⚠キス表情🈶
起きてすぐに感じたのは柔らかいシーツの感触と、大好きな人の暖かい体温。
「○○」
私の名前を呼ぶ声と、「起きろ」という低く柔らかな声が頭の中で壊れた拡声器のようにわんわんと響く。
『…ん』
寝起きでぼんやりと眠気の残った声で起きたことを伝えるが、頭の半分はまだ温かい泥のような無意識の領域に留まっているせいで瞼が上がらない。堕落的な眠気が体を占める。
「おはよ、○○」
『おは…よぉ…』
眠気を吹っ飛ばすように低く唸ったような声を混ぜながら挨拶を交わす。
だけどまだもう少しだけこの眠りの余韻に浸かっていたい。
体の中から泡の様に湧き上がってくるそんな甘い思いに自身の体を託しながらぼんやりと二度寝の態勢に入った瞬間、ぐいっと体が持ち上げられ、少しの浮遊感を感じる。
「おい二度寝すんな。」
『わぁ…たかいたかい!』
体がふわりと浮いた驚きで一瞬でクリアになった脳と視界にはいざなの優しい表情。
ぎゅっといざなに両手で抱き上げられ、いつもより何倍も高くなった視界と大好きな人との密着にワクワクとした喜びが電流のように全身を通り抜ける。
『きあつがあがる!』
「テンションな」
キャッキャッと明るく晴れやかな笑声をもらす私を見て、呆れた様な微笑を唇の端に漂わすと、いざなは持ち上げていた腕を下げゆっくりとあたしを空中から地面に戻す。
その途端、「もう終わりなのだな」という寂しさと名残惜しさを感じないようグッと我慢していると、数秒もしない内に、また突然ぎゅっと息が止まるギリギリの力で抱きしめられた。
「…○○はオレのこと好きだよな?」
その言葉1つで、透明な水の中に真っ黒の絵の具を垂らした時のように空気が一瞬で濁る。
「ずっと一緒に居るって言ったもンな?」
一歩間違えれば、簡単に骨が折 れてしまいそうなほどの腕の力に、ゴキッと固まっていた肘の関節が鈍い音をたてる。先ほどとは違う、“王様”を連想させる独特な威圧感の籠った雰囲気に、体だけではなく心までもがグンっと目に見えない圧に圧迫されてしまう。
「……なぁ、?」
だけど囁くように告げられた不安の混じったその大好きな声に鼓膜を揺らされればそんな感情は泡がはじける様に消え、自然と舌が言葉を作る。
『あたしいざなのこと、せかいで一ばん大すき!』
フッと暗い空気を飛ばすようにそう明るく告げると、あたしの体を囲むいざなの腕の力が少しだけ弱まった気がした。フッと軽く圧迫されていた肺が正常な動きを再開する。
「…オレも○○が世界で1番好き」
安堵の籠ったいざなの甘い声がするりと耳の中に入り込んできて鼓膜を優しく揺らす。
それと同時に満足気にグリグリと頭を肩に押し付けられ、いざなの絹糸のようにサラサラで柔らかい髪があたしの首筋の上を這う様に触れられる。その感触がどうもこそばゆく、我慢しきれなかった笑い声がすき間風のように小さく口の端から零れた。
「ホント幸せそうに笑うな、オマエ。」
肩に感じていた物理的な重みが離れたその瞬間、薄い青の滲んだ紫色の瞳と視線が絡む。
『だってしあわせなんだもん。まえもいったじゃん。』
少し乱れてしまったいざなの髪を直すよう、小さい自身の手で撫でながらそう答える。サラサラ指の間を絡むことなく通り過ぎる白い髪に幼いながら愛おしさが沸くのが分かった。
空っぽだった心が段々と埋まっていく。満たされていく。
心の中に何かがぽっと点火されたような温かさが灯っていく。
──これが“愛”だよっていざなが教えてくれた。
『…あいしてる』
始めてもらったこの“愛”を離さないように、ぎゅっと自分よりも何倍もの背丈のあるいざなを抱き締める。
衣服越しに感じる体温と一定のリズムで跳ねる心臓の音に体中がほぐれるように安心していく。もしもまた独りになったらどうしようという恐怖の滲んだ不安がスゥと消えていく。
「今日はなんも予定ねぇからずっと一緒に居れっぞ。」
『ほんと!?』
嬉しさに弾んだ声が口元を通り、喜びが目に映る。
いざなは最近、背中にびっしりと難しい文字が縫われている独特な赤色の服を身に纏い、外へと出掛けることが多くなった。
忙しいのか夜遅くまで帰ってこないことも多い。といっても外の景色や様子が見られない真っ暗な部屋に置かれているあたしからすれば、本当に夜なのかは分からないが。
──どちらにせよいつも1人で寂しい事には変わらず、湧き上がる喜びにニコニコと顔いっぱいに明るい花のような笑みを浮かべる。
『どこにもいっちゃだめだよ』
「行かねぇって。」
呆れたようないざなの表情の上には微かに喜びが香る。そんな表情に、外じゃなくてあたしを優先してくれたのかな。という淡い期待が胸に咲く。
『やったぁ!いざなだいすき!』
舌に馴染んだその言葉にまたもや馴染んだ甘い“愛”を滲ませ、喉を通らす。
だがその瞬間、カランという軽く澄んだいざなのピアスの音がすぐ近くで聞こえたと思うと、驚くほど柔らかな感触がほんの一瞬、自身の頬に触れた。
『ふぇ、?』
突然の驚きに随分と間抜けな声を零し、うっすらと頬に残る感触を逃がさぬよう手で抑え、すぐ横に座っているいざなの方へと視線を縫い付ける。
「オレも大好き」
そう妖艶に微笑むいざなの姿に、今の行いが白雪姫や人魚姫などのプリンセス系の絵本で見た、“キス”という行為だということを理解した。
一瞬、酸欠になったように脳が停止する。
『………ちゅー…?!』
その瞬間、顔から首の付け根までの広範囲が熱湯を注いだように真っ赤になり、ドクドクと早鐘みたいな鼓動の激しさに耳の奥に潜む鼓膜がおかしくなっていく。体の外側がどんどん沸騰されていき、雨後の雫のように汗がぽとりと背筋を伝って行った。
そんな私と反対に、これまた怪しく甘く、そして憎たらしいほど整った笑みを深めていくいざな。この差はなんなのだろうか。
「…可愛い。」
続きます→♡1000
遅れてすみません😿
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