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#ローファンタジー
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9-1◆敗者の遠吠え◆
生徒たちは思い思いに席を立ち、あるいはひそやかな声で先ほどの俺の「反逆」について囁き合っている。
その全ての喧騒と視線を俺はただ無感情に観測していた。
俺の視界の隅では、まだあの忌々しいウィンドウが明滅を繰り返している。
その時だった。ドン、と乱暴な音を立てて俺の机が揺れた。
見上げると、そこには顔を屈辱と怒りに真っ赤に染め上げた三好央馬が立っていた。
「おい、音無!!!」
その絞り出すような低い声には、隠しきれない震えが混じっている。
右目のレンズに映るカーストスカウターが彼のステータスを無慈悲に表示した。
【Target: 三好 央馬】
【感情:屈辱(75%)、怒り(25%)】
【脅威レベル:D+(小物)】
「調子、乗ってんじゃねえぞ、陰キャが」
三好は俺の胸ぐらを、掴まんばかりの勢いで言葉を続ける。
「てめえみてえな観客席の奨学金野郎が、少し口答えしたくれえで何かが変わると思ってんのか?ああん?」
俺は何も答えない。ただ黙って彼を見つめ返す。
その俺の無反応な態度が、彼のちっぽけな自尊心をさらに傷つけたと見えた。
「覚えてろよ、音無、必ず今日のことを後悔させてやる」
彼はそれだけを吐き捨てると、子分たちを引き連れて足早に教室を出ていった。
(奨学金野郎か)
俺は三好のその去っていく哀れな背中を見送りながら心の中で、静かに呟いた。
(後悔、それは果たしてどちらのセリフになるだろうな)
俺の視界の隅で【脅威レベル:D+】の文字がまるで虫けらのように、小さく点滅していた。
9-2◆観客席の終焉◆
放課後の喧騒が遠ざかっていく。
ほとんどの生徒が帰宅や部活のために教室を後にした。
しかし俺はまだ自分の席から一歩も動けずにいた。
顔の一部として融着したあの忌々しいウィンドウがまるで俺を嘲笑うかのように、淡い光を放ち続けている。
「音無。お前、マジですげえよ」
その静寂を破ったのは山中駿平だった。
彼はいつものような軽薄な興奮ではなく、
どこか畏怖の念が混じった真剣な眼差しで俺を見つめていた。
レンズ越しに視界が彼を捉える。
【Target: 山中駿平】
【感情:畏怖(50%)、興奮(40%)、好奇心(10%)】
【対あなたへの好感度:55 (E+) 68 (B)】
(好感度だと?馬鹿馬鹿しい)
俺は内なる舌打ちを隠しながら、無言で彼に視線を返す。
「いや、マジで! あの烏丸を正論だけで黙らせるなんて、誰もできねえって!
お前、完全に『Elysion』に喧嘩売ったぞ。いや、それだけじゃねえ。
三好だけじゃなくあの女王・久条亜里沙にもだ」
山中が一気にまくし立てる。
「久条さん、ホントにヤバいって。サトミの件だって、彼女が動いたからああなったんだろ?
今回、お前、彼女の空気を真っ向からぶち壊したんだぞ?
お前、これからどうすんだよ?もう前みたいに『観客席』で知らんぷりなんてできねえぞ」
山中のその言葉。それは俺がこの数分間、ずっと考え続けていた「問い」そのものだった。
俺は静かに窓の外へと視線を移す。
ガラスに映る、自分のその無表情な顔。
そしてその右目に重なるようにして表示される半透明のウィンドウ。
(観客席)
そうだ。俺はずっと観客だった。
安全な場所からこのくだらないゲームを見下ろし冷笑していた。
しかし今日、俺は自らその席を立った。
そしてこの忌々しい力はそんな俺を選んだ。
(もう、戻れないのか)
いや、違う。
(もう、戻りたくないんだ)
俺は自分の内なる声に気づく。
もう二度とあの無力な自分には戻りたくない。
理不尽な「空気」に、ただ流されるだけの石ころにはなりたくない。
俺は再び山中へと視線を戻した。
そして初めてほんの少しだけ口の端を上げてみせた。
「さあな。どうなるんだろうな」
その言葉は、彼への返答ではない。
この呪われた力と共に新しい戦場へと足を踏み入れることを決意した俺自身の魂への宣誓だった。
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