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ライ
79
#異世界転移
花月夜れん
2,359
まくら
183
25 ◇離婚届
私の言葉に❔マークを飛ばす彼。
分かんなくていいって。
「とっても有益なヒントをサンキュー」
「はぁ、そりゃどうも」
何のことか分からない彼は『どうも』を連発するばかり。
「とにかく、美味しいコーヒーいただきましょっ。
あっ、そうだ。立候補ありがと」
そう言うと私の反応に新堂さんは気を良くしたみたいだった。
あ~あ、若い子でも入社してきた日には
私のこと恨みたくなるわよ、新堂さん。
まっ、いっか。
恋人候補なんて、そうそうできるものじゃないし、しかも
本人自ら申し出てくれるなんて、何て酔狂なお方ぁ~。
***********
この頃になると私は夫から休日のドライブなどに誘われても
疲れを理由に付いて行くことはなかった。
情に流されてはいけないと思ったからだ。
そして何度か断ったあとで食事ぐらいはと誘われて
会った。
食事の終わりに私は意を決して彼に告げた。
「いつもご馳走してくれてありがとう」
「いいんだ、俺がひまりと一緒に食事したいだけなんだから」
「それで……」と言いかけたところで夫から手を握られ
「そろそろ、家に帰ることを考えてくれないだろうか。
あぁ、仕事のことがあるよね。君と俺の職場の中間地点で住む家を探してさ」
「滉星くん、そのことだけど、これ……」
私は離婚届の用紙を彼に差し出し言った。
26 ◇好いてくれてる人と暮らしなよ
「もう私の方は書き込んであるのであとは、提出お願いします」
しばらくの間、彼が受け取らないため私の手は中を浮いたままになる。
そしてようやく彼が我に返ったような振る舞いで自嘲気味な笑みを
浮かべ、用紙を受け取った。
「いつ出せるか分からないけど」
「私ね、気になる男性ができたの。
私のことを好きだって言ってくれる人ができたの。
年下なんだけど、しっかりしてて信頼できそうなの。
だからね、すぐに結婚とは私も考えてないけど
あなたと別れたあとの人生設計に入れてもいいかな
くらいには考えてる」
「……」
「滉星くんもさ、私になんて構ってないであの石田って人との
人生を考えてみれば? めちゃくちゃ嫉妬するくらいあなたのこと
好いてるじゃない。
好いてくれる女性と暮らしたほうがいいと思う」
夫は俯いたまま、何も発しなかった。
食事代はいつも夫が支払ってくれているので、俯いたままの
彼を見ているのも辛く、私はそっと席を立ち、先に店を出た。
割り切っているつもりでも、これが最後でもう今度こそ会うことも
ないだろうと思うと、ハラリと涙が私の頬を伝う。
27 ◇とどめを刺す
先日の新堂の、軽く言われた恋人に立候補するという話を
さっき使わせてもらった。とどめを刺すために。
これで自分の言うことをちっとも聞きやしない私のことなんて
呆れてもうコンタクトをとってきたりしなくなるだろう。
夫に執着している石田唯じゃなくっても、まだまだ若くて
将来のある彼なら、いくらでもお嫁さん候補は現れると思う。
これで良かったのよ。
私も過去に捕らわれず、早く人生次のステージに立たなきゃ。
◇ ◇ ◇ ◇
驚くことに翌日も今までと同じように夫から『おはよう……』から
始まるメールが届いた。
私は今度こそ、心を鬼にして返信をしなかった。
見るのも辛く、その日からメールボックスを覗くことも止めた。
28☑ ◇石田唯
手紙で日比野の妻に夫に不倫相手がいると教えれば、家庭は崩壊し、恋人の
滉星を手に入れられると安直に考えていたが、その唯の目論見は物の見事に
砕け散った。
敗因は何と言っても滉星の気持ちが妻のひまりにあったこと。
そのことをまったく分かっていなかった唯は、自分のしたことが
自分の首を絞めることになったのだということに気付くのが遅れた。
だから、妻のひまりが家を出て行った頃から会ってくれない滉星に、
メールや電話で何度も接触しようと試みた。
何度かに一度は電話に出てくれる滉星を、以前のように熱烈に自分に
振り向かせようと唯は必死だった。
29❁ ◇滉星の心づもり
一方滉星は、のらりくらり石田唯を交わしながら、彼女の自分への強い想いが
沈静化するのを待つつもりでいた。妻にした彼女の所業、そして自分への
執着振りを見ていて、即効切れば何をしでかすか分からないという恐怖が
あったため。
特にひまりに危害でも加えられればと思うとできるだけ時間をかけゆっくりと、彼女との関係をフェードアウトしたほうがよいのではないかと考えたからだ。
そんな風に、石田は滉星を振り向かせるのに必死で、滉星はひまりの気持ちを振り向かせるのに必死で、滉星を忘れたいと願うひまりの……それぞれの日々が過ぎてゆくのであった。
30☑◇クリスマス
ひまりが転職して数か月が過ぎ、もう季節はクリスマスを迎えていた。
誰との約束もない寂しい今年のクリスマス。
仕事を終えて会社の入っているビルを出ると急ぎ足で駅に向かう。
急ぎ足になったのは、自宅の最寄り駅で小さなショートケーキを買って
ひとりクリスマスをしようと思っていて、ケーキが売り切れないかと
気にしていたからだ。
「日比野さん~」
うん? 寂しいクリスマスだからか? なにやら空耳が……。
「日比野さ~ん、無視しないでぇ~」ゼイゼイ
「あらっ、新堂さん。そんなに息切らして大丈夫?」
「なにしれっとひとりだけ先に帰っちゃってるんですか、僕を置いて」
「あれっ? いけなかったんでしたっけ」
「迫ったりしませんから、気楽に先輩後輩として、一緒に駅前で
クリスマスケーキ食べましょうよ」
「ふふっ。いいよ、クリスマスケーキ食べましょ」
「今日は混んでるでしょうね」
「でも割と早い時間だから、並ばなくてもいいんじゃないのかな」
あーだこーだとおしゃべりしながら私たちは、でこぼこコンビらしい
クリスマスを楽しんだ。
恋人に立候補してくれた日から新堂さんとは少し距離が縮まった
ような気がする。新しく女子社員が入ってきてその人がお勧めの
良い女子だったら、新堂さん私協力を惜しまないからね。
この時の私の新堂さんへのスタンスはそんな気持ちだった。
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