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「シンさん!
運び入れ、終わりました!」
「お疲れ様です。
アルテリーゼ、荷物が増えたけど大丈夫?」
ブロンズクラス数名の言葉に答え―――
ドラゴンの姿になった妻に確認を取る。
「ちゃんと固定してくれれば大丈夫じゃ。
距離もさほど無いので、ひとっ飛びで
行けるわ」
巨大な翼をバサッと広げ、準備万端を
伝えてくる。
「確かに―――
見殺しするにも後味悪いしねえ」
黒髪・セミロングのもう一人の妻が、
『運び入れられた』それらを見てつぶやく。
メルが見ているのは―――
イノシシや鹿、山猫、キツネ、フクロウその他……
山に住む普通サイズの生き物たち。
これらは全て、あのアース・モールの作った
穴の中で発見した。
モグラというのは地中の移動距離が長い。
またそのトンネルは巣穴も兼ねており、
中には食料貯蔵庫も存在する。
さらにモグラの唾液には、獲物を麻痺させる
成分が含まれていて―――
仮死状態にしたまま、保存する習性があるのだ。
だから巣穴を探索すれば、さらに食料が
確保出来ると思い探したものの……
見つけた『食料』はどれも普通サイズ。
しかも動けなくされた上、弱っている。
そして、レイド君やミリアさん、嫁2人―――
職人さんにブロンズクラスと相談の結果、
いったん公都まで持ち帰り、
パックさんに治療してもらい……
その後、逃がす事に決めたのである。
「こっちも、持てる分は持ちますんで」
「先に戻って、公都に説明しておきますね」
黒髪・短髪の褐色肌の青年が、丸眼鏡に
ライトグリーンの妻を後ろに乗せて―――
ワイバーンにまたがる。
そして飛竜は、こちらの荷物をなるべく軽く
するために、職人やブロンズクラスの装備などを
まとめた袋を……
後ろ足で器用につかんで飛び立った。
「んじゃ、ウチらも行くわ」
「お先に失礼します」
黒髪短髪のケモ耳少年が、神獣の姿になった
ルクレさんにまたがると駆け出す。
彼らも当初は『乗客箱』で移動していたが、
少しでも重量を減らすため、ある程度荷物を
持ってもらって、地上を帰ってもらう事にした。
こちら側はと言うと……
『乗客箱』はそのままなのだが、その上に
あの巨大モグラ、アース・モールを乗せて
運ぶ計画である。
安全面を何重にも考え―――
『乗客全員を乗せ、さらにその倍の重さでも
耐えられる』設計にしてもらったので、壊れる
事は無いはずだ。
「じゃあ、わらわは一緒に飛んでいくね」
透明に近いミドルショートの白い髪を持つ
氷精霊様が、目の前でふわりと浮かぶ。
しかし、私が力を使うところを間近で見ていた
事と言い、何か目の奥にからかうような―――
イタズラっぽい光が潜んでいるように思えた。
「最後の1匹、終わりました。
後は体力を回復させれば大丈夫でしょう」
公都『ヤマト』の西側富裕層地区にある、
パックさんの自宅兼病院兼研究施設で―――
運び込まれた『獲物』たちの治療が終わった事を
白銀の長髪を持つ薬師から告げられる。
「お疲れ様です。
仕事を増やして申し訳ない」
「いえいえ。
これが本職ですから、お気になさらず」
当初同行する予定だったパック夫妻は、魔狼の
陣痛が始まった事でキャンセルしていた。
「そういえば、魔狼の方は安産だったと
聞いてますが」
「ええ。女の子3人、男の子が2人―――
母子ともに健康です」
手術着のような衣装のシャンタルさんが、
キャップを脱いで、夫と同じ銀髪をなびかせ
ながら、奥から声をかけてくる。
魔狼の数え方が人間と同じ事に若干違和感を
覚えるが、いずれ人間の姿になるわけだし、
問題は無いだろう。
しかし一気に5人の子持ちかあ。
お父さんは大丈夫だろうか、と思っていると、
パックさんから改めて、『獲物』の処遇を
確認される。
「ところで、麻痺は治しましたけど……
食べるわけではないんですよね?」
「当初は食料確保のために探していたんですが、
さすがにあの姿を見たら」
偽善なのはわかっているが―――
大物は仕留められたし、小さい方は食べる気が
しないのは確かだ。
