◆◆◆8/24
その日は晴れであった。某県にある屋敷。
一室からドアがガチャリと開く。
「…………」
一歩、サイズの小さい革靴がドアから出る。
一歩、銀色の髪と獣のような耳が朝の光に照らされて輝く
一歩、破滅的な虚無の瞳に髪が微かに垂れる。
「(……今日から学校、か)」
銀髪の獣……菊池アラカは空を眩しそうに眺めた。
通学路を歩きながら、女性と合流する。
僕と同じ制服に身を包む姿は僕と同じ学校に通う生徒であることを意味しており、そしてその人物とは。
「お嬢様、おはよう御座います」
ニコリ、と笑んで告げるアリヤ。
「……お、は、……よう」
最低限の挨拶をする程度には回復できた。
それだけのことなのに、アリヤは酷く驚いているようだった。
「え、あ、お嬢様……? が、挨拶を……!?」
「(どうしよう、少し罪悪感が……)」
アリヤは僕を上から下まで見定めるように、けれども瞳は冷静を装いながらに行われる。
「(久々に外に出たな…)」
瞳をそこらへ向ける。
やはり見えない、嫌いな人間。また敵意を抱いているであろう人間は全て見えない。
加えてトラウマに関係するのだろうか? 店の看板やそこらの壁さえ黒くなって見えない部分がある。
『■■商店』
『文具 ■』
『■■店■』 『■の■■』
『八百屋 ■■』
閉じ籠ったことで治った点もあれば、悪化した点もある。
世の中、儘ならないな、と……安堵の息を吐く。
儘ならない日々を過ごす、そのことで覚える微かな息苦しさが……日常に思える。
大丈夫、ただの微かな息苦しさだ。
微かな息苦しさになるまでには、治っている。
そう思い、踏み出した——刹那に。
「——やあ、元気そうだね。アラカ」
瞬間、思わず振り返った。
「あ……お久し、ぶりです、 さん」
「(え、お嬢様が見たことないぐらい饒舌)」
黒髪の女性だった。歳で言えば15かそれほど。
その身を軍服に包む姿はどうしてか酷く似合っていた。
しかしどうしてだろうか、にこやかに手を振る動作はあまりのも〝落ち着きがありすぎた〟。
まるで仙人か、長い時を生き続けた神のような澄み切った精神性を放っている。
「うん、こんなにも元気そうだ。
俺は嬉しいよ」
髪をサラリと撫でる手は邪気などカケラもなく、優しく、その上で澄み切ったそれは酷く居心地がいいもので。
思わず片目を閉じ、その撫でを心地良さそうに受け入れていた。
「お嬢様、こちらの方は……?」
「えと」
アリヤに軽く紹介しようと思い、 さんを見る。
「言って、構いませ、んか?」
「ああ、構わんよ」
瞳を伏せ、穏やかに首肯する さんを見てから、アリヤに振り返り紹介をした。
「この方は さん」
名前は言っていたので知っているだろうし、さして重要な情報ではない。
——どうせ誰も記憶できないから。
重要なのはこの先の情報だった。
「————怪異の元首魁だよ」