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#ローファンタジー
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8-1◆正論という名の凶器◆
「どうした、音無。何か意見があるのか?」
教壇の上から、烏丸が俺に問いかける。
その声には、まだほんの少しの驚きと、そして厄介な生徒を適当にいなそうとする余裕が滲んでいた。
教室中の視線が突き刺さる。三好の嘲笑、クラスメイトの好奇心、そして久条 亜里沙の冷ややかな侮蔑。
俺はその全ての視線を正面から受け止めて、ゆっくりと口を開いた。
「はい、先生」
俺の声は、自分でも驚くほど静かで、透き通っていた。震えはもうない。
右目のレンズに表示された【虚偽:92%】という絶対的な「事実」が、俺の臆病な心を、冷たい鋼鉄の論理でコーティングしていく。
「先生のおっしゃる通り、我々は公平性を何よりも重んじるべきだ、と僕も思います」
俺は一度言葉を切り、烏丸のその胡散臭い笑顔を真っ直ぐに見据えた。
そして俺が持つ唯一の武器――「論理」という名のナイフを、彼のその偽りの鎧の、僅かな隙間へと突き立てる。
「だからこそ、お聞きしたい。喫茶店という企画は、本当に公平なのでしょうか?」
烏丸の眉が、ピクリと動く。右目の視界の隅で、彼の感情タグが【自己満足】から【疑問】へと書き換わったのを確認する。
「演劇であれば、主役と脇役という役割の大小が生まれ、不平等かもしれない。
先生はそうおっしゃいました。ですがその役割の差は、立候補やオーディション、
および練習という『努力』の過程である程度埋めることができるはずです」
俺は一歩、教壇に近づく。クラスメイトたちが息を呑む気配がする。だが構わない。
今の俺に見えているのは、スカウターが分析し続ける烏丸という「バグ」だけだ。
「しかし喫茶店は、どうです?そこでは接客の上手い、コミュニケーション能力の高い生徒が人気を集める。
容姿の優れた生徒が、自然と中心になる。それは演劇における役割分担よりも、
遥かに残酷で、そして個人の努力ではどうしようもない、
才能の不平等を、生徒たちにまざまざと見せつけるだけの舞台にはなりませんか?」
俺は、最後のとどめを刺すように、静かに告げた。
「先生のおっしゃる『本当の協調性』とは、そういう、持たざる者が持つ者の引き立て役になることを強要するそういうことだったのでしょうか」
静寂。烏丸は、何も言い返せない。口をパクパクとさせ、脂汗が玉のように額に滲んでいる。
視線が泳ぎ、チョークを握る手が小刻みに震えていた。
俺は、彼の「正論」という名の空っぽな武器を奪い取り、そしてその武器で彼の心臓を完璧に貫いたのだ。
教室の澱んだ空気が、ピシリと音を立ててひび割れていくのを、俺はただ静かに観測していた。
それはもはや、怠惰な同意の沈黙ではない。
俺が放ったたった一つの凶器が、この教室を完全に凍りつかせた結果だった。
8-2◆観測者の最初の勝利◆
俺は教壇の上の烏丸を見つめ続ける。彼の貼り付けたような笑顔は変わらない。
しかし俺の眼球に融着したレンズは、彼の内面の無様な崩壊を、リアルタイムで実況していた。
【Target: 烏丸 剛志】
【感情:自己満足】→【感情:狼狽、焦燥、恐怖】
【思考:混乱、論理の再構築に失敗】
【クラス支配率:72%】→【35% (CRITICAL DROP)】
見ろ。これが真実だ。これがあんたが隠していた、醜い本音の正体だ。
やがて凍りついた空気が溶け始める。
氷が軋むようなひそやかな囁きが、教室のあちこちから聞こえ始めた。
「マジかよ正論すぎて、何も言えねえ」
「てか、音無って、あんなに喋るやつだったんだ」
「三好も顔、真っ赤じゃん」
俺のスカウターが観測する無数の感情タグが、【嘲笑】から【驚愕】へと一斉に書き換わっていく。
完全に意表を突かれ、そして論理の逃げ道を全て塞がれた烏丸は、数秒間無様に沈黙した後、わざとらしく大きく咳払いをした。
「ごほん、まあ、色々な意見があるようだ。
この件は一度持ち帰ってまた明日、改めて話し合おう。今日のホームルームは以上だ」
それは、あまりにも分かりやすい敗北宣言だった。終業を告げるチャイムが鳴り響く。
生徒たちが、ざわめきながら教室を出ていく。
しかし俺は自分の席で身動き一つできなかった。
心臓が痛いほど速く、そして強く脈打っている。
(俺が、やったのか)
初めて、自分の一言でこの教室の「空気」を完全に支配した。
脳が焼き切れるような全能感にも似た「快感」
しかし同時に背筋が凍るような悪寒が俺を襲う。
俺はもう二度と安全な「観客席」には戻れない。
この教室の全ての人間から、異質な「脅威」として認識されてしまった。
その絶対的な恐怖。
俺は今日、ここで初めてこのくだらないゲームのプレイヤーになった。
そして同時にこの教室の1軍プレイヤーたちを敵に回したのだ。
そのあまりにも重い事実だけを噛みしめながら俺はただ一人、静かに息を殺していた。
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