「児童預り所へ預けますか?」
シャンタルさんの提案に、私は首を左右に振り、
「それも考えましたが―――
子供たちに情が移ってしまうんじゃないかと。
なので、体力が回復したらまた、あの場所へ
持って行って逃がそうと思っています」
それもそうか、と夫妻は顔を見合わせ……
私はいったんギルド支部へ向かう事にした。
「アース・モールの出現で測量は中断。
そいつの掘った穴もあるので開拓は無理。
少し離れた場所に変更する事を提案、か。
まあそうだろうなあ」
支部長室で報告書を見ながら、ジャンさんが
独り言のように語る。
「あのトンネルも、下水道か何かに利用出来ないか
職人さんに聞いてみたッスけど」
「そんなに深く無いし、それに合わせて開拓する
事になるから、現実的ではないとの事で」
レイド夫妻も、報告の補足をするように話す。
「場所の目星が付いているのならいいだろ。
今回は邪魔が入っちまったが、まあ―――
肉と毛皮の補充だと思えば。
それで、だ」
ギルド長は報告書から目を上げると、そのまま
天井を見上げる。
そこには、ふよふよと漂う氷精霊様の姿があった。
「このお嬢さんについてだが」
事情は察しているのか、同室にいる男女も
微妙な表情になる。
本来ここで話し合うのは、私の『能力』について
知っている人間だけで、というのが前提。
そこに『彼女』がいるという事は……
「で、どこまで知っているんだ?」
ジャンさんの質問に、氷精霊様はスー、と
床に足を着け、
「まだ何も知らない。
どんな力で、どう使っているのかも。
実際に見たのは、あの白ウサギと―――
アース・モールを倒した時くらい?」
2回ともがっつり側で見ていたもんなあ。
完全に私の見落としというか失態だ。
「気付いたというか……
おかしいと思ったのはいつくらいから?」
私の方からも問い質す。
「きっかけはパックさんのところの……
『知り合い』の封印を解いたって聞いた
時かな」
「となると―――
精霊様が公都に来て間もない頃からッスかー」
「結構最初の方から怪しまれてました?」
レイド君とミリアさんが感想のように聞き返す。
「確かに、シンさんには会った頃からヘンな
感じはしてたんだ。
魔力ぜんっぜん無いしー。
でもまあ……
『こんな人間もたまには出てくるのかな?』
くらいにしか思ってなかったんだよ」
彼女はジャンさんの隣りにストン、と座る。
傍から見れば祖父と孫のような光景だが、
彼はふぅ、と軽くため息をついて、
「シンの正体を教えるのは別に構わん。
ただコレは―――
一部の者しか知っちゃいないし、また
知られてはいけない事でもある」
「人間の世界に関わる事はほとんど無いから、
そこは信用して欲しいなー」
そこで彼は白髪交じりの頭をボリボリとかくと、
私の『正体』と『能力』について説明し始めた。
「ははあ異世界人?
ほほう魔法無効化?」
理解の範囲外、といった感じで氷精霊様は
言われた単語を繰り返す。
「魔法の無効化というより―――
地球では無かった事全般の否定、ですね」
私がより正確な認識に近付けようと補足する。
このあたりは毎回説明しても、未だに納得というか
理解が得られる事が少ないのだが……
まあ異世界からすればこっちが常識外なわけだし。
「何かスゴいねー。
ある意味魔族より性質悪いじゃん」
「だろ?」
「何でそこで意気投合するんですか!?」
お爺ちゃんと孫が悪ノリでイタズラするかの
ように、息ピッタリでギルド長と氷精霊様が
意地悪そうに笑う。
「それで、この事……
どれくらいの人が知ってるの?」
「まずこの部屋にいる人間は当然知っている。
あとシンの嫁2人。
公都にいるパック夫妻―――
フェンリルのルクレセントもだ。
それと、王都の王族数名とその側近くらいか」
ジャンさんの説明に―――
ふむふむ、と少女の姿をした精霊はうなずく。
「まあそれでッスね。
事情はわかって頂けたと思うッスが」
「他言無用、でお願いします」
レイド夫妻の念押しに、氷精霊様は飲み物を
一気に飲み干して、プハッと息を吐くと、
「わかってるって。
それに、シンさんのお嫁さんの1人って
ドラゴンだったよね?
