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11 - ある日恋人が幼児化しまして〈上〉

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2025年07月19日

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⚠︎タイトル通り🤝が幼児化していますが、要素は限りなく薄いです。

幼児化その他諸々捏造設定あります。


=====


「──ッちょ、ちょちょちょ、ヤバい!! 集合!!」

そう狭くないOriensのアジトを揺るがす大絶叫が響いたのは、本部の呼び出しから帰ったばかりのマナとウェンが思い思いに過ごしていた、穏やかな昼下がりのこと。

キーンと耳をつんざいた爆音をどうにかやり過ごしたマナは、作業をしていたPCから顔を上げて階段から身を乗り出すオレンジ頭を見上げた。


「耳痛ぁ……どないしたん、急に……」

「大変なんだって! テツが──」

「テツぅ?」


脳が揺れたショックを癒やすためアイスコーヒーを呷りつつ、ウェンが聞き返す。イッテツは今日リトと同じく東の国の南部地域をパトロールしていたはずだ。あの辺りは最近目立った異変などもなく、本部からも特に情報は聞いていない。

あの穏やかな地で何が? と2人が疑問符を浮かべる中、リトはわたわたと身振り手振りで何か言葉にならないことを伝えようとしている。


「いやっ、何つうか……えぇっと、どこから話せば良いか分かんねえんだけど──」

「……ここが、ヒーローのおうち?」


リトの脚を潜るようにしてひょこっと顔を出したのは、見たところ小学校にも上がっていなそうな幼い子供だった。手すりにしがみつくようにしてこちらを覗き込む子供は『ヒーロー』そのものには目もくれず、ゲーム筐体やバーカウンターの方が気になるらしい。

ダボダボの黒いTシャツ、生意気そうなつり目、艶のある柔らかい癖っ毛──それらの特徴を目にした階下の2人は、同時に全てを察してしまった。

リトはその子供をおっかなびっくり抱えながら階段下まで連れて来ると、まるで割れものの積荷を扱うように慎重に降ろす。子供は足が着く直前に「たァーーっ!!」とリトの腹を蹴って飛び出し、リトはそれに短い呻き声を上げた。


「おっ……まえマジで気付けろよ!! 大人って結構繊細なんだぞ!?」

「まぁまぁ、子供がすることやし」

「子供っつったってコイツは──」

「うん、だからその辺詳しく聞かせて〜?」


いつの間にかカウンターから出てきたウェンが軽やかに問う。日頃酒を飲んだくれている人間とは思えない冷静な軌道修正にリトは思わず姿勢を正した。


「いやそれが任務先で……まぁ、色々ありまして、気付いたらこうなってました……」

「情報増えねえな〜」

「あるあるのヤツやな〜」

「ちょっと待てあるあるぅ!?人が子供んなるのってあるあるなの!?」

「リトそういうの疎いもんね〜。ねぇボク、お名前なんていうんですかー?」


ウェンが子供の前にしゃがみ込む。子供は戸惑ったように視線を彷徨わせ、リトの方を見上げた。同じく戸惑った様子のリトが「あー、挨拶しろって」と耳打ちすると、子供はこくりと頷く。


「は、はじめまして。さいき、いってつです……」

「かわいらし〜! よろしくねぇテツくん。あ、テツくんて呼んでい?」

「えっと、うん。いいよ」

「やーんかわい〜……あかん俺何かの拍子に道間違えそうやわ」

「そッ……れは抑えてくれマジで。俺も同期の手に縄かけたくねえわ」

「約束できんかもしれん……」


リトが青ざめるのを見たマナは「いや、さすがに同期カップルの間に挟まる気はないけどな?」とにやにやしながら言う。

リトとイッテツはもうすぐ交際2年になる同期公認の恋人同士だ。2人の熱々バカップルっぷりは側から見ていても十分伝わってくるもので、その相手が突如子供になってしまったとなれば焦るのも無理はない。それにしたって、恋人のこんなにもキュートな姿を見ても一切浮かれることなく心配が勝ってしまうのがリトらしいな、とマナは思った。


とりあえずイッテツの相手は子供慣れしていそうなウェンに任せることになり、リトとマナはカウンターの一角で情報をまとめることにした。

マナは先程までウェンが使っていたピッチャーを拝借し、2つのグラスに冷たい水を注いだ。片方はイッテツへ、もう片方は炎天下の中子供1人を抱えて汗だくで帰ってきたリトへ渡す。


