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20 ◇ひまりの就職
私は取る物も取り敢えず、ひたすら謝る夫から逃げるように別居。
マンションを借り、その後就職活動をし、仕事も始めた。
一度仕事から離れた人間に再就職先を探すのは厳しかったけれど、
求人に書いていることと実際面接に行くとまったく違うことを
要求してくるような求人先も多々あるハロワは避けて、私はエージェントを
使い上手く滑り込んだ。
転職支援会社に複数登録し、担当者に相談をし、
転職先の希望を明確にして臨んだ。
そこでは履歴書の書き方にはじまり、採用されやすい書き方や面接の受け方答え方も
教えてくれた。
彼らの持っている募集先企業の非公開案件は、私たちが普段目にする公開案件の
2倍から3倍あり、幅広い選択肢の中から選べたのでとても助かった。
事務職に正社員でつけるということで、勤務地が少し田舎になるが
鉄道事務に決めた。
データ入力や電話対応、事務用品の管理などの業務を担う仕事だ。
21 ◇田舎に引っ越し
実家に帰ってか一月半、就職が決まり田舎に引っ越し。
田舎って言ったって、20年も30年も昔ならいざ知らず今はどこに
住もうとよほどの人里離れたド田舎でもない限り環境はそれほど
変わることはなく、便利なものだ。
駅前なんて、実家の最寄り駅よりも数倍高層で美しいビルが立ち並び、
田舎へ引っ越しと言うのも憚られるぐらいで……
家こそ、田舎じゃんっ、みたいな感覚。
そのように暮らしやすい街での新生活がスタートした。
仕事は最初から多くを任されるというのではなく
まず、簡単なデーター入力から始まった。
周囲の人たちもいい人たちで、私は25才の新堂冬也という
若い先輩から教えてもらっている。
彼はおっとりしていて穏やかな男性だ。
顔はなかなかな、イケメンさんで俳優になれそうなぐらいの
顔面グレードだから、さぞかしモテるだろうなぁ~なんて、仕事を
教えてもらっている時に考えたりした。
だけど、本人はちっともそんなこと気付かず、一生懸命仕事を指導してくれる。
緊張もあるが、毎日外の世界に触れ、人と関わりを持てたことは
すごく良かった。
仕事を一生懸命にこなして得る収入にも感激よ。
婚約してからは、仕事を辞めて花嫁修業していたから
しばらく自分で働いてお給料をもらう生活から離れてたでしょ。
いいものね、自分で収入を得るって。
気持ちが安定してきたのも、正社員で給与も将来的に心配のない
水準の高い給与をいただける会社に就職できたことが大きいと思う。
―――少し遡り、ひまりが実家に帰った頃のこと ――――
私が家を出たあと、すぐに夫から電話連絡があった。
22 ◇何度も連絡が届く
「突然いなくなってビックリしたよ。今実家?」
「うん……。
黙って家を出たのは、そうしないと滉星くんに止められちゃうから
仕方なかったの」
「気持ちが落ち着いたら帰ってくるよね?」
『帰らないよ。そのつもりで出て来たんだもん』
「まだ、分からない……」
『分からない』と言われ、正直ほっとした滉星。
『もう帰らないわ。離婚して……』
と言われるのを何より今の滉星は恐れていた。
◇ ◇ ◇ ◇
この日から毎日朝と夜に滉星からメールが入るようになる。
私が返事をしない日があっても……そうまるで雨の日も風の日もと
いうような強い意志で一日も欠かさずメールが届く。
本当に夫は私とやり直したいと思ってくれているようだけれど、ダメなのよ。
一度裏切られた人間はもう二度と裏切りをした人間を信じることはできないの。
何か月もこんなことが続くようなら、自分はきちんと胸の内を……
もうあなたを信じることができない、だからこの先の人生を共に歩んでいく
ことは難しいのだと夫に話をしなければいけないと、そのように考えるようになった。
23 ◇ご飯を誘われる
ちょうど私が仕事を見つけて引っ越しをした頃から
夫から休日にご飯を誘われたりするようになる。
メールが毎日届くようになった時には線引きを考えるほど過敏だったのに
ご飯の誘いにはあまり抵抗なく行くという……そんな自分に呆れるしかなかった。
だけど、滉星は知らないふりでメールをしたりご飯を誘ったりしてはいるが
彼だって心の中でいつか私たち夫婦の別れが来ることをある程度覚悟してい
るはずで、それなら、その日までご飯くらいいいかと思うのだった。
そして引っ越しをして2か月目に入ると、誘われて近場の芦屋浜やら
京都やらと、ドライブに連れられて行くこともあった。
滉星の中では、仲直りしていつかは元の暮らしに戻りたいという願望を秘めた
仲直りドライブ、片や私の中ではいつかはさよならをする、さよならドライブ
になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
そしてその頃の私は、慣れない職場で新堂に教わってデーター入力の次に
電話対応だとか事務用品の管理などの業務を覚えているところだった。
24 ◇恋人に立候補します
入社して3か月を過ぎた頃、帰りが一緒になり、新堂とお茶して
帰ることがあった。
事務用品の取り扱いや管理方法を教わる時に別室の会議室などで
業務をすることがあり、その時交わした雑談などから、かなりふたりは
打ち解けて話せる関係性になっていて、お茶する時も気負いなどは
ほとんどなかった。
「日比野さんって、結婚されてるって聞いてますけど……」
『誰から?』と思ったけど、あれかな、きっと総務辺りかしら?
「一応、書類上はね」
「何か、微妙な言い方ですね。何か問題抱えてます?」
「新堂さん、口固いですか?」
「はいは~い、貝のようにそれはもう固いですよ」
「いつになるかは決まってないけど、離婚する予定なの。
それでね専業主婦してたんだけど、正社員になるためにこの僻地にやって
来たってわけ」
「へぇ~、僕なんかまだまだ世間知らずの独身ですけど大人っていろいろと
大変なんですね」
「まぁね」
「理由なんか、訊いたら駄目ですよね?」
「駄目でしょ……」
「ですよね」ショボーン
「僕、日比野さんが晴れて独身になったら、恋人に立候補
しますよ」
「新堂さん、私の目を見てっ!」
そう言うとほんとにイケメン顔にくっついてるふたつの眼が
私の目を覗き込んできた。
「きれいなお目目が見えますぅ~」
「見えない? 私の目がビックリして、びっくり眼になってるのが」
「あはは……はぁ、どうも」
「それっ……さっきの、いいよね。-いただき~-」
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