テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
花斗の手に重ねて、壱月が操縦レバーを握っている。
その少し離れた横で、私はパイロットさんと並んでふたりを見守っていた。
彼はどうやら、壱月の後輩らしい。
先ほど壱月を見て、『キャップが入るなら僕は必要ないですね』と、機械をスタートさせ、そのまま見守る体勢に入ったのだ。
シュミレーターがスタートすると、どうやら椅子が振動するらしく、花斗は「うわ」とか「わぁ」と声をもらしていた。
しかし、画面に地上が見えてくると、その目付きは真剣なものになる。
「いくぞって言ったら、一緒にレバーを動かす。いいな」
壱月のその言葉に、頷くだけで返事をした花斗は、両手でレバーをしっかり握っている。
それだけ見ていれば、とても微笑ましいのだけれど――。
私は先ほど、壱月がブースに入ってきた時のことを思い出してしまい、顔が火照っていた。
先壱月が現れた瞬間に驚きの声をあげた彼の後輩は、私たちと壱月を交互に見て、それから指でハートをつくり小首を傾げた。
それを見た壱月は私の肩を抱き寄せて「恋人だ」と宣言したのだから、むず痒くて仕方ない。
今も、隣から好奇の視線を浴びているようで、なんだか居たたまれなくなる。
「無事、着陸成功です」
壱月の声に「やった!」と大きくガッツポーズを决めた花斗は、こちらに満面の笑みを向ける。
そして、シュミレーターから降りると私の足元に寄ってきた。
「ママ、みてた? すごかったでしょ!」
「うん、とってもすごかった!」
意識が完全に隣に持っていかれていたとは言えず、笑顔を浮かべてそう言うと、渾身のドヤ顔が返ってくる。
壱月と彼の後輩は、そんな私と花斗の隣で、なにやらコソコソと話していた。
業務連絡かと思いきや、急に壱月が放った大きな一言に、私はぴくんと肩を揺らした。
「不倫なんてするわけないだろう!」
壱月ははっとした顔をすると、こちらに気付いて「ごめん」と肩を竦める。
「え、でも、素敵な奥さまとお子さんじゃないっすかぁ」
「だから、俺の恋人。彼女は独り身なの」
「ああ……」
納得したのかしていないのか、後輩はこちらにじっと視線を向けている。
その視線があまり心地よくなくて、私はキョトンとこちらを見上げる花斗の頭を意味もなく撫でた。
すると後輩の彼は、突然手を打ち合わせて、それから人差し指を花斗に向けた。
「思い出した! キャプテンにぶつかった子だ!」
そうか、あの時……。
壱月と二度目の再会となったあの時。
壱月を引き止めてしまったあの時。
『キャプテン、先行っちゃいますよ?』
そう言って壱月を急かしたのは、彼だったんだ。
「僕、海野キャプテンの後輩で、副操縦士の袴田っていいます。……そうか、あの時キャップは〝運命の出会い〟をしてたんっすね!」
袴田さんはそう言って私に笑いかける。
私は彼に愛想笑いを返した。
だって、あの時は〝運命の出会い〟とは思わなかったから。むしろ、〝最悪の再会〟とすら思った。
だけれど今は、それも運命に思えてしまうから不思議だ。
「こりゃ、CAたちは泣いちゃいますね」
「へ?」
キョトンとする私に、袴田さんは続けた。
「歴代ふたり目の我が社の最年少機長、しかもイケメン! それに抜かりない安全面への配慮。これは社内イチで、僕も尊敬してるんですよ。まあ、ご両親があんなことになったらそうなりますよね……。まぁ、そんなわけで、海野キャップは男女問わず人気な訳なのですが――」
「おい、もういいだろ……」
まだ話が続きそうな袴田さんを、壱月が声で制した。
ふと見れば、壱月は花斗を抱っこし、こちらに怪訝な視線を送っている。
そしてその隣の花斗頭の上には、疑問符が三つほど浮かんでいた。
袴田さんはへへっと笑いながら、「すみません」と頭を掻く。
「ま、そんな感じなんで……よろしくお願いします、奥さん」
ポンッと袴田さんが私の肩に手を置く。
奥さん……!
袴田さんの言葉にドキッとしたのに、その次の壱月の言葉で私の頬はさらに熱を上げる。
「気安く触るな」
壱月がそう言って、袴田さんを睨んだのだ。
袴田さんは「おおっ!」とニヤニヤを浮かべる。
壱月はそれを無視して、「行くぞ」と私の手をとり、さっさとブースから出て行く。
その頬は、心なしか赤い気がする。
それで、私はなんだか嬉しくなる。
「ママ、なんのおはなし?」
私の少し前を歩く壱月に抱っこされたまま、花斗がこちらにひょっこりと頭だけ出して聞いてくる。
「あー……壱月はかっこいいパイロットさんだって話」
私は適当にごまかしたつもりだが、壱月は耳まで赤くなる。
「いつき、かっこいい!」
花斗は無邪気に笑って、壱月の首元にぎゅっと抱きつく。
私の手を握る壱月の手は、少しだけ汗ばんでいた。
35
67
44
コメント
1件
うわあ、今回も良い意味でニヤニヤが止まらなかったわ…!壱月が後輩に「恋人だ」って宣言するところとか、袴田さんの「奥さん」呼びに「気安く触るな」ってガチギレ寸前で牽制するとか、もう独占欲全開じゃん🔥 花斗が「いつき、かっこいい!」って抱きつくシーンで家族感が一気に増したのも最高だった。壱月の耳が赤くなる描写、大好きです。