『春に咲いた嘘』続き
桜の花びらが、風に舞い落ちる。
手紙を握りしめたまま、私は立ち尽くしていた。
泣くこともできなかった。
怒ることもできなかった。
ただ、空っぽになった心の中で、響の声だけが、繰り返し響いていた。
ーー君を守れない。
ーー本気で好きだった。
(じゃあ、なんで。なんで、いなくなったの?)
答えはどこにもない。響きがいた場所には、春の陽射しがただ眩しく降り注いでいるだけだった。
それからの日々、私は変わった。
彼が好きだった長い髪を切った。
彼が「似合うよ」と笑ってくれたワンピースも、クローゼットの奥にしまった。
何もかも、捨てたはずだった。
ーーなのに。
「…似てる人を、見たんだ」
共通の友人が、ふと漏らした。
遠く離れた小さな街で、響にそっくりな男を見かけた、と。
私は、会いに行こうと思わなかった。
もしそれが本当に響だったとしても。きっと、私の知らない響だったとしても。
きっと、私の知らない顔をして、誰かと笑っている。
それが彼が選んだ答えだったのだ。
私は知っていた。
響はあの頃、重い病気を隠していたことを。
「君には、悲しい顔をしてほしくなかった」
「最後まで、普通に笑っていてほしかった」
彼は自分だけで全部抱え込んで、そして消えたのだ。
優しくて、臆病で、どうしようもなく不器用な彼らしく。
私は空を仰ぐ。
散りゆく桜の中で、そっと目を閉じた。
来年も、再来年も、春はやってくる。
けれどももう、あの日の春は二度と戻ってこない。
それでも私は歩き出す。
君に、もう一度会いたいと言わない。
それが、私にできる、たったひとつの強さだった。
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