さすがにそれを怒らせるのはカンベンかな。
下手をすればさらにフェンリル追加。
そこまで面倒な事になりたくないしー」
あ、精霊でもドラゴンやフェンリルって
面倒な相手なのか。
面倒で済んでしまうところに人間とは別の、
格の違いを感じるけど。
一応合意は得られたようで、ようやく室内の
緊張が和らぐ。
「そういえばシン、お前ラミア族の住処で
水の精霊様にも会っているって話だったよな。
あちらには怪しまれてねぇのか?」
ギルド長が質問を投げてくる。
言われてみれば、氷精霊様の前に水精霊様と
会っていたっけ。
失礼な事は言われても、不審に思われた事は
無かったと思うが……
すると私より先に精霊の少女が口を開き、
「シンさんの話は水のコに聞いていたけど、
その時はかなり慌てていたっぽいし、
大丈夫だと思う」
出会いがかなりアレだったしなー、
それどころじゃ無かっただろう。
(78話 はじめての せいれい参照)
「その精霊様が、公都までやって来る可能性って
無いッスか?」
「お土産を非常に気に入っていたと聞いて
いますけど」
第二・第三の精霊が現れる事を危惧して、
次期ギルド長とその妻が一緒に問う。
「確かにシンさんの作る物―――
特に料理とかにはめっちゃ興味持っている
感じだった。
でも精霊は基本的に自分の守護する土地から
離れないし、問題ないと思う」
と、精霊本人の答えに矛盾したものを覚え、
「じゃあ氷精霊様は、どうして」
「わらわは気まぐれなの!」
まるで痛いところを突かれた子供のように、
頬をぷーっと膨らませる。
「何にしろ、情報共有はさせてもらう。
レイドとミリア、お前らはワイバーンで
王都まで伝えて来い。
後はパック夫妻と、シンの嫁2人―――
それはシンにお願いする。
ルクレセントには俺から言っておこう」
ジャンさんの指示に、それぞれが肯定の
うなずきで返す。
「そういえばシンさんの妻の2人は?」
ここでやっと同行していない事に気付いたように、
氷精霊様が聞いてくる。
「解体の手伝いに行ってます。
あのアース・モールの―――
また肉と毛皮はドーン伯爵家への献上分を除き、
この公都で消費してもらうつもりです」
あの巨大ウサギほどではないが、それなりに
量はあった。
少しは足しになるだろう。
「アレって美味しいのかなー」
「う~ん……
実は自分もモグラを食べた事はまだ」
味について審議していると部屋の主が、
「アース・モールだろ?
