テラーノベル
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藤白りいな…お転婆で学校のマドンナ。天然で、先輩や後輩など学校のほぼすべての人が名前を知ってる。
はるきと付き合ってる。海と仲が良いが、最近結構意識してる
天童はるき…ツンデレの神。りいなのことが大好きだが、軽く、好きなど言えない。嫉妬深い。
男子と仲のいいりいなが誰かにとられないかと心配してる。海に嫉妬中!
佐藤海(かい)…りいなのことが昔から好き。りいなと好きなど軽く言い合える仲。
結構チャラめ(?)デートなどはゲームだと思ってる
月下すず…美人だがなぜかモテない。はるきと海の幼馴染。りいなのことは好きだが、嫉妬中(?)
はるきと海のことが気になってるが、どちらかというとはるきのほうが好きらしい(?)
―昼食と、歩き出すふたり―
昼下がり、遊園地の中でも少し落ち着いたレストラン。 店内は白い木目とガラス張りの窓が映えるデザインで、外の観覧車がゆっくり回るのが見える。
「この席でいい?」 すずが店員に丁寧に声をかけて、4人席に案内される。
すずは、特に目線を使わずにスッとはるきの隣に座る。 「りいなは隣が海くん、だよね」 軽い声。だけどどこか、意図を込めた配置。
海は当然のようにりいなの隣に座り、メニューを開いた。 「りいな、ハンバーグ好きだっけ? それか、焼きチーズカレーとかいってそう」 「どっちも食べたいって言ったら半分くれる?」
「いいよ。口移しもオプションで」
「やめろ。ここ公共の場!」
笑い声がテーブルの片側で弾ける。 一方、すずとはるき側はまだ静かだった。
すずは、はるきの方を見ずにメニューをめくる。
「ねえ、天童くんは…私の隣、嫌じゃなかった?」 「別に。席があったから座っただけだし」
そう言いながらも、はるきの瞳はメニューにだけ向いていて、すずの方へは一度も向けられていない。
しばらくして、注文が済み、料理が運ばれるまでの沈黙が訪れる。
海は、自分のスマホをテーブルに置いて、画面を見せながら言った。
「今日のスコア記録、見て。りいな、絶対反応いいんだよね。撃つタイミング、完璧だったよ」
「それは…海のサポートあってのことかな」 「おっ、そう言われると…支えてよかったってなるね」
海が、りいなの肩にそっと肘で触れる。 はるきがそのやりとりを一瞬だけ見る。そして、スプーンを静かに皿に置いた。
すずはその仕草を見て、立ち上がる。
「ドリンクバー行こ。はるきくん、一緒にいい?」
「……別に。行こうか」
2人が立ち、レストランの奥へ進んでいく。 りいなは、海に視線を向ける。
「すずって、強いね。はるきのこと…たぶん本気だよ」
「そうだね。でも、俺は強さよりも“頼ってくれる人”に弱いのかも」
「ふぅん、じゃあ、私が泣いたら、どうなるの?」 「もう、“全力で守るモード”になるね。自動起動」
2人で笑い合う。その声が、すずの耳にも少しだけ届いていた。
ドリンクバーの前で、すずが紙カップを取る手を止め、静かに言った。
「私、今でも信じてる。りいなちゃんのことが好きな天童くんが、本当はちゃんとここにいるって」
はるきは、カップに注いだ炭酸が泡立つのを見つめたまま言った。
「……いるよ。ずっと。消えたわけじゃない。ただ、もう前みたいに…言える場所がないだけ」
すずはカップを指先でなぞりながら、そっと言う。
「じゃあ、私がその“言える場所”になれたら、嬉しいなって思ってる。…強がりじゃなくて、本気で」
2人の手が、カップの上でふと重なった。 その瞬間だけ、遊園地の賑やかさが遠くなる。
―交差する視線、収縮する世界―
