テラーノベル
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水視点
「おい、やめろって言ってんだろ」
その日もまた、赤ちゃんがいじめられていた。
教科書を床にばらまかれて、無理やり蹴り飛ばされて、それでも赤ちゃんは声を上げない。ただじっと、耐えるだけ。
僕にはそれが、どうしても我慢できなかった。
「……見て見ぬふりなんて、できるわけないでしょ。」
僕はその手を掴んで、壁に叩きつけた。
威嚇でも、抑止でもない。完全に本気だった。
相手の顔が引きつり、周りの奴らが一気に静まる。
ざまあみろ。
俺は赤ちゃんに手を出すやつを絶対に許さない。
「次、赤ちゃんに何かしたら……ただじゃおかないから。」
それだけ言って、赤ちゃんの手を取って教室を出た。
震えてた。
赤ちゃんの手も、僕の手も。
だけど、僕の中でそれは正義だった。
だって、赤ちゃんを守るためだもん。
間違ってるはずない――そう思ってた。
⸻
でも、それからだった。僕の周りが変わったのは。
「水ってさ、マジでやべぇよな」
「あの目……殺す気だっただろ」
「絶対関わりたくねぇ」
赤ちゃんはいじめられなくなった。
けど、今度は僕が怖がられるようになった。
それでも、構わないって思ってた。
赤ちゃんが幸せでいられるなら、それでいい。僕が汚れても、嫌われても、赤ちゃんが笑ってくれるなら。
でも――
「……水っち」
放課後の屋上に呼ばれて、赤ちゃんの顔を見た瞬間、心臓が嫌な音を立てた。泣きそうな顔だった。いや、もう泣いてた。
「もう……やめてよ……」
「なんで? 僕は、赤ちゃんを守るためにやってるんだよ?」
「違うよ……水っちは、自分を傷つけてるだけだよ……! 赤のために、そんなの……やだよ……!」
その声が、胸に深く刺さった。
「怖がられてる水っちなんて、見たくないよ……」
今まで何度も「守る」って言ってきた。
でもそれは、僕の怒りをぶつける口実だったんじゃないか?
赤ちゃんを傷つけるやつを殴って、スッキリして、自己満足してただけなんじゃないか?
それが「守る」って言えるの??
「……ごめんね、赤ちゃん」
口から漏れた言葉は、それしかなかった。
僕は今まで、赤ちゃんのことを守ってたつもりだった。でも、赤ちゃんが泣くような守り方なんて、間違ってるに決まってる。
「僕、もう拳で守るなんてこと、しない。
ちゃんと、赤ちゃんのためになるやり方で、守るから」
⸻
その日から、僕は変わった。
保健室の先生に相談して、学年主任にも話を通した。生徒会のメンバーに協力してもらって、校内での人権相談窓口も一緒に広報した。
正直、面倒なことばっかりだった。
でも、赤ちゃんが前より安心して笑えるようになっていくのが、何よりも嬉しかった。
そしてある日の帰り道。
「水っち」
「ん?」
「……ありがとう。ちゃんと、守ってくれてるの、伝わってるよ」
その言葉を聞いて、僕はやっと「守れた」と思えた。
殴らなくても、怒鳴らなくても、守る方法はある。
それを教えてくれたのは、僕が守りたかったはずの赤ちゃんだった。
僕は少し笑って、赤ちゃんの頭をぽんと撫でた。
「当たり前でしょっ?赤ちゃんは僕が一生守るんだから!」
そう言ったら、赤ちゃんも笑った。
ああ、この笑顔を守るために、これからも僕は強くなる。
今度こそ、本当の意味で――。
コメント
10件
2度目のボロ泣き
やっぱノベルだとすらすら書ける…!たのちぃ