🤝の誕生日に投稿しようとしていたんですが、あまりにもお祝いの場に相応しくない雰囲気になってしまったので時期をずらしました。 全編通してずっと不穏、捏造、死があります。
友情出演:🐙
🌩️の誕生日に投稿した『時を刻めない僕らへ』を読了後じゃないと意味が分からないと思いますので、未読の方はそちらからどうぞ。
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「──おや、この星にまだ人が居たんですね」
ふわ、と鉄のような磯のような匂いと共に、気の抜けた声が降ってきた。見上げてみればそこには毒々しい色の蛸足がまるで空を覆うみたいに広がっている。
一瞬目を合わせた俺とテツはそれに怯える素振りも見せず、一目散に駆け寄っていった。
「るべじゃん!! 久しぶり!」
「えっマジで久しぶりじゃない!? 何世紀ぶり!?」
「えぇ〜……? 俺、ちょっと驚かせるつもりだったんですけど。なんでそんな通常運転なの?」
「はっはっは、そりゃあね。何百年と生きてたらこんなん些事なんですわ」
「うわ〜それ人間の口から聞きたくなかった〜……」
ガハハと豪快に笑い飛ばすテツに対して、星導は覇気のない声を上げる。
今となっては懐かしい光景に目を細めつつ、とりあえず星導を建物の中へ入れてやった。星導のことだし紫外線くらい大したことないかもしれないが、それでも最低限、友人に対する気遣いとして。
テツと一緒に足元の瓦礫を蹴って退けながら砂だらけの廊下を進み、半分埋まって潰れたオフィスの一部屋まで案内する。慣れていない運動量に息切れしつつ、ようやくザラザラしていないソファにたどり着いた星導は「この星も随分崩れてしまいましたね」とどこか寂しそうに窓の外を眺めた。
「一昨日あたりから続いてた不鮮明な電波、あれやっぱるべくんだったんだ」
「あ、バレてました?」
「そりゃあもう、宇宙の外からわざわざモールス信号で『お元気ですか?』なんて聞いてくんの、るべくらいだもん」
「『俺は元気です』も追加で」
「ああ、そこが受信できてなかった箇所なんだ……」
どれだけ時間が経とうと変わりないへらりと柔和な笑顔に、こちらも肩の力が抜けてくる。最近は──というかまさに気の遠くなるような年月の間、会話をしたのはテツくらいなもんだったから。
一度裏に引っ込んだテツが「コーヒーもお茶も出せないけど」と前置きして水の入ったコップを出せば、星導は少し慌てたように首を振った。
「いやいや……これも貴重な飲料水でしょ? イッテツたちが飲んでくださいよ」
「……いやね、それが僕らの方もなんか段々、こういう環境に適応して来てんだよね」
「そうそう。ちょっと前──つっても何十年? もっとか? ……とかだけど、それくらいからはもうあんま食わなくても生きていけるようになっちゃってさ」
「え、あのリトが少食……? ……うわなんか、やだな。解釈違いです」
「んなこと言われてもなあ」
虫の裏っ側でも見てしまったような顔をする星導に苦笑いをして、俺たちは顔を見合わせた。しょうがないだろ、こうしてあちこち転々としながら生きてたら荷物も最小限で済まさなくちゃならないし、家庭菜園レベルで育てられるものなんてたかが知れてるんだから。
生存本能とはそういうものなんだろう、もともとあれだけ悪かった燃費は今や1日にパンをひと齧りでもすれば事足りるようになってしまった。食べる楽しみは減ったけど、その分ありがたみも増したりだとか──してなくもない、と言えるだろ。多分。
「そういやるべくんはなんで急に地球に来たの? 前みたいに彗星とか迫ってる感じ?」
「うわ懐かし。めちゃくちゃ大変だったよな、あのとき」
「ね。あれで人口も大分減ったし」
「……あぁ、今回は別にそういうのじゃないです。たまたま近くを通ったので、タイミングもちょうどいいしプレゼントをと思いまして」
「プレゼント?」
首を傾げるテツに星導が差し出したのは、まるでオーロラを閉じ込めたように偏光する深い紫色の石だった。人差し指と親指で輪を作ればすっぽり嵌りそうなサイズのそれは、チェーンか丈夫な革紐でもあればペンダントが作れそうだ。
テツはその石を受け取ると、光に翳したり角度を変えてみたりしながら眺め、やがて諦めたようにてのひらの中へ包み込んだ。