料理が運ばれてしばらくして、テーブルに沈黙が降りる。 音と匂いが満ちる空間で、それぞれがスプーンを口に運ぶ。だけど、気持ちはどこか遠くを漂っていた。
りいながポークハンバーグのソースにフォークを沈めながら言う。
「海ってさ、喋るといつも空気変わるよね。なんていうか…“海っぽい”って感じ」 「褒めてる?」 「うーん。ちょっとズルい感じ?安心させるのに、本心は見えにくいっていうか」
海は一瞬箸を止める。そして、茶碗の縁を指でなぞりながら答えた。
「そう言うの、りいなだけだよ。俺のこと…ちょっと見破ってる感じする」
「見破ってないよ。私のほうがずっと…隠れてるかも」
テーブルに紙ナプキンが落ちる。りいなが拾おうと手を伸ばすと、海の指が先に触れた。 ふいに、2人の手が少し重なる。
「ごめん、つい」 「…ありがとう。なんか、こういうの、嬉しい」
りいなの声が少し細くなる。 海は何も言わずに、少しだけ自分の椅子を動かす。りいなとの距離が、ほんの数センチ近づく。
その時、すずたちがまだ戻らないことに気づいた海が言う。
「ちょっと、外…見てみる?観覧車が動いてるの、近くで見えると意外と綺麗なんだ」
「うん…行こっか」 2人は店員に軽く会釈して、レストランの外のテラスへと向かう。
テラスからさらに奥、植え込みの向こうにあるベンチ。 観覧車の柱が近くに迫り、木々が音を遮ってくれるような“個室の外”がそこにあった。
りいながベンチに座る。海も隣に腰掛けるけれど、すぐには言葉を発さない。
観覧車がゆっくりと空をなぞる音。風が髪を揺らす。
「この時間、ずっと続いたらいいのに」 海がぽつりと呟く。
「ほんとに…?」 「りいなといる時だけ、そう思うからさ」
りいなが目を伏せる。けれど海の言葉にふっと肩がゆるむ。
「ねえ、海。遊園地って、いっぱい人がいるのに…今ここだけ、ふたりだね」
「個室、ってことかな。俺の中では、ずっと前からりいな専用だったけど」
その言葉が、胸の奥を静かに鳴らす。
「わたしも、誰にも言ってないけど…たぶん、海のことが、ちゃんと好き」
海が少し驚いたような笑顔を見せる。そして、小さく頷く。
「それ、聞けてよかった。俺も同じ。好きだよ、ちゃんと。ふざけたのじゃなくて、本気で」
ふたりの肩が触れる。観覧車の回転音が遠くで続いている。 だけど今、世界の中心はここだった。
観覧車の搭乗口に向かう途中、はるきの足が止まる。 植え込みの奥、ベンチに並んで座る2人の姿――りいなと海――が、風景の一部のように静かにそこにあった。
海の言葉は聞こえない。でも、その表情と、りいながうなずいた瞬間の空気の揺れだけで、十分だった。
はるきは何も言わず、ただ少しだけ顔を背けて歩き出す。 手には、さっきドリンクバーで入れた炭酸がまだ残っている。けれどその泡は、すでに消えていた。
すずは少し遅れてはるきを追いかけ、ようやく気づく。 いつもより、肩が沈んでいる。言葉がない。
「天童くん、なんかあった?」 「いや、別に。ちょっと…喉が渇いてただけ」
それは、すずには嘘だとわかった。 でも、問い詰めはしない。ただ、横に並んで歩く。
「私ね、さっき言ったこと……本気だから。りいなちゃんのことを思う天童くんが、ちゃんとここにいるって、信じてる」
はるきは黙って、観覧車の方を見た。遠くでゆっくりまわっている。
「俺だけが止まってるみたいだな。なんか、動き出すタイミング…見失った感じ」
すずは立ち止まる。そして、軽く笑って言う。
「じゃあ、私が“動き出すきっかけ係”やる。次、乗るの、私たちね。ペアで」
はるきが驚いた顔をする。
「え、俺たち?」 「うん。海くんとりいなちゃんは…もういい感じだから。ほっとこ」
沈黙が訪れる。だけど、はるきの目が少しだけ笑う。