遠征先で一度食った事があるが……
地中に住んでいるからか、泥臭くて
食えたモンじゃなかったなあ」
「食った事あるんスか……」
「でも、今はマヨネーズやソースがありますし、
他の肉と混ぜてハンバーグにすれば」
そこへ息子・娘分の夫婦も参戦し―――
しばらく巨大モグラの食べ方について議論が
交わされた。
「では、お世話になりました!」
ドラゴンの姿になったアルテリーゼより、
一回り小さい程度の大きさのフェンリルの前で、
黒髪、やや褐色肌の犬耳をした少年が別れの
あいさつを告げる。
そして彼と一緒にいる神獣の背中には―――
大量の荷物がくくり付けられていた。
中身は大量の、ソースとプリンである。
「お土産ありがとー♪
きちんとチエゴ国に送り届けるよ」
アース・モール騒動から5日後……
当初2・3日と見られていたルクレさんと
ティーダ君の滞在は、結局長引いた。
それは、彼ら夫婦(予定)から―――
いっそ自分たちがソースとプリンの作り方を
マスターした方がいいのでは、と申し出が
あった事により、
よくドーン伯爵家の料理人に教えている
私としても……
レシピだけより実際に見てもらった方が当然、
確実で効率が良いとわかっている事もあって、
実物とともに、2人に学んで帰ってもらう事に
なったのである。
そして滞在が長引いた理由はもう1つ―――
「ワイバーンの件、助かりました。
女王も非常に感謝していたと、チエゴ国王に
お伝えください」
パックさんが心配していた事で……
ワイバーン経由で、彼らの巣で体調を崩している
幼い個体が多数いる事がわかり、
その収容のためにも、通訳である彼の存在は
不可欠であった。
それが一段落したところで―――
さすがにこれ以上の滞在は出来ないと、
帰国する運びになったのである。
「はい、それでは……」
「近いうちにまた来るでー」
フェンリルの上に乗るティーダ君。
その足元には子供たちが群がり、
「また来てねー!」
「今度はもっと長くいてねー!」
と、別れのあいさつと共に、もふもふを
堪能していた。
こうして、2人の見送りが終わった後―――
私はギルド支部へ足を向けた。
「見送りご苦労。
ちょうどみんな集まったところだ」
支部長室へ入るとギルド長の他、すでに妻2人……
そして2組の夫婦もいた。
パック夫妻にレイド夫妻だ。
(ラッチ・レムは児童預かり所)
「どうなるッスかねえ」
「まあ悪い事にはならないだろうよ。
今回の件、ティーダはワイバーンの女王にも
恩を売った事になる。
ゆくゆくはチエゴ国にもワイバーン騎士隊が
設立される望み、そのきっかけを作ったに
等しい」
結果的にだが、ティーダ君を通訳として寄越した
チエゴ国は―――
ワイバーンたちと誼を通じた事になる。
さらに通訳として重宝された事が伝えられれば、
チエゴ国としても、すぐに獣人族の派遣に
動かなければならないだろう。
「獣人族の地位向上が気に食わない人たちに
取っては、気の毒ですけどね」
ミリアさんが何やら書類を整理しながら語る。
「それにしても、しっかりした子でしたね。
あの話を聞いても落ち着いていましたし」
「年は若いけど、国家の重要な役割を果たしている
自覚があるんだろうね」
シャンタルさんの言葉に、パックさんが答える。
彼らが言っているのは―――
情報の共有についてだ。
実はあの後、ルクレさんとも氷精霊様が
私の正体について知ったという情報を
共有したのだが、
いずれルクレさんの夫となるティーダ君だけが
知らないのは、関係がギクシャクする事に
ならないかというギルド長判断で、
彼にも私の正体や能力について、共有する事に
したのである。
「まあ、その件に関しては―――
時期が来たらウィンベル王家経由で、
チエゴ国王族に連絡が行くと思う」
そこまでいくと完全に『雲の上』の話だしな……
お任せする他は無い。
「まあルクレはともかく、ティーダ君の方は
何の問題もあるまいて」
「ウン。あの子がいれば大丈夫だと思うよー」
評価高いなティーダ君。
それともルクレさんの方がアレなのか……
まあそこは深く考えないでおこう。
「そういや、アース・モールの『獲物』だが、
今どうなってる?」
ジャンさんの質問に薬師夫婦が答える。
「体力は回復しました。
いつでも元の地に戻せます」
「それに、これ以上一緒にいると―――」
お世話や面倒を見ていたのは彼らだし……
情が移ってしまったのかも知れない。
2人はチラ、と互いに視線を合わせると、
小声で
「実験用動物って少ないんだよね……」
「元気になったから、いろいろ出来ると
思うと……」
室内の全員がそれを聞こえないフリして