「いやー、えらいことになったなぁ。本部には連絡したん?」

「一応……」

「ほんでなんて?」

「『早急に調査致しますので安全な場所でお待ちください』って」

「俺らが言うのも何やけど悠長やなぁ……すぐ連れてっといた方がええんちゃうの?」

「なんか、バイタル値? とかの情報はデバイスから調べられるから、それを元に色々分析するらしくて……それまで面倒見てろってさ」


「ヒーロー言うても扱いはそんなもんなんかなぁ?」と訝しむマナだが、実際3人の中に車を持っている人間は1人もいないし、かと言って電車やタクシーなどの公共機関で連れて行くのもそれはそれで不安が残る。そのうち本部からの迎えが来るのを待つのが賢明だろう。

リトは水を一口飲むと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「……あいつ、また残機使いやがったんだよ」

「はあ!? ……さっき言葉濁したのってそういうことやったんか……」


咄嗟に大きな声を出してしまったマナは、背後のイッテツとウェンを気にしながら声を潜める。ウェンはこちらに視線だけを寄越して「子供ビビらせんなよ」と訴えているように見えた。

リトは険しい顔で口元を手で覆っている。きっとその時のことを思い出しているんだろう。イッテツの持つ『残機』という特性上、確かに子供の前で出すべき話題ではない。


「……今日周ったのって南の方面やんな? あの辺最近妙に静かやったけど、何かあったん?」

「や、別に敵とかち合ったわけじゃねえんだけどさ。……ただあそこの駅ビル、老朽化が問題になってるだろ?」

「……まさか、」


勘の鋭いマナは答えを聞く前に気が付いたようで、さっと顔を強張らせる。リトはすぐには続けず、どこか一点を見つめたままグラスを握る手に力を込めた。


「駅前のさ、時計が落ちてきたんだよ。あの遠くからでも見えるようなすげえデカいやつが。……そんで、運悪くそのすぐ真下に人がいてさ……テツは目が良いから、俺より早くそれに気付いて──」


リトはそこで言葉を切り、グラスに残った水を一気に呷る。マナが気を効かせて水のおかわりを注いでみるが、その先を口にする気は無いようだった。言わずとも察することはできるのでマナもその結果については言及しない。


「……それが原因なん?」

「…………分かんねえ。けど……関係なくはない、と思う」

「まぁ、……せやな。それも含めて本部には言ってあるんやろ?」

「おう」


元より南部の地域──特に今日リトとイッテツがパトロールを任された地区では、利用者の減少や管理不足などを理由に駅を含む様々な施設の老朽化が問題になっている。科学の発達したこの国では都市部が急速に発展していくのに地方の整備が追いつかず、度々このような問題が生じているのだ。維持をするにも改修をするにも発展しきっていない地方部には負担が大きすぎる。ヒーローが日夜駆け回ったとしても、それだけでは解決しない問題というのはどうしたってあるものだ。

残機持ちのヒーローとはいえ負傷者、もとい死傷者が出てしまったのだから、いい加減国も動かざるを得なくなったと思いたい。今まで何度掛け合ってみてもうんともすんとも返ってこなかったのがようやく好転したと思えば安いもの──だなんて口が裂けても言ってやる気になれないが。

こんなことのためにいちいち死んでいたらきりがないけどな、とリトは皮肉を込めて吐き捨てる。


「え〜! ちょっと何それ、何描いてるの? お兄さんに見してみて〜?」


おそらくさりげなく聞き耳を立てていたであろうウェンが不自然に声を張り上げる。リトとマナははっと我に返り、無言でアイコンタクトを取ると背後に意識を集中させた。今のイッテツは年端もいかぬ子供なのだ、大人のせせこましくてややこしい事情は聞かせるべきではない。

当のイッテツはというと、いつも作戦会議に使っている模造紙とカラーペンを使い、夢中になってお絵描きをしているところだった。


「これはねぇ……おひめさま!」

「……お姫様?」


イッテツの溌剌とした回答に、大人3人は揃って首を傾げた。リトとマナも気になってそっと後ろから覗き込んでみる。

模造紙には今まで描いていたであろう恐竜や花、猫のらくがき、そして不等号を2つ揃えたような顔をした見覚えのあるキャラクターが散乱していた。お前も描いとるんかい、とマナは小声で突っ込む。