「じゃあ…ちょっと、頼ってもいい?」 「ずっと頼って。私、強く見えるようにしてるけど…ホントは、近くに誰かいてくれないと、進めないタイプだから」
すずが、はるきのカップから少しだけ炭酸をもらって飲む。 「苦いね」 「炭酸、抜けたからな」
2人が笑い合う。そして、観覧車のチケットを手に、静かに乗り場へと向かう。
―誰にも聞こえない、小さな箱舟の中―
観覧車のゴンドラがゆっくりと地面を離れていく。 すずとはるきが向かい合う。外の景色は広がっているのに、ゴンドラの中だけが静かで、世界から切り離されたようだった。
「やっぱ、ここ…高いね」 すずが窓から遠くの遊園地を眺めながら言う。
「怖くない?」 「ううん。でも、落ちたら…どうしようってちょっと考えちゃう」
はるきは少し笑う。
「そういうの、りいなも言いそうだな」 その名前を出した瞬間、ゴンドラの空気がすこしだけ軋む。
すずが視線を戻す。
「…さっき、見てたよね。ふたりがベンチにいたの」
「うん。偶然、見えた」
「りいなちゃんのこと…まだ好き?」
しばらく沈黙。
観覧車が一番高い場所に近づく。風がゆっくり窓を撫でる。
「…好きだよ。ずっと。ていうか、あきらめようとしたこと、あんまりない。言わないだけで」
すずは目を伏せながら、手元にあるバッグをぎゅっと握る。
「私といるほうが…楽かなって思った。でも、今のはるきくん見てたら、なんか違うってわかった」
はるきの瞳が、少しだけ潤むように見える。
「すずといると、気を使わないで喋れるし、めちゃくちゃありがたい。でも…自然体でいられるのは、たぶん、りいなといるときなんだ。安心するっていうか…そこにいるだけで空気が合うって思える」
「りいなちゃんが、“海くん好き”って言ったの、聞こえてた?」 「うん。でも、それでも…あきらめられないんだ。俺、ちゃんと好きだったし、今も好き。…それだけは嘘じゃない」
ゴンドラが頂上を越え、ゆっくりと降下を始める。 すずが涙は見せずに、静かに言う。
「じゃあ、私は…これ以上は踏み込まない。隣にいることだけでいい」
「それ、たぶん俺…めちゃくちゃ救われてる」
ゴンドラの中に、深い呼吸が戻る。
観覧車のゴンドラがふたりを乗せたまま降りていく頃、りいなは小さな自販機の影でペットボトルのフタを閉めていた。
そのとき、不意にすずの声が耳に届いた。 観覧車のすぐ脇、乗り場の柵越しに、すずとはるきが並んで座っているのが見えた。
風に乗って届いたのは、はるきの声。
「…でも、自然体でいられるのは、りいなといるときなんだ。あきらめられないんだ、ちゃんと好き」
その言葉の音が、りいなの胸にすとんと落ちる。 笑ってた顔がふっと止まり、視線が動かなくなる。
“今さら、そんなふうに言うんだ” “でも、それでも……嬉しいって思ってしまう私は、ずるい”
自分でもわからない気持ちが、胸の真ん中でゆっくり渦を巻いていた。
観覧車の出口で、4人が再び顔を合わせた。 海が軽く手を挙げて言う。
「おかえりー!すず、顔赤くない?高所恐怖症だった?」 「ちがうし。ちょっと…喋りすぎただけ」
はるきはりいなに目を向けるけれど、りいなは海のほうを見て、小さく微笑んだ。
「次、どこ行く?ジェットコースターは…無理?」 「いや、俺は全然いける。りいなが乗るなら、俺も乗る」 海がふざけるように言う。はるきは、その掛け合いを見て、少しだけ距離を取って歩き出す。
すずがその背中に目をやる。 「じゃあ、ジェットコースターで決まり?…4人で」 りいながその声に返事をする。だけど、心の中では、さっき聞いてしまった“好き”が、まだ響いていた。
“あの言葉だけで、また…揺れるんだ。やっぱり、私もはるきのこと…”
乗り場で、スタッフが声を上げる。
「4人組のお客様、こちらにどうぞ~」
2人ずつ並べる仕様。誰が誰と並ぶか――一瞬の迷いのなか、海が自然なテンポで言う。
