楽の蹴った箇所以上に、回復をしてしまった “愚者” を前に、囮部隊は呆然と動けなくなってしまった。
「こ、コイツ……異常な回復をしたが……このまま攻撃を続けてもいいのか……? もっともっと強靭になったりしないか……?」
心配する睦月だが、新道は座ったままだった。
「攻撃してください。ここで攻撃して、回復をされたとしても、少しでも複製体の数を減らさなければ、コイツは不死も同然です」
「そ、そうか……。行きましょう……稲荷隊長! 稲荷隊長……?」
しかし、稲荷はその場でジッと蹲っていた。
「あの……稲荷隊長……?」
「ふぅ……」
一息付くと、稲荷の身体からは尋常ではないオーラが溢れられていた。
「そうか……神の力を……」
そして、一言。
「 “戦い” の時間……時間は結構、 “経ったかい” ?」
「あ、はい……。”愚者” が出現して、恐らくは五分以上は経過しているかと……」
「 “そうか” ……。俺は、”そう、羽化” が完了した……」
稲荷の止まらないダジャレと、溢れ出る異常なオーラに睦月は遂に言葉を失っていた。
そのまま、稲荷は “愚者” の前に出る。
「 “強奪” して “GO!! DUSH!!” 」
謎の決めポーズの瞬間、稲荷の拳からエネルギー体が放たれ、”愚者” へと直撃した。
しかし、”愚者” には一切のダメージが見られない。
「痛くない……。ざ〜んねん……」
痛みがなく、”愚者” も、唇を尖らせ、悲しそうな顔を浮かべた。
「睦月さん……見ててください。正直、囮部隊は稲荷隊長一人ででもいいと思っていた。その、最たるものが見られますよ……」
そう言うと、新道は自分の隣を指差した。
「僕らが加わってもあまり意味はない。別の要因としてこの部隊に入れられてますから。今は、一緒に見物でもどうですか?」
そして、睦月に向けてニコッと微笑んだ。
すると、唐突に稲荷は、自分のことを殴った。
「っくぅ〜!! 痛ってぇなぁ! 俺のパンチは!」
「な、何を……!?」
すると、腫れた頬は途端に回復してしまった。
その様子を見て、新道は笑みを浮かべる。
「稲荷隊長の異能力『強奪』は、本来『触れている対象の異能力を操る』と言うものです。が、神の力を使ったことで、あのオーラに当てられた者、すなわち、“愚者” の異能力を強奪した、と言うわけです。そして、神技により更に為せる上位の能力。それが、散りばめてある複製体で、稲荷隊長自身も回復が出来る。それにより、彼は “愚者” と同じく、ほぼ不死、と言う状態にあり、自らを攻撃することで、遊撃部隊の複製体の削減にも協力できている、と言うわけです」
黙って新道の説明を聞く睦月だが、今までの経験から、新道の笑みから、まだ何かを隠している、もしくは、何かを感情を秘めているような気がしていた。
「おい! 俺は何すればいいんだよ!!」
勝手に一人相撲を始めた稲荷を見て、楽の鼓動も高鳴る。
「おっ、そうだな! じゃあ、お前は俺を攻撃しろ! 神技を纏ってる俺は硬ぇぞ〜? 生半可なパンチじゃ、ダメージは通らないと思え! 今ここで鍛えてやるよ!」
「あ!? 言ったな!! ぶっ飛ばしてやる!!」
そして、楽は夢中で稲荷を殴り始めるが、稲荷は毛ほども痛くないような顔をして笑っていた。
その様子を見ているだけの “愚者” は、静かに、ただ静かに、涙を落としていた。
「さあ、ここからが “真の狙い” です……!」
再び、新道は不穏な笑みを浮かべる。
「ああああああああ!!!! 嫌だ嫌だ嫌だ!!! 僕を殴ってよぉぉぉぉ!!!!」
叫びながら、楽のパンチに合わせ、”愚者” は自らパンチに当たる。