全力でスルーし、
「2回目の測量地点とは少し離れているし、
元いた場所でもいいと思うッス」
「ただ捕まっていた場所でもありますので、
そこに留まるかどうかまではわかりませんが」
レイド君とミリアさんが今後の予定を語る。
あの後、2回目の測量はすでに終えており―――
今は防御壁や、職人さんたちの簡易休憩施設を作る
建築資材を見繕っている最中だ。
単純に動物たちを戻すだけなら、アルテリーゼの
『乗客箱』で、行って戻って終わりだろう。
「じゃ、今日中にでも戻す?」
「準備さえしてもらえればすぐじゃぞ?」
メルとアルテリーゼが促すも、
「ま、そんなに焦らなくてもいいだろ。
そういやあのお嬢さん―――
今何してんだ?」
ギルド長が氷精霊様の事に話題を振る。
「勝手気ままに、あちこち食べ歩いて
いるそうですよ。
食事代はこちらに請求して、と各店には
お願いしてますが……
良い客寄せになっているのか、店側も
迷惑に思っていないようなのが救いです」
それを聞いた各々が苦笑する。
迷惑どころか―――
『精霊様も認める美味しさ!』
『精霊様も絶賛!』
という看板を見た時はその商魂たくましさに
感動したものだ。
「ちょっと公都は―――
人外に対して順応するのが早過ぎるだろ」
眉間にシワを寄せるジャンさんに、
「まーしゃーないッスよ」
「ドラゴン魔狼ゴーレムにラミア族―――
フェンリル・ワイバーンに今さら精霊様が
1人増えたところで」
レイド夫妻も続き、両手を広げて2人同時に
肩をすくめる。
「でもまあ―――
シンの正体をティーダ君にも話したとなると」
「ラミア族やワイバーンにも……
せめてトップには情報を共有しておいた方が
いいのではないか?」
妻2人の提案に、周囲が考え込む。
確かに今までは、下手に巻き込まれたり、
また危険視される事を恐れて情報をシャットアウト
してきたが……
友好・信頼を築いている関係者にまで、それを
ひた隠しにしているのは―――
むしろ問題があるようにも思えた。
「……そうだな。
この件は一度、関係者全員を集めて
話し合った方がいいかも知れん。
ラミア族もワイバーンも、今さら敵対など
しないだろうし―――」
となると、ラミア族はニーフォウルさんと
その妻、そして娘エイミさん……
ワイバーンは女王に代表して来てもらうか。
その後しばらく、今後の予定や方針について
話し合った後―――
私は妻2人とパック夫妻と共に、ギルド支部を
後にした。
「パックさんは、これからどうしますか?
私たちは宿屋『クラン』でお昼を頂こうかと
思っていますが」
西側の富裕層地区までは道のりが同じなので、
一緒に歩きながら話す。
「う~ん……
今は子供のワイバーンたちを預かって
いますから」
「宿屋『クラン』へ行かれるのであれば、
料理を届けてもらえるよう、手配して頂ければ
助かりますわ」
それを聞いていた妻たちも反応し、
「そっか。
風邪ひいてるワイバーンの子たちを
診ているんだっけ」
「今はどんな感じなのだ?」
彼女たちの疑問に夫妻は、
「もう容態は落ち着いてますよ。
というより、暖かくして栄養さえつければ
問題は無かったんですが……」
「彼らの巣が基本的に、洞窟のような横穴と
聞いてますからね。
病気の子供には厳しいと思いますよ」
自分も一度行った事があるが、確かにあそこは
病人がいる環境ではない。
ここに移り、しかもパック夫妻の看病を受ければ
大丈夫だろう。
そこであいさつして別れ、私たちは『クラン』への
道のりを歩く。
「あ、ラッチも児童預かり所から連れて来た方が
良かったかな?」
私が話を振ると、妻たちは少し悩む表情になり、
「それは別にいいんじゃないかな。
とゆーか、ティーダ君とルクレさん
帰っちゃったんでしょ?」
「多分今頃―――
ジークやレムと一緒に取り合いになっていると
思うぞ」
大きなぬいぐるみ担当がいなくなってしまった
からなー。
それは仕方ないか。
こうして私は妻2人と一緒に、昼食のために
目的地の宿屋へと向かった。
「……はあ、腕試し?」
「おう」
数日後―――
『ガッコウ』の再開のために、公都の人と
いろいろと準備や連絡をしていたところ、
ギルド長からの呼び出しがあった。
支部長室で話を聞くに、どうやら各地を転々と
武者修行しているような人物らしく―――
この地での実力者との手合わせを希望している、
との事らしい。
「でも、乗り気ではなさそうですね?」
いつもなら、『久しぶりの娯楽』として―――
むしろ推進する側のようなジャンさんが、
渋い表情をしている。
「だってなあ、1人だけなんだぜ?