「俺、りいなと乗りたいな。叫ぶのも笑うのも、りいなが隣だと倍楽しいから」
りいなは一瞬ためらう。でも、顔には軽い笑みを乗せて、そっと「うん」と答えた。
すずは何も言わず、はるきを振り返る。 はるきは少し迷っているような顔で、でも何も言わず、すずの隣に並ぶ。
「じゃあ、こういう組み合わせでいこう」 スタッフの案内に4人が乗り込み、それぞれのペアでシートベルトが締まる。
ジェットコースターのチェーン音が響く。 カタン、カタン。ゆっくりと頂上に向かって上がっていく。
りいなと海は隣同士。風がじわじわと強くなり、空が近づいてくる。
りいなは少し身を縮めて、腕を抱えるようにしながら言う。
「…こわい、こわい。死んじゃうかも…」 声が震えてるようで、でもどこか笑ってるようでもある。
海が振り向く。
「え、急に弱気じゃん。大丈夫、ちゃんと安全バーついてるし」 「それじゃ足りないってば…ねえ、海…」
りいなが顔を海の方に向ける。眉がほんの少しだけ下がってて、目元が揺れてる。
「手、つないでいい?」 小さな声。だけど、しっかり届く声。
海は一瞬驚いたようにして、それから静かに手を差し出す。
「もちろん。むしろずっと握ってていいよ」 「じゃあ…死ぬときは、一緒によろしく」 「それフラグすぎるからやめよう?」
2人の手がしっかり絡んで、暖かさが指先から広がる。 その瞬間、りいなの顔に少しだけ安堵が浮かぶ。
「…ありがと。これで、落ちても怖くない…ちょっとだけね」
海は何も言わずに、指先にすこしだけ力をこめた。
ジェットコースターが停止し、安全バーが解除される。 降りた瞬間、はるきは無言で一歩前へ。すずはその背中に静かに視線を送る。
2人が並んで歩きながら、ほんの少しだけ距離が空いていた。 でも、すずがその距離を一歩で詰める。
「ねえ、天童くん。さっき、叫んでたときの顔…ちょっとだけ笑ってた気がする」 「……そっかな」
「りいなちゃんのこと思い出してた?」 はるきは立ち止まる。遊園地の風が、その間だけふたりを包む。
「思い出したっていうより、たぶんずっと…いる。心の中に」
すずは頷いて、無理に笑うことはしなかった。
「うん。わかってた。ジェットコースターの途中で、手つないでたでしょ。りいなちゃんと海くん」 「見えたんだ」
「見えてなくても、わかるよ。あれが、海くんじゃなくて、天童くんだったら…りいなちゃん、もっと安心して笑ってたんじゃないかなって思った」
はるきは少し俯いて言う。
「すずの優しさってさ……いつも俺、もったいないなって思う」
「優しくしてるわけじゃないよ。自分が、誰かから優しくされたら嬉しいって知ってるだけ」
すずは歩き出す。そしてふいに、背中越しに言う。
「でもね、私、今日だけはちょっと悲しい。隣にいたけど、手、つないでって言われなかったから」
はるきがその背中を見て、追いついていく。
「ごめん……たぶん、俺が“隣にいたかった人”を、間違えたから」
「ううん。間違えてないよ。“今の気持ち”に正直だっただけ」
2人が少しだけ並んで、沈黙のまま次のエリアへ歩き出す。 言葉は消えていたけど、心はまだ、ジェットコースターの空を引きずっていた。
ジェットコースターのあと、海が「ちょっと休憩しよ」と言って連れてきたのは、遊園地の裏手にあるフォトスポット横の小さな物陰。 木の影が差し込んで、他の客の気配はほとんどなかった。
りいながちょっと疲れた顔でベンチに座ると、海は隣に腰かけて言った。
「ほら。さっきの絶叫で“魂抜けた顔”になってたから、補修タイムね」 「ひど。魂はギリ残ってるし…たぶん」 「よし、じゃあ復元には“笑顔”が必要です」
海がスマホのカメラを起動して、りいなに向ける。