そして、稲荷はまだ自らを殴ると言う、さも不思議な光景が広がっていた。
しかし、誰一人として、傷を負うことはなかった。
「ハハハ! 楽! そんなパンチじゃ、俺にも “愚者” にも、ダメージを与えられないようだな!」
「クソッ!! 悪魔の力は全開だぞ……!!」
「なら、今度はその全身に纏ってるダダ漏れのオーラを、拳に集約させてみろ。そして、一気に放つんだ!」
「クソッ! やってやる……!!」
大神官 “愚者” を殴りながらの指導と言う、前代未聞の鍛錬は、神技を纏った二人を対象にしている為、効率が非常に良く、楽はオーラの集約が徐々に高まり、いつしか稲荷を吹き飛ばせるまでに上達できていた。
「フハッ! よっしゃ! 数メートルは飛ばしたぜ!」
「やるようになったな! 楽!!」
「ねぇ〜!! 次は僕を殴ってよ〜〜!!!」
この不思議な時間が始まり、何時間が経つだろうか。
睦月は、本当にこのままでいいのかと、不安になっていた。
こんなことをしていて、大神官を倒せるのか、と。
「睦月さん……。お気持ち、お察ししますよ」
「なんだよ、急に……」
「普段、前衛で戦う僕たちにとって、『待て』の時間は、非常に長くて、無意味な様に感じます」
確信を突かれ、睦月は黙ってしまう。
「ふふっ……ふふふふ……!」
すると、新道は再び、不穏に笑い出す。
「砂丘で、僕が皆さんに演技していたこと、どう思ってますか?」
「いや、仕方のないことだな、と、今では思うよ。俺が白兎隊長の立場で、同じことをしていたかは分からないが、死人を少しでも減らしたいと思うのは、同じだ」
「そうですか……お優しいですね」
不穏な言い回しに、睦月は新道を見ると、新道は大神官を前にしていると言うのに、気持ち悪いほどに引き攣った様な笑顔を見せていた。
「睦月さん、僕ね、少しだけ、演技じゃないんです」
「え……?」
「僕と睦月さんの異能力として、この囮部隊に選ばれた理由は、『戦線離脱』及び、『連絡役』です。睦月さんの『貫通』の異能と、稲荷隊長の『強奪』の異能を組み合わせれば、四人組ならどんな窮地からでも逃げ出せることが可能、と、白兎隊長は考えています。もちろん、万が一の戦闘力としても計算の内ですけどね」
そして、上空に手を掲げる。
その手に写されていたのは、楽だった。
「僕ね……楽くんを見ていると、震えるんです……」
「新道くん……?」
「彼の鼓動が……振動が伝わって……僕の心も同じ様に昂って来てしまうんです……!」
その内、新道の周囲は、微弱な地震で震え出す。
「あぁ……あぁ……!! 心が……震える……!!」
地震は更に大きくなり、稲荷たちも異変に気付く。
「お、おい! どうした!?」
「ダメだ……抑えられない……」
そして、新道は立ち上がり、”愚者” の前に立つ。
「僕たち四人は、貴方の影、つまり、今ここにいる貴方を引き止める役としてこの場にいます。稲荷隊長が貴方の異能を奪って挑発しているのも、楽くんが二人同時に殴っているのも全て僕たちの計算の内……貴方の影を本体に戻さない為の “囮” なんです……」
「おい、新道!! 何言ってるんだ!!!」
「 “愚者” さん……貴方は僕と同じ人間だ……。常に刺激を求めている……。そうですよね……? 僕たちを貴方の本体のところへ行かせてください……。きっと……もっと素敵な刺激を与えられることを……」
そして、地面は揺れながら、バコバコバコ!! と、裂け目が入って行く。
「お約束します……!」
新道と “愚者” は、揃って満面の笑みを浮かべた。
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