関西圏の二支部と、神奈川支部の三支部は、精鋭部隊を設立させ、四国にある剣山へと足を踏み入れた。
「すげぇー長い橋! 海超えたのにここも日本か!?」
全員の緊張を前に、四国に通じる明石海峡大橋から、淡路島を通り、大鳴門橋を渡る、長い橋のルートで、その道中も、楽は大はしゃぎの様子を見せていた。
「おう、楽っつったな! ”橋” は “走” るなよ! アッハッハッハッハ!!」
そして、稲荷もまた、空気の読めない一人だった。
「なんだお前。何言ってんだ」
更に空気を読めないのが、楽である。
「コラ、楽! 今のはダジャレだ! ”橋” と、”走る” のハシを掛けてだな……」
焦って説明する逸見に、稲荷は手を掲げ、遮る。
「説明は不要だ。洒落と言うものは、説明されてしまったら面白くないからな」
そう言うと、グイと稲荷は楽の前に出る。
「楽、俺は京都支部の隊長、稲荷浄狗だ。今回の任務、京都部隊と行動しろ」
「は? なんで?」
「お前に……ダジャレの面白さを伝える為だッ!!!」
稲荷をどうにか出来ないと諦めた睦月は、自分も京都部隊と行動を共にすることを決めた。
剣山入り口、鳥取支部隊長、白兎桜華は全員の前に出る。
「これより、三班に分かれ行動。全体の指揮は、”愚者” との戦闘経験のある私が、執り行わせて頂きます」
白兎が前に出ると、鳥取支部の二人も前に出た。
「鳥取支部の三人を中心に、分かれて頂きます。まず、新道隊員とは、睦月さん、楽くん、稲荷隊長の四人で行動してください」
言われた通り、睦月、楽、稲荷は、新道の元へと寄った。
「続いて、副隊長、雨滝と組むのは、八幡さん以外の全員。最後に私、白兎と組むのは、八幡さんです」
その組み合わせに、流石の逸見が口を出す。
「ちょ、ちょっと待ってください! 人数の組み合わせに差がありすぎませんか……? 戦うのは “愚者” 一人のはずですよね……?」
「逸見さん」
すると、八幡が今度は口を挟んだ。
「私が説明しましょう」
そして、言われた通り、八幡は白兎に近付いた。
「この組み合わせには、それぞれに仕事があるからです。遊撃部隊、囮部隊、そして、“愚者” 本体との戦闘部隊になります」
「 “愚者” 本体……?」
そして、鳥取支部以外の全員の顔は暗くなる。
「 “愚者” は、この山の各所……いえ、ほぼ全てに、自分の分身を配置しているのです。その為、神官でさえ、この山を基地にすることが叶わなかったのです」
「そう。だから、一番人数の多い、雨滝の部隊で、その複製体の対処に当たって欲しいのです」
「では、人数の少ない隊長二人組の、白兎さんと八幡さんのお二人が、囮部隊ですか?」
「いいえ、私たちが本体との戦闘、新道さんの四人組が、囮部隊となります」
ここまでの情報について、ほぼ全員が唖然とする。
何故なら、大神官 “愚者” との戦闘は、たった二人、鳥取支部隊長と、神奈川支部隊長が行うと言う。
ならば、精鋭を精査した意味も、この大人数を集めた意味も、理解が追い付かなかった。
隊長二人であれば、複製体を撒いて、本体に辿り着くことも容易だと考えられるからだ。
「最後に一つだけ、絶対に守って欲しいルールを決めます。複製体が祝詞を唱えたら、その瞬間、唱え終わるまでにソイツの視界から外れてください。なんとしてでも」
そうして、白兎は背を向ける。
「それでは皆さん、死なないでくださいね〜」
手を振りながら、朗らかに八幡も向かった。
なんとも言えない空気感で、新道が動く。
「この人数の意味は、あと数分もすれば理解できます。それよりも、遊撃部隊は早く向かってください。我々囮部隊は、囮として、ここに残ります」
言っている意味がよく分からない中で、遊撃部隊も前進を始めた。
そして、緊張感の中、とてつもなく長く感じられた三分後、突如として “ソレ” は現れる。