「撮るから、いい顔して」
「え、無理!変顔しかできん!」
「じゃあ変顔でも全然いい。俺のロック画面にするから」 「やめて。プライバシー!」
ふたりが笑い合う。 海がスマホを下ろして、急に真面目な顔になる。
「でもさ、さっき手つないだとき…たぶん俺、“一生守るモード”に切り替わってた気がする」
りいなは目を丸くする。
「なにそれ。中二病?」 「うん。発症はりいなの“こわい”って声。あれ効いた」
りいなが頬をほんのり赤く染めて、海の肩に頭をコテンと預ける。 「じゃあ、その“守るモード”、今日だけじゃなくて続けてもらえると…助かるかも」
「任せろ。年単位で継続契約していい?」
「とりあえず1か月お試しで」 「えっ、サブスクなの!?じゃあ毎日笑わせるね。初月無料で」 「じゃあ今から、その笑わせる義務、果たして?」
海がふいにりいなの手をとって、指先をツンツンと突いた。
「くすぐりOK?イチャつきレベル1いきます」 「いやだ!逃げる!」
りいなが立ち上がろうとするけど、海が後ろから軽く引き戻す。 2人の距離が急に縮まって、目が合う。
「りいなってさ、叫んでも泣いても…なんか、俺の“かわいい”センサーが全部反応しちゃう」 「ちょっとそれ反則。私、照れてなんも言えんじゃん」
海が微笑んで、りいなの頬に指先で軽く触れる。
「照れてる顔もロック画面にします」 「やめろーー!ほんとにやめろーー!」
2人の笑い声が、誰もいない小さな空間で風に溶けていった。
観覧車の隣の広場。色とりどりの花壇の前で、海とりいなが並んで立っていた。 りいながスマホをかざして、自撮りモードでふざけながら笑う。
「はい、あほ顔大会~。海、変顔して!」 「まかせろ。じゃあ“朝起きて枕がない顔”いきます」 「それ、伝わりにくいし!……うける~!」
りいなが手で口元を隠して、くしゃっと笑う。 海がその顔に目をとめて、言う。
「今の顔、もらった。ほんとの“好き”の顔だったね」 「ちょ、照れるやつ~!記録禁止!」
2人の声が軽やかに響く。 けれど、少し離れたところで、その声にだけ反応している人がいた。
天童はるき。
花壇の柵越しに立ち止まって、あえて視線を向けないようにしていた。 それでも、りいなの笑い声が耳に届くたび、胸の奥がきゅっと揺れる。
“ああいう笑い方…俺の隣でもしてたよな” “ていうか、あれって……俺だけに見せてた顔だと思ってた”
すずが横からそっと覗く。
「ねえ、どうしたの?顔……ちょっとさみしそう」
はるきは言葉をすぐには返さない。 そして、ぽつりと呟いた。
「……あきらめようって思ってたけど、さっきの顔見たらさ…やっぱ無理かもって、思った」
すずは黙る。 けれど、その沈黙には、ちゃんと「わかってるよ」の温度が滲んでいた。
「もう、“海のもの”ってわかってるはずなのにな。けど…あの顔、見るだけで…安心するんだよ。俺、まだ…好きなんだなって」
すずが小さく微笑んだ。
「うん。それでいい。今は“好き”って言えることが、いちばん強いから」
はるきは目を伏せて、苦笑した。
「俺、強くなるのはまだ先かも。でも…隣じゃなくても、りいなが笑ってるだけで、ちょっと助かる」
遠くでは、りいなが海の腕を無邪気に引っぱって次のエリアへと向かっていく。 その背中に、はるきの目は一瞬だけ――追っていた。
次のエリアへ向かう途中。 海がりいなを案内するように、手で地図を指している。
「このあと、メリーゴーランド行こ?すずが乗りたいって言ってたし」 「いいね。あれ、夜に乗るとロマンチックなんだよ」
りいなが、ふっと目を上げる。 ふとした瞬間、通路の向こうにある花壇の脇――そこに立つひとりの影を見つける。
はるき。
視線を伏せているはずなのに、りいなにははるきの視線が、風の向きみたいにわかってしまった。
