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港から船で三時間。地図にもほとんど載っていない小さな島に、テレビ番組の撮影隊が降り立った。企画は「忘れられた島の暮らし」。ディレクターの高木は、潮の匂いに混じる妙な生ぬるさに、最初から違和感を覚えていた。
島は静かすぎた。人の気配はあるのに、笑い声がない。住民は誰もがどこか怯えたような目をしている。
撮影は順調に進んでいるように見えた。だが、誰に話を聞いても「夜は外に出るな」と同じことを繰り返すだけだった。
夕方、森の奥で小さな祠を見つけた。苔むした石の前には、古い器が並んでいる。供え物のようだった。
「なんだこれ…」
カメラを向けた瞬間、村長が現れた。
「触れるな。帰れ」
強い口調だった。高木は引き下がったが、その夜、どうしても気になってしまった。
深夜。こっそりカメラを持ち出し、ひとりで祠へ向かう。
風は止み、音が消えていた。
祠の前に立ったとき、足がすくんだ。
器の中には、水が張られていた。だがその水面に映っていたのは、自分ではなかった。
知らない誰かが、こちらを見ていた。
次の瞬間、背後から低い声がした。
「見たな」
振り返ると、そこには“何もいない”。だが確かに、すぐ後ろに気配がある。
逃げようとした瞬間、足元の地面がぬるりと動いた。
それは土ではなかった。巨大な何かの一部だった。
気づいたときには遅かった。島そのものが、“それ”だったのだ。
高木は叫ぶ間もなく、飲み込まれた。
——翌朝。
撮影隊は港に集められていた。高木の姿はない。
村長が静かに言う。
「もう帰りなさい」
スタッフたちは混乱しながらも船に乗せられた。島を離れる船の上で、カメラマンがふと昨日の映像を確認する。
そこには、祠を撮る高木の後ろで——地面がゆっくりと“口”のように開く様子が、はっきりと映っていた。
そして映像の最後、ノイズ混じりに声が入る。
「足りぬ」
その瞬間、船が大きく揺れた。
海の底から、何か巨大な影が浮かび上がる。
スタッフたちは気づく。
終わっていない。
“島”は、まだそこにあるのではなく——
ついてきている。
次の瞬間、海面が盛り上がり、船ごと黒い影に覆われた。
その日以降、その撮影隊が戻ることはなかった。