これがせめて2人いりゃあ―――
前のラミア族との対戦のように、それなりに
盛り上げる事も出来るけどよ」
不満はそこか。
気持ちはわからなくもないけど。
「実力はどれくらいあるんですか?」
「ここに来る前に、そこそこ名のある盗賊を
倒してきたようだし、証拠もある。
だから腕前は確かだ。
名前は……イスティールとか言ってたな。
下にいる。会ってみるか?」
ギルド長に促されるがまま―――
私はその人物と会ってみる事にした。
「え!? 女性!?」
「そうですが……何か?」
私が冒険者ギルド支部・1Fの奥にある
訓練場に到着すると―――
やや外ハネしたミディアムボブの、パープルの
髪をした、160cmくらいの女性が立っていた。
年齢は20代前半から半ばくらいだろうか。
目鼻立ちはクッキリとしており、地球でいう
ところの、キャリアウーマンのような雰囲気を
漂わせる。
ただ冒険者らしく、身軽な服装の上にも防御用の
プレートを所々に装備していて……
ゲームでいうとアサシンとか盗賊の役どころが
似合いそうな人だ。
「し、失礼しました。
公都『ヤマト』冒険者ギルド支部所属―――
シルバークラス、シンと申します」
「イスティールです。
こちらこそよろしくお願いします」
こちらが頭を下げると、彼女もペコリと返礼する。
女性という事にも驚いたが……
腕試し希望という割には意外と礼儀正しく、
少し肩の力が抜ける。
「さてと、お前さんの相手なんだが……
魔狼たちは今、出産後だったり妊娠したり
しているから―――
ラミア族かドラゴン、ワイバーンでもいいか?」
「……出来れば人間でお願いしたいのですが」
意地悪そうに笑うジャンさんに、彼女は困った
声で答える。
「何だよ。腕試しに来たんじゃねーのか?」
「ここって人間の住む場所ですよね?
このギルドって人間のギルドですよね?」
困惑した表情を隠そうともせず、
イスティールさんが聞き返す。
「まあその……
魔狼やドラゴンは人間の姿になれますし。
ギルド規約にも―――
人外は登録出来ないとは書かれていないので」
「人間対人間で、しかも1回しかやらないんじゃ
地味なんだよ。
だからお前さんが景気付けに―――
ここは一つパーッとワイバーンとでも
やってもらって」
無茶苦茶な要求に頭を抱える彼女を、周囲は
生暖かい目で見つめる。
「スマンスマン。
まあ半分は冗談として―――」
「半分は本気なのですね……!?」
からかうようなギルド長の言葉に、目ざとく
イスティールさんは反応するが、彼はそのまま
続けて、
「んじゃ1回、このシンとやっとけ。
それで腕試しの基準を考えるぜ」
いきなり指名された私は戸惑うが、彼女は
そんな自分を凝視し、
「……失礼ですが、その―――
この方にはほとんど魔力が感じられないの
ですが?」
『ほとんど』ではなく『完全に』無いのだが、
ジャンさんは気にする事なく、
「あー、心配するな。
シンなら多少なら(と言わず絶対に)大丈夫だ」
「なるほど……
多少なら(ケガをさせても構わない人材)、
という事ですね?」
今なんか、2人の間で微妙な食い違いがあったと
思わなくもないが―――
と、周囲を見るといつの間にか、30人ほどの
ギャラリーとして冒険者たちが集まっていた。
「おー、シンが久しぶりにやるみたいだぞ」
「あっちのネーちゃんも強そうだが……
どうなるかねえ?」
「俺はシンに夕飯賭けるぜ」
野次馬丸出しの声があちこちから出てくる。
「はぁ……ルールは?」
ため息を付くと同時に、イスティールさんは
先を促す。
「施設を壊さない限り全力でいい。
2人とも、な」
そこで、舞台となった訓練場から冒険者たちは
離れ―――
『観客席』へと移動した。
「あなたは素手なのですか?」
「いや、そちらも素手では……」
彼女が武器を持とうとしないので、私も
そのままで対峙する。
「仕方が無いですね。
本当にケガをさせても後味が悪いですし―――
すぐに終わらせます!」
彼女が片手を掲げるように上げると、
一気に周囲の視界が白くなった。
「!?」
吹雪か!? それとも蒸気!?
