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「振ったんだよね、僕、あの人」
その後、開かれた呑み会で、たいして酔わないうちに、龍之介はあっさり、そう白状した。
詐欺師をですか……と悠里は思う。
「僕のこと、好きだなんて、おかしいなと思って。
本気なのって言うから、嘘だなって」
「大家さん、しっかりしてください」
「今までの人生、なにがあったんですか……」
と悠里と後藤が言う。
こんな穏やかでイケメンで、貯蓄額も高く、賢そうな人なのに。
何故、僕なんか、みたいな話になるのか。
謙虚が行きすぎてこうなったのか?
だとしたら、大変な惨劇だ……と悠里たちは思った。
「僕が振ったくらいで死ぬわけないと思ったんだけど」
……謙虚が更に悪い方向に向かっている。
「やっぱり、気になっててさ。
だからって、殺されてたから安心したとかいうわけではないよ」
「こんなこと訊くのもあれなんですけど。
龍之介さんは、その方のこと、お好きだったんですか?」
と七海が問い、
いやまあ、騙されたって言ってたんだから、好きだったのかな、と悠里は思う。
「今となってはよくわからないなあ。
彼女が死んだあと、警察に詐欺師だったって聞いて、やっぱりかって思ったり。
でも、彼女が涙ながらに、本気なのと言ったときの表情が嘘だと思えなかったりで……」
寂しげにそう言ったあと、龍之介はゴソゴソ、ローボードから箱を出してきた。
「彼女からもらったもの、捨てられなくてとってはいるんだけど。
海にでも流して供養した方がいいのかな」
何故、森で殺されたのに、海に流すんですか……。
見ると、高価そうなネクタイやカフスやベルト。
北原が好きそうな分厚い古い本などがあった。
「それ、初版本な上に、サインが入ってるんだって。
古本屋めぐって探してきてくれたとか」
詐欺師に貢がれている!
もしかして、この人が詐欺師なのではっ!?
と全員の顔に書いてあった。
「北原さんは危険な女が好きなんですか?」
それらのプレゼントを見ながら、後藤が突っ込んで訊く。
何故、こんなに追求するのかと悠里は不思議だったが。
単に、後藤は、特に好きでもなかったはずの貞弘ユウユウに結婚を申し込んでしまった自分の心が不思議だったので。
他人の恋についても知りたくなっていただけだった。
「別に危険な女とか好きじゃないよ」
「じゃあ、どういう人がタイプなんですか?
タイプじゃなくても、好きになったりするんですか?」
と後藤が何故か真剣に訊く。
好みのタイプねえ……と北原は呟いたあとで、
「ああ……例えば、困ってるときに助けてくれる人とか?」
と言う。
「困ってるとき?
どんなときですか?」
「たまに、お腹空きすぎて、床に倒れて寝てるんだけど。
ああいうときは、カップ麺にお湯を入れるのもめんどくさいって言ったじゃない。
そういうとき、お湯、沸かしてきて、注いでくれる人かな」
それを聞いた悠里は笑って言った。
「そんな、お湯わかすくらいなら、いつでも言ってくださいよ。
ご連絡くだされば、飛んできて、お湯カップ麺に入れますよ」
「……連絡するのもめんどくさかったりするのでは?」
と七海は呟いたが、
「悠里ちゃん」
と北原は悠里の手を取る。
七海たちは、ちょっとっ、大家さんっ!?
という顔をしたが、相手が北原なので、引き剥がしたりはしなかった。
が、北原は、
「ぼく、今、悠里ちゃんにプロポーズしたくなったよ」
と言い出す。
「そいつ、お湯沸かすって言っただけですよっ?」
と言う七海に、後藤が言う。
「いや……、わかりませんよ、社長。
貞弘は霊が見えると偽って、詐欺を働いています。
北原さんの好みのタイプは、お湯を沸かしてくれる詐欺師なんじゃないですか?」
そういえば、ユーレイの彼女も詐欺師だったな……。
って、どんな好みのタイプだ……と思いながら、悠里は言った
「いやいや、大家さん。
私にできるのは、お湯を沸かすことくらいですよ?
大家さんには、
『あなたのために、カップ麺を一から工場で作ってきましたっ!』
って言うくらいの人が似合うと思います」
このくらい自堕落な人には、そのくらいマメな人が似合うと思ったのだが、七海は、
「……カップ麺を一から工場で作ってくる人。
そういえば、隣の家の家政婦さんが、若い頃、カップ麺工場で働いていたと言っていたな」
あの人で、どうですか?
と北原に向かい、言い出す。
……若い頃って。
その方は、今、おいくつなんですか? と悠里は思ったが、
「いやいや、そんなことまでしてくれなくていいよ。
お湯沸かしてくれるってだけで神だよ」
と北原は言う。
「そんなゆるい条件、北原さんのような人が出したら、ハイエナのような女子たちが飛びかかってきますよ」
と後藤が言い、
「……今、頭に修子さんが浮かんでしまいました」
と悠里が言い、
「今度ここに、大林を連れてきてやるか」
という結論を七海が出して終わった。
休日、七海はちょっと困っていた。
強力なライバルが現れた気がしたからだ。
……龍之介さん、酔った弾みで、ちょって言ってみただけだろうが。
あんな人に言われたら、貞弘の方が本気になってしまわないだろうか。
人の良い後藤より、ヤバイ敵な気がする。
いや、龍之介さんが人が悪いというわけではないのだが。
なんせ、マイペースな人だからな……。
遠慮がちな後藤より怖い、とお湯が湧くのを見ながら、七海は思う。
「社長、今日は、私がカプチーノ淹れますね~」
と悠里は言ったが。
案の定、インスタントのカプチーノをさらさらっと入れはじめる。
そこに立派なエスプレッソとカプチーノが作れるマシンがあるんだが……と思いながらも。
恋のはじまりは、なにをしても可愛い。
さらさらっとカップに粉を入れ、お湯をそそいでいるだけで、
「よくやったな」
と頭を撫でたくなる。
いや、今だけではない。
俺はたぶん、一生、お前がなにをしても、可愛いと思うぞ。
……しかし、お湯をそそいだだけで、可愛いとか。
俺も龍之介さんとたいして発想変わらないな、と七海は思っていたが。
今、お湯を沸かしたのは、自分だった。
そういう意味では、そそぐだけで、愛を感じる七海の方が、北原より愛情が深いことになるのかもしれない。
「今日は、インテリアを見に行くか」
朝食を食べながら、七海は言った。
「あ、いいですねー」
「住宅展示場に行ってみてもいいかもしれないぞ」
悠里が最初の案である、和風モダンの部屋から、少し外れたものもいいと言ったりするようになっていたので。
一度、頭をリセットして。
いろんな部屋や家を見てみるのもいいのでは?
と思っていたからだ。
「住宅展示場ですか。
確かに、いろんなインテリアも見られていいですが。
家買うと思われませんかね?」
と悠里は笑ったが。
いや、お前の理想とする家がそこで見つかるのなら、別に買い換えても構わない、と七海は思っていた。
まだ新築のこの家だが。
お前が他の家をいいと言うのなら、この家は猫と血塗られた水牛にやってもいい。
いや、水牛は血塗られてはいないのだが……。