「……あ」
りいなの足が止まる。 海が気づいて振り返る。
「どうした?」
りいなは答えず、小さく首を振る。 でも、その瞳は――見てしまっていた。
はるきの目。追ってきた目。何かを堪えようとする目。
まるで言葉を持たない叫びが、空気の隙間からりいなに届いたようだった。
「……今、見た?」
すずが後ろからそっと問いかける。 りいなはうつむく。
「ううん……見てないよ、って言いたかったけど…」
手に持っていたペットボトルが、すこしだけ揺れる。
「顔、してた。言葉じゃないけど…“好きです”って書いてあったみたいな顔。…困るよ。あんな顔…」
海が一歩近づく。 でも、すずはその動きを止めるように、そっと腕を伸ばす。
「りいなは優しいから、あの顔に、返事をしようとするんだよね」 「……返事なんて、できないのに」
ほんの数秒の視線の交差が、りいなの心をまた揺らす。 はるきはもう視線を外していた。けれど、もう遅い。りいなは見てしまった。
その目のなかに、まだ終わっていない何かがあったことを――。
りいなが、はるきの視線の余韻に揺れながら、すずと海とともに立ち尽くしていた。 そのとき――背後から。
「……りいな?」
静かだけど、確かに響く声。 振り向くと、そこにいたのは――藤堂律(とうどう りつ)。
小学校でずっと仲がよかった男の子。 習い事が同じだったこともあり、下校の道すがら、一緒に“空想で世界を救うごっこ”とかしていた。中学では進学が分かれて、そのまま疎遠になっていた。
「……律くん?」
りいなが瞬きする。 律は少し照れたように笑う。
「今日、ここ部活の打ち上げで来てて。まさか、りいなに会えるなんて思ってなかったけど……声、すぐわかった」
「え?わたし、叫んでた?」
「うん。観覧車のとこで。昔みたいな声だったよ。無邪気で、真っすぐで……懐かしかった」
律の言葉が、りいなの胸の奥をすっと撫でた。 なんでもない言葉なのに、それが不思議と、さっきはるきに感じた痛みに、ふわっと薬みたいに効いてくる。
「律くんってさ……いつもわたしの“素”を見てたよね」
律は小さくうなずいた。
「だって、それがいちばん面白かったし。……今も変わってないなって思った。叫ぶときの声、昔と一緒だった」
すずと海が少しだけ距離を置くように、そっと離れている。 はるきも、遠くから――りいなと律の再会を目にしていた。
「いま、“物語”の途中なの?」 「うん。ちょっと迷ってるんだ、主人公としては」
律は笑った。
「なら、脇役として応援するよ。小学生の頃の“味方”としてね」
りいなの目がふっと潤む。 そのとき、風が吹いた。さっきペットボトルの水をまいていた“冗談の風”とは違う、記憶の奥から吹いてくる本当の風。
どこか遠くで、誰かが観覧車のシャッターを切る音が聞こえた。
律が微笑んだまま、りいなに「味方だったよ」と言う。 その言葉にりいなの目が揺れ、律は立ち去るように周囲に手を振った。
そのとき――
「りいな!」
鋭い声。迷いのない声。 視線の先で、はるきが動いていた。
すずも、海も、その声に目を向けた。
はるきは歩いてくる。けれど、走らない。 その歩幅は決意と不安の混ざった速度だった。
りいなは動けない。 律の余韻がまだ心に残っていたのに、はるきの声が全部を塗り替えてくる。
「……ごめん、今、邪魔するのわかってたけど」 「ううん……聞いてる」
はるきは息を整えるように一度だけ視線を落としたあと、りいなを見る。
「俺……やっぱり、ちゃんと言いたくて」 「なにを……?」
「俺、好きだった。ずっと、りいなが。だけど、どうしても“言わない方がいい”って決めつけてた。自分の気持ちを、誰かの空気の中で勝手に抑えた」
りいなの目が、大きくなる。
