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住宅展示場に行ったり、インテリアのショップを見て歩いたり、書店で、その手の雑誌を買って、海の見えるカフェで眺めたりした。
なんか結婚を控えたカップルみたいでいいな、と七海は満足する。
「これなんか良くないか?
シンプルな白系の部屋に、シンプルなシャンデリア」
「そうですね。
いいですね。
アメリカのホラー映画に出てきそうな部屋ですね」
それは、ほんとうにいい部屋なのか……?
「この白いクローゼットとか、こういう引き上げて開ける窓からは、必ず、なにかが飛び出してきますよ」
だから、それはいい部屋なのか……?
「今、唐突に、奈良に行ったとき、立派な寺にある建物を見て。
このカラフルな建物の扉を開けたら、大量のお坊さんが派手な袈裟を着て、飛び出してくるんじゃないかな、と思ったのを思い出しましたよ」
ほんとうに唐突だな……と思いながら、七海は言った。
「大量の坊主より、たったひとりの俺はどうだ」
せっかく一日一緒に過ごしたのだ。
悠里の印象に残る言葉をなにか残したかった。
「俺は大量の美女よりもお前を選ぶが」
と悠里を見つめてみたが、冷静に、
「それは私は美女ではないという意味ですか?」
いやまあ、そうなんですけどね、
と言われてしまう。
いや、そこに、ひっかかるな。
っていうか、お前は、世間一般的には、かなりの美女だ。
だが、俺も、たぶん、後藤も龍之介さんも、そこに重きは置いてない、と思う。
「ところで、家具とかインテリアって、選びに選んで、これだっ! って物を買う方がいいらしいですね」
妥協せずに、好みの物が現れるまで、ひたすら待った方がいいらしいです、と悠里は言う。
「まあ、一度、買ってしまうと、なかなか買いかえられない物だからな」
そう答えながら、俺のさっきの、
『俺は大量の美女よりもお前を選ぶが』
という、ちょっと恥ずかしいが、頑張って言ってみたセリフは何処に流されていったのだろう、と思っていた。
お前の頭の中の思考の流れを堰き止めたい、と思う七海の前で、
「――というわけで」
と悠里はエコバッグをごそごそやりはじめる。
「今日、決めたインテリアはこれだけってことにしときます」
と白くてふかふかのホテル仕様のタオルを出してきた。
「……それインテリアなのか?」
「はい」
と言う悠里は満足げだった。
まあ、これでいいか……。
なんか本人、嬉しそうだしな。
休日にデートもできたことだし、と七海は思う。
でも、ほんとのところ、早くあの部屋をお前の好きな感じにして欲しいと思ってはいる。
そしたら、出ていくとか言い出さないだろうから――。
「龍之介さんとあいつの間に、いつ、愛が芽生えるかと思って、ハラハラしている」
月曜日、七海は恋敵、後藤にそんな告白をしてみた。
「なんでです?
どうして、北原さんをそこまで意識されるんですか?」
っていうか、俺は敵ではないのですか、と後藤の顔には書いてあった。
「……いや、なんか、あの二人、すごく似てないか。
この間、そういえば、同じこと言ってたの思い出して」
と青ざめた顔で七海は言う。
「昨日、貞弘が家で、
『あっ、今、髪の毛充電するとこでした~』
って言ったとき、ゾッとしたんだ。
そのセリフ、確か、ちょっと前に、龍之介さんも言ってたよな? と思って」
「……まず、その意味のわからないセリフにゾッとしますが。
っていうか、社長。
そのヤバイ二人が一緒に暮らしたら、収拾がつかないと思うので。
決してお似合いではないと思いますよ。
あと、私のことも、恋のライバルとして、認識してください」
と後藤に言われたので、
「いや、大丈夫だ。
わかっている」
と頷く。
よく考えたら、こいつが恋のライバルなら、なにも大丈夫ではないのだが……。
「ああ、いやいや。
髪の毛をですね、プラグとコンセントの間に挟み込んでしまったんですよ~」
後藤は社食の席で、悠里に七海が言っていたことの説明を求めた。
「よくありますよね~」
あるか?
いやまあ、俺の髪が短いからかなと思ったのだが、悠里は修子に、すげなく、
「ないわよ」
と言われていた。
悠里の隣に座る修子の顔を見て、後藤は思い出す。
「そうだ、貞弘。
大林を誘うんじゃなかったのか」
「なにをですか、後藤さんっ」
と修子が身を乗り出してきた。
さっきまでと全然声色が違うが、それは意味があるのだろうか、と後藤は思う。
さっき、貞弘にツッコミを入れていたときのドスのきいた声も俺に聞こえていたんだか……。
「いや、貞弘のところの大家さんに、大林はどうかと思って」
「大家さん、やさしくて、猫好きで。
イケメンで、頭良さそうで、しばらくは働かなくても暮らしていけるくらいの蓄えがあるらしいです。
たまに、ピクリとも動かないこともあるくらい、怠惰な方ではあるんですが、猫好きなんですよ」
「貞弘、猫好きを二回入れたぞ」
「アピールポイントなんで」
「大林は猫好きなのか?」
「さあ?
嫌いと聞かないので、好きなのでは……?」
などという会話をしている間、修子はちょっと微妙な顔をしていた。
……いや、ほんとうに微妙な顔だ。
なにを考えているのかよくわからない。
目は宙を見ているようで。
その瞳を覗き込んだら、異世界に飛ばされそうなくらい空虚だ。
なんだろうな、と思いながら、後藤は水を汲みに席を立った。
二人の後ろ側から戻ってくると、修子は真剣な口調で悠里に相談していた。
「どうしようかしら。
愛する後藤さんに別の人を勧められてしまったわ」
「えっ?
あ、そういえば、修子さん、後藤さんがお好きなんでしたね」
あんまり本気っぽくなかったので、すみません、と悠里は謝っている。
「すみません。
嫌なら、いらっしゃらなくてもい……」
「行くわよ」
と即行、修子は言った。
「イケメンで、金持ちで、やさしいんでしょう?
そうと聞いたら、行かずにいられないじゃないっ」
俺への愛は今、どこへ吹き飛んでったんだろうな。
あのくらいの勢いで、貞弘ユウユウの中の『しやちゆう』も飛んでいけばいいのに、と後藤は思ってしまった。