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『春に咲いた嘘』響の手紙
あの春の日、君が桜の下で笑っていた光景を、今でも思い出す。
あれが、僕が最後に見た君の笑顔だった。
ごめん。
ちゃんと伝えられなかったことが、たくさんある。けど、これだけは言わせてほしい。
君を、心から愛していた。
誰よりも、強く、深く、そしてーー短く。
僕は病気だった。
静かに進行していくやつで、治療をしても長くはもたないって言われた。
だから、選んだんだ。
君の中に、“生きたままの僕”だけを残すことを。
もし伝えたら、君はそばにいてくれたと思う。
でも、その優しさに、僕は甘えてしまって、君の時間を奪ってしまう。それが一番怖かった。
君は夢がある人だ。未来がある人だ。
それを、僕と一緒に腐らせてしまいたくなかった。
だから、全部嘘をついた。
「待てない」なんて、本当は待ってほしかったくせに。
でも、それは僕のエゴだから。
今、君がどこで何をしているか、僕はもう知る術もない。
だけど、きっと、春が来るたびに少しだけ僕を思い出してくれるなら、それでいい。
風に舞う桜が、いつか君の頰に触れたとき、それが僕の“最後のキス”だと思ってくれていい。
ありがとう。
君に出会えた人生を僕は誇りに思う。
ーー中村響
この手紙は、彼が誰にも渡さず、そっと引き出しにしまっていた未送信のもの。
数年後、偶然それを知る人の手で、彼女のもとへと届くかもしれない。
あるいは、永遠に誰の目にも触れないまま、消えていくかもしれない。
でも、確かにそこにあった「愛」だけは、本物だった。