そして今イッテツがまさに描いている最中の──本人曰く、『おひめさま』。色で分けられているおかげで、拙いながらもそれが緑色のドレスを纏った黒髪の人物であることが分かる。

ウェンは2秒ほど考えて、やはり口を差し込むことにした。


「ねぇねぇテツくん。このお姫様はさ、どんな子なの?」

「んーとねぇ……すっごく強いんだよ! あとかっこいい!」

「かっこいいんだ。可愛いは?」

「かわいくもある!」

「……そっかそっか。強くてかっこよくて可愛いお姫様ね? 良いじゃ〜んすごい!」


褒めてもらって誇らしげに鼻息を荒げるイッテツに対し、マナは冷や汗をかきながらリトの方を見る。リトはソファの裏に立ち尽くしたまま、心ここに在らずといった風に呆然とするばかりだった。

──突然ライバルが生えてきたんだけど。

子供とはいえ恋人である彼がここまで自慢げに話す『おひめさま』とやら。もちろん見たこともなければ、本人からそのような話を聞いたこともない。寝耳に水とはまさにこのことだ。

今までの思い出が走馬灯のようにフラッシュバックしては「あ、自分関係ないすね」みたいな顔をして通り過ぎていく。おい待てお前ら、どこかにいるんだろ、その『おひめさま』とやらの思い出が。俺を置いていかないでくれ。

ぴくりとも動かなくなってしまったリトを他所に、イッテツは更にペンを走らせる。


「……ね、テツくん。それは?」

「これはね、オトモ」

「お供? ……お姫様はお供ちゃん連れてるの?」

「うん! とっても便利で、ゆうのう? なんだよ。たまに言うこと聞かないけど」

「へぇ〜〜……」


まだ存在自体飲み込めていないってのに新情報がガンガン出てくる。リトはオタクの人が鳴き声のように「待って」と口にする気持ちが初めて理解できた気がした。

どうやら『おひめさま』は傍らにお供を連れているらしい。それは周囲を漂うように小さく黄色のペンで描かれており、そのサイズ感故か姿形が全く掴めない。


「なぁリト、あれキリンちゃんやない……!?」

「んぇえ……?」


マナはリトの脇を肘で小突き、興奮気味に囃し立てる。リトはソファから身を乗り出して目を凝らしてみる。

……ダメだ、どう見てもひしゃげた空き缶か使い古された食器用スポンジにしか見えない。キリンちゃんは「あなたにはあれがキリンに見えるというのですか?」と信じられないものを見る目でマナを見上げている。


「……いや、だとしてもアレは俺じゃないだろー……」

「いやっ……まだわからんやん! もしかしたら髪染める前のリトを想定して描いてるだけかもしらんし……」

「俺別に染めてねえんだけど。テツもそれ知ってんだけど」

「あっ…………」


気まずそうに顔を背けるマナに、「説得するならもうちょっと頑張ってくれよ」とリトは思った。

イッテツはご機嫌な鼻歌を歌いながら、『おひめさま』の周りに花を描き込んでいく。その色とりどりの花に囲まれる様子を見て、リトはひとつ予想を立てた。


「──これさ、テツ本人じゃね?」

「はぁ?」

「や、ほら……黒髪だし、花はデバイスの効果で、緑……は、なんかガキの頃好きだったっつってなかった?」

「……いや、だとして強くてかっこよくて可愛いお姫様が自認はエグいやろ。成人男性やぞ」

「ん〜でもさ、……俺らってテツの方がどっちかっていうと姫だし」

「…………同期のそういうん一番聞きたないわぁ」


言外に2人の夜の営みを匂わせられてしまい、マナは露骨にげんなりした。ウェンがこちらを振り返り、再び「子供の前だっつってんだろ」という圧をかける。リトとマナは頭を下げて丁寧に詫び、そして話は振り出しに戻る。

──『おひめさま』がリトでもイッテツでもないとして、それなら彼女は一体何者なのだろう? その場合ただ一つ言えることは、イッテツにとって強くてかっこよくて可愛い『おひめさま』と表すのに相応しい人間が、恋人とは別に居るということである。