「…………え? なにこれ?」
「隕石のかけらです。なんか綺麗だな〜って思ったので拾っときました。査定額は百億兆円です」
「金額でたらめすぎるだろ」
「え? いやだからあの、……何のプレゼント?」
「えっ、12月1日じゃなかったっけ、イッテツの誕生日って」
「誕生日……あっ誕生日!? 俺今日誕生日だっけ!?」
「正確に言うと明日ですけどね」
「やっぱり忘れてたか」と何故か得意げな顔をする星導だが、さすがに4桁も生きていれば自ずと誕生日なんて忘れていくものだろう。今となってはあの頃の星導やロウが自身の誕生日に無頓着だったのも頷ける。
これだけ長く一緒にいて気付けなかったというのも悔しいので『俺は知ってましたけどね』みたいな顔をしていると、星導に「ほら、リトも祝ってあげて」と小声で催促されてしまう。
「う゛、やっぱバレてたか……毎年祝えなくてごめんな。誕生日おめでとう、テツ」
「ありがとうリトくん! いやいや……毎年なんか覚えてらんないよ。現に僕だってリトくんの誕生日お祝いできてないし……」
「いや俺も気にしてないけどさ。……あの頃は12月1日って言えば冬だったよな。今めちゃくちゃ暑いけど」
「ね。もう季節もしっちゃかめっちゃかだよ」
長い年月をかけて旅を続けてきたせいで、今俺たちが南半球にいるのか北半球にいるのかすらも分からない。ただひとつ言えるのは、日本で一番暑い日が観測されたのは8月17日ではなくなった、ということくらいだ。
テツは星導にもらった石を服の袖で磨きながら改めてしみじみと見つめている。……こんなに大切にしてもらえるなら俺もなんか用意しておけば良かったな、なんて少しだけ思った。
「うわー……誕生日なんて祝うのいつぶりだろ。てか日付けとかいう概念今思い出したわ」
「暦、みたいな文化は知的生命体の住む星では意外とあるあるですからね。俺も思い入れ深いので覚えてたんですよ。……で、何歳になったんですか?」
「えっとねぇ、あの頃から数えると、ひい、ふう、みい……うん、21だね」
「っは、結局変わんねえじゃねえかよ」
「これが聞きたくて寄ったわ。正直」
あの頃と何も変わらないこいつらを見ていると忘れそうになるが、これでも時間にしてみるとそれなりの年月が経っている。こうして地球という星が様変わりするほどの時間をかけてもテツの呪いは解けなかったし、俺の肉体の限界が来ることもなかった。
かつての仲間──マナとウェン、それから西の面々も星導以外は相応に大往生を迎え、俺とテツはそれを見送りながら、立ち昇る煙を見てお互いの命がまだ続いていることに安堵していた。
星導はグラスを傾けながら「そういえば」とオフィスの中を見渡す。
「キリンちゃんはいないんですか? 珍しく胸元が寂しいようですが」
「あー……ちょうど今お昼寝中なんだよね。こうもあったかいとさ、やっぱ眠たくなっちゃうみたいで」
「かわいいですねぇ。じゃああんま騒がしくしない方がいいかな」
「………………」
テツは何か言いたげにこちらを見つめているが、俺が何も言わないのでそれに合わせることにしたらしい。
せっかく旧友が遊びに来てくれたんだから、暗い話じゃなくて思い出話がしたい。それが誕生日という晴れの日であれば尚更。
§ § §
──結局、数世紀ぶりに再会した友ともなれば思い出話は尽きなくて、気付けばあっという間に日が落ちていた。
宇宙のこと、生活のこと、あの頃のこと。積もりに積もった話は当然語りきれるはずもなく、やがて空が白み始める。
鳥が鳴く代わりに響いたノイズまみれのチャイムの音で、俺たちははっと顔を上げた。
「うわ、もう朝……!? やばいね、やっぱるべくんの話超面白いわ。時間忘れちゃう」
「盛り上がっちゃったなー。イッテツの話もすごいですよ、何百年も前の漫画の話をなんでまだその熱量でできるんですか?」
「はは、安心して。まだ語り足りてないから」
「語りきるまでに星が終焉迎えません? それ」
水だけで朝まで駄弁るとか、学生時代を思い出すな。ファミレスでドリンクバーだけで何時間も粘って、お店には迷惑だったかもしれないけど本当に楽しかった。あのときはそれこそテツと星導と、あとロウ──は、滅多に居た記憶ねえけど。
今となっては何もかもが懐かしい。高く聳えていたビルが総じてへし折られたあとの街並みから見える日の出は、やけに燦々と輝いて見えた。