「さっきの笑顔、見た瞬間……ああ、やっぱり無理だって、思った。抑えるの、向いてなかった。言わないと、次に進めないと思った。だから……言わせて」
沈黙。 けれど、その沈黙は重くなく、むしろ空気を研ぎ澄ませていく。
「好きです。今でも、たぶん、ずっと」
りいなは、まばたきを忘れていた。 律の温度と、はるきの熱。2つの“言葉”が今、心の中でぶつかる。
近くの木が、ざわっと鳴った。風が一歩強くなったみたいだった。
すずが、そっとりいなの腕に触れる。
「選ばなくていい。揺れてるなら、揺れてていいよ」 りいなは、小さくうなずく。
はるきの告白が終わり、場は一瞬だけ静かになっていた。 りいなは答えないまま、自分の揺れを抱えていた。
そのとき、海が前に出た。 いつもの柔らかい笑みを浮かべながら、でもその目は笑っていない。
「俺さ……ずっと、“りいなを笑わせたい”って思ってきた。悲しそうな顔を見るのが、たまらなくて。だから、楽しいことばっか提案してた」
すずが、息を飲む。 海の“本音”を初めて聞いたような顔をして。
りいなは、ただ、黙っていた。
「でも、今日のりいな……なんか違った。 笑ってるけど、どこか遠い。俺のギャグじゃ届いてないっていうか」
海は、少しだけ自嘲気味に笑った。
「さっき、はるきが“好き”って言っただろ。俺も聞いてて……なにしてんだよって思った。でもさ……俺も“何か言いたい”って気づいた。それが悔しくて、情けなくて――でも、止まらなかった」
りいなが顔を上げる。 海は言う。
「俺は、はるきみたいにまっすぐ言えない。律みたいに懐かしさで寄り添うこともできない。 でも……俺は“今のりいな”が好きなんだ。揺れてても、迷ってても、それごと好き」
はるきが小さく目を伏せる。 律はすでに去っている。
「だから、教えて。俺は、どうしたらいい? “好きです”って言うことしか、もう俺にできないなら――それでも隣にいていい?」
風がまた吹いた。今度は、りいなの髪を軽く撫でるような優しい風だった。
海が「どうしたらいい?」と問いかけ、場が静かになったあと―― その空気に、また風が差し込む。
律が戻ってきた。 観覧車の方へ歩きかけていたのに、どうしても、あの空気が気になって引き返した。
「……なにこの告白合戦。俺いない方がいいかと思ったけど、さすがに参加する空気じゃん」
すずが目を丸くする。 はるきが眉をひそめる。 海は、肩の力を抜いたように、でもちょっと困った顔。
律はりいなの前まで来て、苦笑いしながら言った。
「てかさ、今のりいな、こんなにモテてるのかよ。正直、ちょっと焦った」
りいなが返せずに目を伏せる。
「小学校の時さ、世界を救う遊びしてたでしょ。あの時、俺はいつも“りいな姫”を守る騎士役だったじゃん。……俺、あれ実は結構本気だったんだよ」
りいなは顔を上げる。
「え……」 「今言うかって感じだけど、ずっと好きだった。中学で別になった時も、なんか俺だけ置いてかれた気がして……でも再会して、今日の声聞いてさ。やっぱ好きだったんだって気づいた」
海が静かに目をそらす。 はるきは、まばたきを止めたまま、りいなを見ている。
律の声は続く。
「好きって言える空気じゃなかったから、俺は脇役やるつもりだった。でももう、ダメかも。モテてるりいなに、もう一回言っとくわ。 好きだよ。昔も、今も、これからも」
風が、観覧車から吹いてくる。 その風は、はるきと海の間を抜けて、りいなの髪を揺らす。
告白、3つ。 誰ひとり、引いてない。 どの気持ちも、嘘じゃない。
りいなは立ちすくむ。 その瞳に、空の青と告白の音が溶けていく。
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