しかし、温度は感じられない。
強いて言うのなら―――
これは『霧』か。
それが煙幕となり、完全に視力での認識を
奪われてしまった。
「霧、か―――
面白い魔法を使うじゃねえか」
どこからかギルド長の声が聞こえてくる。
「何だよこりゃ!?」
「くそっ、何も見えねえ!!」
「マジ何もわかんねーぞ、コレ!」
方々からギャラリーも叫ぶが、こちらからも
何も見えず―――
私はその場でしゃがみ、陸上でいうところの
クラウチングスタートのような姿勢になる。
この霧の目的……
それは100%、こちらの視覚に対する妨害。
その中での攻撃方法は2つ。
1つは遠距離攻撃。
そのために体をしゃがませ、当たる面積を
最小限にする。
2つ目はこの霧の中を気付かれないように
移動し……
遠距離攻撃が来ないようであれば、接近戦を
狙っているはず―――
「!」
そのままダッシュで前へ飛び出すと同時に、
今まで自分がいた場所で、何らかの打撃音が響く。
「魔力がほとんど無いせいか―――
居場所がつかみにくいですね」
背後からの攻撃と読んだのは当たったようだ。
打撃で気絶させ、終わらせるつもりだったに
違いない。
言っている事から推測するに、魔力感知で
こちらの位置は把握している……
と思い込んでいるのだろう。
(だって自分魔力無いし)
超スピードならカルベルクさんと戦った事も
あるが―――
(31話 はじめての あふたーけあ参照)
これはどうしたものか……
と、そこでジャンさんから指示が入る。
「おーい、シン。
ちょっと中断してくれ」
「! 棄権するのですか?」
その言葉にイスティールさんが反応する。
「ああいや、そうじゃなくてだな……
とにかくシン、中断だ」
「ですから試合放棄ですよね?」
何やら声だけで、彼女と言い合っているのが
聞こえてくるが……
ラチが明かないと判断し、『能力』の
スタンバイに入る。
霧とは、微細な水滴が大気中に飽和状態で
浮遊し―――
ガスのように視界を遮るもの。
しかし、温度などの気象条件が必要であり……
「水も冷暖も無く霧が突然現れる事など、
・・・・・
あり得ない」
小声でつぶやくと同時に、文字通り一気に霧が
『晴れた』。
「え!? は!?」
急に霧が消滅した事で、彼女は周囲を
キョロキョロと見回していたが、
「あー、ちょっと応接室で話そう。
シンも来てくれ」
「あ……はい」
「わ、わかりました」
こうして対戦者はギルド長に連れられ、
3人は訓練場から姿を消し―――
後には『やっぱり霧、シンが消したのかな』
『何かつまんねーなー』『ギルド長が止めたから
勝敗はついてないよな?』と、不満そうな
ギャラリーだけが残った。