「じゃあ、俺はそろそろお暇しますね。これから銀河系の外れで起こる超新星の爆発を見学してきます」
「え、もう行っちゃうの? ……いやまぁスーパーノヴァは見たいか。さすがに」
「気が向いたらまた寄りますよ。何年後になるかは分かりませんけど」
「……そっか。楽しみにしとく」
トランクについた砂を払って星導に渡し、入り口まで見送ることにした。昼と夜の寒暖差が激しいせいでエントランスの窓ガラスは結露が滴っている。びしょびしょに濡れたドアノブをちょっと嫌そうに握りながら、星導は改めてこちらを振り返った。
「ふたりは世界を旅して回ってるそうですけど、これからどこに行くかは決めてあるんですか?」
「んー……特に目的地とかは決めてねえんだよな。今はとにかくフレアがやばくて外なんか出られたもんじゃないからさ、とりあえずこの周期が終わったらまた次の街に行くつもり」
「そうですか。人間からしたら結構な日数がかかると思いますが……まぁ、貴方たちなら大丈夫でしょうね」
「……今更だけど、ここって世界地図で見たらどのへんなんだろうね」
「さぁ? ソラから見てもこの星は随分と様変わりしましたし……陸地の形や国境なんかはもうめちゃくちゃですよ」
星導はそう言いながら半分ほどドアを開け、すぐさま吹き荒れる風に目を細めた。星導の大きなシルエット越しに見える景色はもはや荒廃しきっていて、コンクリートや鉄、ガラスが風化して崩れた砂が地平線の彼方までを埋め尽くしている。
──ポストアポカリプス。終末世界。テツは昔からこういった世界観の作品が好きだったけど、いざ直面してみるとそんなに良いもんでもないなといつか呟いていたのを憶えている。
そのときは確か、この星で最後のカップルが喧嘩別れしたのを見届けたあとだった。
「では、さようなら。……生きていたら、また会いましょうね」
「……おう、生きてたらな」
「またね。るべくん」
その言葉にどこか違う意味が含められているのを分かっていながら、俺もテツもそれに気付いていないふりをした。星導もそれに納得しているようで、それ以上言及することもなく割れたコンクリートへと足を踏み出す。
「──改めて、お誕生日おめでとうございます。イッテツ」
「……うん。ありがとう!」
星導は相変わらずにこやかな笑顔を浮かべながら手を振ると、こちらに背を向けて歩いていく。灰色の風景の中でひときわ目立つ紫とオーロラの配色は、瞬く間に砂埃に攫われて消えてしまった。
テツはその後ろ姿が見えなくなったのを名残惜しそうに見つめてから、分厚いドアをゆっくりと閉め、あとには風がガラスを叩く音だけが響いている。
「……あれさぁ、るべくん多分気付いてるよね」
「…………だな」
俺とテツは廊下の途中にある寝室──といっても間に合わせの布をかき集めただけの粗末なものだが──へと入り、その専用スペースで眠っているキリンちゃんの様子を見に行く。一等柔らかくて清潔な毛布にくるまれたキリンちゃんはすやすやと可愛い寝息を立てながら健やかに眠っている。
すこしめくれた毛布をかけ直してやりながら、テツはその丸いほっぺたを指先で撫でた。
「……会わせてあげたかったなぁ。キリンちゃん、るべくんにも懐いてたし……」
「…………」
テツが寂しげに呟き、俺はそっと目を逸らす。
──最近はもう、一日のうち起きている時間より眠っている時間の方が長くなっていた。俺の燃費がやたら良くなってきた辺りから薄々気付いてはいたが、キリンちゃんの力が徐々に俺の存在を蝕んできているらしい。
こんなに可愛いキリンちゃんだが、元は海を超えた国を駆けていた尊き神獣だ。本人にその気がなかろうと、側にいるだけで人間なんかあっという間に在り方ごと変えられてしまうだろう。
けれど、俺はただの人間にしては余計なものを混ぜ込みすぎた。 このままではきっとお互いの魂を食い合ってしまう。
どれもこれも今更悔いたって仕方ない。それが俺とキリンちゃんが交わした契約なのだから。
「そういえば、今日は体の調子はどう?」
「んー……まあ、それなり? ……でもやっぱ、あんま良くねえかな」
「……そっか」
手を握っては開いて、感触を確かめてみる。血の巡りが悪い。筋肉も骨も軋んだような感触がして、上手く力が入らない。