「……うわ、考えたくねえなー……」

「しょうがないやん、子供のテツにとってはそうでも、今のテツにとってどうなんかはわからんし」

「それにしたってなあ。黒髪に、緑、お供……────あ、」


その時3人の脳裏に過ぎったのは、おそらく同じ人物であろう。ある者は会得がいったというように手のひらをぽんと叩き、ある者は相棒にかけられた疑いが冤罪であることを祈り、ある者はもし予想が当たっていた場合実力行使も厭わないことを決意した。

その場において渦中にあるイッテツただ1人だけが、楽しげに空白を埋め続けている。


§ § §


「はい、どうもー。西の国の技術部から紹介に預かりました伊波ですー……え、何? 有益な情報持ってきたメカニックがこんな歓迎されてないことある??」

「すまん、すまん伊波。今回ばっかりは堪忍してくれ」


西の国のヒーロー兼メカニックであるライがモニターに映し出されて早々に見る羽目になったのは、通夜か何かかと見紛うほどの鬱屈とした面々。ライはすぐさま爽やかな営業スマイルを引っ込めた。


「かくかくしかじかでな……ちょっと色々あんねん。ややこしいから一旦置いといて、調査報告から頼む」

「え、えぇ〜〜やりづら……いやまぁいいか、んじゃまず手元の資料をご覧くださーい」


さすがスーパーヒーロー、目にも止まらぬ切り替えの早さだ。

イッテツを除く3人が事前に配られたタブレット端末を起動させると、画面には「未就学児でもわかる! ヒーローイッテツの特殊技能 〜残機編〜」と書かれた謎の資料が表示されていた。漢字の上にはご丁寧にふりがなまで振ってあり、やけにポップなフォントも含めてまるで小学生の頃によく見た学級だよりを彷彿とさせる。


「すみません先生、違う資料届いてます」

「先生僕らのことバカにしてますか??」

「いや違うんだって。なんかこっちはイッテツも見るって聞かされてたからさ、一応それに相応しい感じにしたんだよ」

「にしたって気合い入りすぎやろ。プロの犯行やん」

「まぁ実際子供向けの資料とか作らされてっからね〜俺も」


どうやら連絡の行き違いがあったらしい。リトは所在なげにキョロキョロと辺りを見回すイッテツを膝に乗せて一緒に見せてやることにした。

モニターの中のライは何か手元で端末を操作しているようで、しばらくするとこちら側のページも切り替わった。そこには「図解でかんたん♪ 残機ってなぁに?」と書いてある。


「すんません、やっぱ俺らのことバカにしてますか?」

「違うんだって! あの〜……テツの残機とか呪いに関してはね、正直ウチの、西の得意分野なんだよね。科学的に解明するのはかなり難しいっていうか……まぁだから俺が呼ばれたんだろうけど」


やはり顔を上げずに端末を使い分けながらライは言う。

イッテツにかけられた呪い。それは敵組織によってかけられた、『大学3年生から抜け出せなくなる呪い』のことだ。おかげでイッテツは21歳から年を取ることを許されず、大切な資料等々に『21歳+∞』と書いては偉い人に呼び出されるのを繰り返している。

──とは言っても、今のイッテツは21歳どころか10歳にも満たない年齢になってしまっているのだが。


「資料見てもらえば分かると思うんだけど、テツの呪いって実は結構複雑なのよ。単純に老化を止めるとかタイムリープとかじゃなくて、もうほんと、寿命とかいう概念が無くなっちゃってる。永遠に歳取れなくなっちゃってるんだよね」

「サ◯エさんみたいなこと?」

「あー、まぁそう思ってくれていいかも。何ていうかな、時が止まるってよりは命を無限に引き伸ばされてる感じ? だから、その21歳の部分が終わらない、みたいな」


『人生』と見出し書きされた画面には、図が上下に分かれて2つあった。1つは左から右にかけて虹色にグラデーションされた棒グラフのようなもの。もう1つは途中までは同じグラデーションだが、紫色に差し掛かったあたりから色が変わらなくなり、右端に省略を意味する波線のついた棒が描いてある。紫色の部分にはかっこ書きで(ここからずっと21歳)とあった。


