今回も駄目だったら、諦めようー
小学生のときは、お笑いクラブに入っていた。たかが小学生が書いた台本を、たかが小学生が朝会で時間をもらって発表するだけ。それでも、当時、担任だった横山先生は、「蒼司朗の演技、俺好きだわ」と言ってくれた。この時の胸の高鳴りは今でも鮮明に覚えている。『ぼくははいゆうになる。 こうや そうじろう』将来の夢のプリントに、力を込めてそう書いた。
大人になった僕は、芝居を基礎から学ぶべく、有名な演劇集団が運営する養成所に入所した。父母は最初こそ猛反対したものの、最終的には僕の熱量に折れ(子どもの頃から話していたのも効いたのかな)、諸々かかる費用を捻出してくれた。養成所内での2年間の訓練を経て、僕はサードクラスから、セカンドクラスへの進級試験に合格。ここでは、セカンドからマネジメントの対象になり、生徒ではなく、一人の役者として仕事が振られるようになる。アルバイトで、たくさん失敗したけれど、同じ夢を持つ気の合う仲間と出会い、朝から晩まで輝かしい未来を語り合った時間はかけがえのない”青春”だった。
しかし、その次のステップ。本契約になり、端役でもある程度の作品への出演、生活が保証されるようになるファーストクラスへの進級試験、僕は受からなかった。この試験では、即時入ってくる指示に対応し得るだけの瞬発力が試される。その合否は即興力(アドリブ)が上手くいったかどうかに左右される、そんな噂も耳にした。
僕ももう、今年で25だ。いい加減、安定しない生活を続ける僕に、家族が辟易しているのは容易く感じ取れた。夢への道は儚く閉じるのだろうか。
現マネージャーの竜ノ木さんは、とても温厚で、僕が将来への不安を吐露すると、親身になってこんな提案をしてくれた。「鋼哉くん、近々舞台のオーディションがあるんだ、うちとはあまり…関わりがないから、その…コネみたいなものは期待しないでほしいんだけど…」初老の彼は顔をくしゃっとさせながら、申し訳なさそうにそう言った。彼は鞄から、数枚の資料を取り出して続ける。「でも…でもね、この舞台ほら…あの、”伝説の演出家”安藤エレーナが、10年ぶりに企画したものらしいんだ!舞台の方は珍しいよねぇ」安藤エレーナ。僕も彼女の映像作品を幼い頃から何度も親に観させられたし、普段、演劇に興味がない人でも「ムーンヘイブン」「シャドウクレスト」「エクリプス」あたりの作品は絶対に避けては通れないだろう。「で、この舞台のキャスティングは大々的にオーディションを開催して、最終審査には安藤エレーナ本人もリモートで参加するそうなんだよ!」興奮した彼の顔は紅潮し、若さを取り戻して見える。「合格すれば、名前は世間に知れ渡り、君は一躍…人気俳優だ!」こんなチャンスは二度と無い。僕はこのオーディションを受けることにした。
その先に待ち受ける死の匂いにも気づかずに。受からなければ命を失う。これが最期の芝居だ。それくらいの覚悟を以てー
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