足掻き続けてこんなところまで来てしまったが、いい加減限界が近いんだろうということはもはや言葉にするまでもなかった。
「……ごめんな。せっかくの誕生日なのに、何もしてやれなくて」
「いやいや、僕自身完全に忘れてたんだから気にしなくていいって。……それにさ、特別なことなんかしなくたって、きみといられるだけで十分だよ」
「は、欲のねーやつ……」
見慣れた笑顔とともにいつも通り差し出される手を握り返しながら、ベッドに倒れ込む。
こんなに長く起きていたのはいつぶりだろう。いつもが退屈だなんて言わないが、やっぱり古い友人と会うと疲れを忘れてつい話し込んでしまう。おかげで未だ朝方だというのに疲労と眠気が限界だ。
テツは薄いブランケットをいくつも重ねて頭から被ると、そのまま俺にぴったりくっついてきた。暖かい。いつかは俺の方がよっぽど体温が高かったのに。
「ね、リトくん」
「んー?」
「……きみが逝くときは、僕も連れてってね」
「…………うん」
「絶対、絶対だからな。置いてったりしたら容赦しないから。絶対、……僕をひとりにしないでよ」
「ふ、それが誕生日プレゼント?」
「あー……それでもいいな」
「……分かった。じゃあ、守ってやんないとな」
「約束だよ」と俺を抱き寄せるテツの声は少しだけ震えている。俺は安心させるように骨ばった背中を抱き返し、ぽんぽんと優しく叩いてやる。
これまで散々置いて行かれて来たけれど、真にひとりぼっちになったことはなかったなと今更思う。それは俺にはテツがいたからで、テツには俺がいたからだ。どちらかが先にいなくなってしまえば、その瞬間俺たちは本当の意味で世界に取り残されてしまうことになる。
文明が滅びて、人がいなくなって、煙草が買えなくなった。たったそれだけのことでも、テツにとっては残機が二度と生み出せなくなる大事件だったのだ。……本人は、それより単純に煙草が吸えなくなることの方が死活問題だと言っていたけど。
とにかく呪いに重ねて残機持ちというほとんど無限と言っていい命を持っていたテツは今、あと一度死んでしまえばそこで終わり、という状態になっている。つまり当たり前に戻っただけだ。
──もし俺の身体にいよいよ限界が来て、ついに倒れることになったとき。そのときは、テツの命をこの手で奪っていかなきゃならない。
もうずっと前から決めていたことだ。ふたりで、人類の終わりを見届けた日の夜に。
「……次にるべがここに来たとき、俺たちがいなくなってたらあいつ泣くかな」
「どうだろう。泣きはしなくても悲しんではくれるんじゃない? ……ほら、死を悼んでくれるひとは、できるだけ多い方がいいでしょ?」
「……は、それもそうかあ……」
テツの温もりがゆっくり身体を覆っていき、そろそろ眠気に抗えなくなってくる。重たい瞼を閉じて呼吸を深くすれば、すぐさま意識が暗闇の中へと沈んでいく。
この温もりを奪ってしまうというのは気が引けるが、何せ誕生日にお願いされてしまったんだ。こいつの生まれたことを祝福するためにも、それを無碍にすることなんてできやしない。
──人類で初めて罪を犯したのがアダムとイブなら、最後の罪は俺ひとりで被ることになるのか。それは、それなら──まあ、そんなに悪くない。
「てつ、」
「うん……?」
「……うまれてきてくれて、ありがとう、な」
「……どういたしまして」
ぼやけた意識の中で何と口走ったのか分からないけど、とりあえずテツは安心してくれたようだった。
不思議と死ぬこと自体はもう怖くなくて、それはきっと、どれだけ突き放そうと絶対に追いかけて来てくれるひとがいてくれたからだろう。テツがいてくれて良かった。こうして側にいてくれたのがテツで、本当に良かった。
緊張の解けた腕に包まれながらそんなことを考えて、今度こそ俺は眠りについた。
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マジで続き楽しみでした! こういう話探してたんです。もう感動しすぎて語彙力なくなってるんですけどttが寂しくなんないように最後まで一緒にいてくれるrt君が解釈一致過ぎて泣きそうです😭 rbは2人がいなくなっても悲しんでくれるけど泣かないのがrbらしくて良いなと思いました。 お互いの誕生日にこういうの書いてくださるのめっちゃ嬉しいです! これからも頑張ってください長文失礼しました。