために、そんな風に思ってくれていたなんて。
 「そっから顔を合わすようになって、ミセス結成してバンド活動して……。で、気づいたら……好きになってた。
曲も、元貴自身も、全部……」
 若井の告白は、俺の心臓を強く揺らした。
試すように迫ったはずなのに――いつの間にか俺の方が試されている。
 
 
 
 「へえ……ずっと、だったんだ」
 「からかわないでくれ……本気なんだよ」
 若井は拳を握りしめ、俯いたまま必死に言葉を絞り出す。
 「……素直じゃん」
 思わず笑みがこぼれる。
けれど、その笑みの奥で自分の心臓も早鐘を打っていた。
 
 
 「でもさ、今までなんで黙ってたの?」
 「……怖かったんだよ」
 「怖い?」
 「お前に嫌われるのが、一番怖かった」
 若井の声は震えていた。
不器用で、真面目で、だからこそ重たいほどの真実だった。
 「若井……」
 視線が交わる。
お互いに逸らせないまま、息が触れそうな距離まで近づく。
 ――あぁ、これ以上言わせたら戻れなくなる。
分かっているのに、意地悪な笑みが止まらなかった。
 「……ありがと。言ってくれて」
 手を伸ばし、彼の頬に触れる。
熱を帯びた肌。
心臓の鼓動が、指先にまで響いてくるようだった。
 
 
 「これからどうする?」
 わざと挑発的に問う。
若井は目を伏せて、小さく答えた。
 「……お前に任せる」
 その一言に、胸が震えた。
責任と、甘美な支配欲が同時に芽生える。
 「ふふ。じゃあさ――」
 耳元に顔を寄せて囁く。
 「俺を、ちゃんと好きでいてよ?」
 若井の身体が、びくりと震えた。
夜風の中、2人の心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
コメント
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今回もぜったいいい話になる予感しかしない( ` -´ )b