イッテツはいまいち意味がわかっていないらしく、解説を求めるようにリトの方を見上げている。

──そんな目で見られても、どこまで話していいか分かんねえし。

リトは少し迷って、「まぁまずは聞いとけって」と優しく諭した。


「はい次の図行きまーす。……でね、本題の残機なんだけど、これに関してはマジで言語化すんの無理。なんでぼやっとだけ理解してくれればいいかな」


ぱっと切り替わった画面に映ったのは先ほどの紫色の棒が輪切りにされ、それぞれ「びよ〜ん」という効果音とともに引き伸ばされている図だ。


「残機ってのはざっくり言うと、『完全な状態で保存された寿命』みたいなもんなんだよね。ただでさえテツの寿命は無限にあるのに、それを切り刻んで取っておくことができちゃう。……で、それぞれもまた無限ってことになるから、実質人生9回分の寿命をストックしておける。──金太郎飴みたいなのを想像してもらえると分かりやすいかも。あれってどこでいくつ切っても伸ばしちゃえば断面は変わんないでしょ? あんな感じ」


……何だか分かるような分からないような話だ。ライの言う通りぼやっとしか掴めないが、これでもできるだけ噛み砕いて説明してくれているんだろう。

リトは早々に理解することを諦め「今の分かったか?」とイッテツに問いかける。端末の画面と睨めっこしながら首を横に振るイッテツに若干の安堵を覚えつつ、「……金太郎飴ってめっちゃ舌切るよな」と解説を放棄した。


「……はい、ここまででわかんないことある?」

「はい先生、多分俺ら誰も理解できてません」

「んー、そっか。じゃあ次進めるね」


無慈悲すぎる。

大真面目に真っ直ぐな挙手をしたマナを華麗にスルーすると、ライはまた資料を切り替えた。


「となると今回のそれは、残機の座標が一時的にバグったせいっぽいんだよね。いつもは無限のうちの21歳のとこだけ増やしてたのを、間違えて幼少期の部分で切り取っちゃった、みたいな」

「あー……要するにあれか、残機猫が赤ちゃんやったんか」

「認識としては大体それで合ってる。……で、こっからが割と重要なんだけど──リト」

「うぇ、俺……?」


突如名指しで呼ばれ、リトは肩を跳ねさせた。調査報告、もとい勉強会が始まってから黙ったままのイッテツはやはり何も言わず、リトの腕の中でただじっとしている。

ライはモニター越しに資料を拡大すると、新たに表示された図を指で叩いた。


「これ。例えばこのオレンジっぽい部分の状態で残機を使った場合、テツはどうなるでしょう?」

「は? ……そりゃいつも通り──……あっ」


何かに気がついたらしいリトは咄嗟に口元を手で覆う。明らかに雰囲気が変わったことは理解できるもののマナとウェンは具体的な察しがつかず、違いに顔を見合わせることしかできなかった。

ライは「その通り」とでも言うように頷くと、次の資料を寄越した。

図は、オレンジ色の棒が輪切りにされる状態を表している。


「そう。何度も繰り返すけど、残機っていうのは現在時点での寿命を切り取って、それを保存しておく能力。だから──座標がバグってる今残機を使えば、イッテツの人生は上書き保存されて、そこで固定されることになっちゃうんだよね」

「……え、それヤバない?」

「うーん、かなりヤバいよ。あくまで仮定の話ではあるけどね」


ライはあっけらかんとして答えるが、モニターのこちら側、特にリトは一瞬にして顔面蒼白になっていた。

存在が上書きされる──ということはつまり、リトの知るあのイッテツにはもう会えなくなることを示唆している。


リトの脳裏には、本日二度目の走馬灯が流れ出していた。

軽口を叩けばもっと軽い言葉が返ってきて、小っ恥ずかしい台詞を吐いてみればもっと恥ずかしい台詞を素面で返されて。ふざけてじゃれ合ったり変な趣味に付き合わされたり、たまには愛を伝え合ったりだとか。そんな当たり前にできていたことが、二度とできなくなるかもしれない。


リトは無意識のうちにイッテツを抱える腕に力を込めていた。こんなに小さな体では触れることすら躊躇わずにはいられなくて、当然今までと同じような接し方はできない。

向ける感情だってそうだ。元は同じ人間とはいえ、こんな小さな子供と恋をする気にはなれない。あれほど焦がれた相手はこうして何よりも近くにいるはずなのに、自分の知るイッテツは今どこにも居なくて。更にはもう二度と会えないかもしれないだなんて。