「こ〜んに〜ちは〜!」
元気よく、地面からウニョウニョと出て来た人間は、強い異臭を放ち、全身にはアザや火傷の痕、虫刺されの痕が酷く残った男が現れた。
そして、新道が立ち上がる。
「皆さん、彼が “愚者” です」
睦月と稲荷は驚愕を露わにした。
「ど、どう言うことだ!? 本体とは、八幡隊長たちが戦うんだろ!? と言うか、来たなら早く臨戦態勢を取らないと……!」
焦る睦月だが、新道は微動だにしなかった。
「彼は攻撃なんてして来ませんよ」
「そうそう! 攻撃なんてしな〜い!」
新道の言葉に、”愚者” はニコニコと不気味な笑みを浮かべながら頷く。
「そしたら……コイツはなんなんだ……? さっき言っていた複製体か……?」
「いえ、複製体は山の土から作られています。コイツが、本物の “愚者” で間違いありません」
そんな問答の中、抑え切れなくなった楽が飛び出した。
「細けぇことはよく分かんねぇけどよぉ、取り敢えずコイツぶっ倒すんだろ!!」
楽は悪魔を憑依し、”愚者” に真っ向から襲い掛かる。
全く避ける気配が見られず、そのままダイレクトに、”愚者” の顔面に楽のキックは命中する。
「よっしゃ! いいのが決まったぜ!!」
勢い良く “愚者” はズルズルと地面を転がった。
「なんだ? 弱くねぇか……?」
”愚者” は、蹴られてから暫く横たわると、途端に
「痛い痛い痛い痛い〜〜〜!!!」
叫びながら思い切り笑い出した。
「アハハハハ〜、痛いの、きっもちぃ〜!!」
そして、満面の笑みを四人へと向けた。
睦月と稲荷はゴクリと唾を飲み込んだ。
流石の楽も、うげっ……、と表情に示した。
一方、遊撃部隊が移動を始めてから、沢山いると言われているはずの複製体と出会してはいなかった。
「全然……見当たらないですね……」
逸見は、不思議に辺りを見渡し、雨滝に問う。
「先程、新道から “愚者” と接触の連絡が入った。じきに辺りは複製体で溢れかえるぞ。覚悟しておけ」
「あの……今更な質問なのですが、本当に遊撃部隊にここまでの人員を割いてよかったのでしょうか……?」
すると、少し目を閉じた後、逸見に向かい合う。
「逸見くん、君、ゲームってやったことあるか?」
「ゲームですか……? まあ……少しなら……」
「俺は寺の生まれでな。あまりそう言うものに触れては来なかったんだが、学生時代に友人たちがゲームのボスキャラを前にこんなことを言っていたんだ。『ある程度ダメージを与えても回復されちまう』ってな」
「は、はあ……」
そんなやり取りの中、突如、土人形のような複製体たちが周囲を囲む様に現れた。
「早速お出ましだ……。あのな、逸見くん。俺たち遊撃部隊がこの複製体を倒せなかったら……」
睦月、稲荷、楽は、”愚者” の姿に唖然としていた。
楽に蹴られ、腫れた頬は治って行き、次第に体中を蝕んでいた傷たちも綺麗になっていく。
「複製体の数だけ、”愚者” は回復する……!」
そして、複製体たちは遊撃部隊に襲い掛かった。
「数は多いが攻撃は大したことはない! 攻撃も当たって仕舞えば簡単に倒せる! しかし、『異能攻撃』でなければ消滅はさせられない!!」
咄嗟に雨滝は全員に通告する。
しかし、逸見には一点、問題があった。
「異能でしか攻撃できないなら、何故『透明化』の神崎をこの部隊に入れたんですか……!?」
神崎も警戒しながら逸見の言葉に耳を向けた。
「彼女の役割は、攻撃を受けそうになっている仲間の救援のみだ。それに何より、彼女はアルバイトだろう……? この部隊が、これでも一番安全なんだ……!」
「この部隊が……一番安全……!?」
明らかに異常な人数なのに、逸見はその言葉と複製体の数の前に、言葉が返せなくなった。
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