そんなの、考えるだけで────……、


「……苦しいよ」

「あ……っ、悪い。……ごめんな」


腕の中のイッテツが小さく呻く。リトが慌てて拘束を緩めると、イッテツはその冷や汗だらけの顔をじっと見上げた。

──こいつの表情がいまいち分かりづらいのって、こんなガキの頃からなのかよ。発汗を散らすため前髪を掻き上げつつ、リトは心を落ち着かせるように毒づいた。


「まぁ、ね。そうならないために全力を尽くしますよ俺らも。だからそれまで絶対残機使わせんなよって、そんだけの話」


あくまで冷静に締めくくろうとするライに、意見か質問かひらりと挙がる手がある。


「……──はい先生。今のテツに残機を使わせなければ、いつかは絶対元に戻れる。……って、誓えますか?」

「………………」


答えづらいであろうことをあえて軽い調子で問うウェンに、ライは一瞬表情を固くする。ひと呼吸置いたライは片手でカメラを引っ掴み、デスクに散乱した紙の資料や端末の隙間を縫ってドンと手をついた。モニターにドアップで映し出されたライは、夜明け前の空のように深く澄んだ瞳で4人分の目を射抜く。


「──誓えるよ。絶対に。全力を尽くしてテツを元に戻してみせる。……俺は、みんなのスーパーヒーローだから」


ライの凛とした態度に、ウェンは大人しく着席する。「信じてるからね」と淡々とした声色はただライを試しただけのようにも、不安に焦る心を取り繕っているようにも聞こえる。

重苦しい空気を変えようと、マナはひとつ柏手を打った。


「よし! ライ先生のおかげで俺らのやることは見つかったな。先生が元に戻す方法を見つけてくれるまで、何が何でもテツを守る。──ええな?」

「異論なーし」

「……おう」


イッテツが目をぱちくりとさせるのを、キリンちゃんが「キリンもあなたを守りますよ」と頭を撫でて鼓舞してやる。その小さな蹄から伝わる優しさにイッテツはほっと心を落ち着けた。


§ § §


調査報告も終わりお開きムードになりつつあるところに、端末を回収していたマナはローテーブルに置いたままだった模造紙を思い出した。


「あ、あとな、ライ。これ、さっきテツが描いとったやつなんやけど……」


そう言いかけて、イッテツの方へ目を遣る。……さすがに本人の前で詳しく説明するのはやめておいた方が良いだろう。


「あー……ちょっと待ってな。データで送るわ」

「見せてくれんだ。おっけ、こっちもモニター切るわ」


モニターがプツンと暗転するのを見届け、マナは簡単な状況説明を打ち込んでから例の絵の写真を添付する。イッテツを含む残りの3人は、新しい模造紙を取り出してまたお絵描きを始めるようだった。マナはそれを微笑ましい気持ちで眺めつつ、やっぱりいつもの風景も好きだったなぁとほんの数日前に思いを馳せる。

しばらく待っていると、ものの数十秒で返信が返ってきた。


《え俺じゃね?》


《ライがそう言うんやったらそうやろ》

《アカン、同期内で修羅場や》


《www》

《冗談は置いとくとして多分テツの子供の頃の友達とかなんじゃないかな》

《今は一時的に記憶が混乱してるんだと思う》


子供の頃の友達。

マナは『目から鱗が落ちる』という言葉の意味を実感した。言われてみれば、なるほど確かにしっくり来る。というかOriensのことを覚えていなかった時点でその線を疑うべきだったんだろう。

謎が解けた安心と共に感謝の旨を打ち込んでいると、再度ライから返信が送られてくる。


《ところでさ》

《横の空白は何か意味あったりする?》


「……?」


思わず自分の送った写真を確認する。

ライの言う通り、周りには点々と雑多ならくがきが描かれているのに対し、『おひめさま』が描かれた右隣には明らかに不自然なスペースが空いていた。

まるでそこに、見えない誰かでもいるような。


「……まさか、な」


マナは瞬く間に広がった鳥肌を誤魔化すように、自分の腕をさする。

元々捨てるつもりも無かったが、模造紙は折りたたんで保管しておくことにした。もしこれから先に本人の口から真実が引き出せたなら、この不気味な予感を拭ってくれると信じて。

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コメント

3

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あ、好きです えなにこれ、最高? なんて言うか、恋愛恋愛しい話もめっちゃすきだけどこれ、ガチ刺さった 言語バグりすぎで句読点めっちゃ多いわ 読みずらかったらごめんなさい

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