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急遽決まった外ロケ企画。
内容は“人気アイドル&プロデューサーの密着ロケ”。
アイドル科とプロデューサー科の特別番組として、
学園も宣伝のために組んだ大掛かりな企画だった。
つまり――
ペアの絆を見せるロケ だ。
そして実質、距離はめちゃくちゃ近い。
◆
ロケ車。
隣に座るのに、どちらも一言も喋らない。
運転手とディレクターが気まずそうに前を向く。
ディレクター(え……この二人、まさか仲悪いの……?
校長から“最強ペア”って聞いてたのに……)
詩織は横目で玲央をちらっと見る。
昨日までなら、自然にくっついていた距離。
だけど今は――
5センチの壁が、500キロくらいに感じる。
詩織(ねぇ……どうして何も言ってくれないの……
私、何か悪いこと……)
玲央は、膝の上で手を組んだまま動かない。
(どうしろって言うんだ……
近づけばもっと期待させてしまう……
でも離れれば……傷つける……)
言葉が出ない。
それがいちばん残酷だった。
◆
撮影開始。
テーマは
「学園最強ペアの1日デート風ロケ」
もちろんフィクションだが、
ペアの仲の良さを見せるのが目的。
ディレクター「じゃあ2人、まずは市場を散策しながら、自然に会話してくれる?」
自然に。
その言葉が胸に刺さる。
◆
カメラが回る。
詩織はプロだ。
完璧な笑顔をつくる。
「ねぇ玲央くん、これ食べよ! おいしそ〜!」
明るく腕を掴んで引き寄せる。
いつもどおりのテンションで。
玲央はぎこちない笑みを浮かべて答える。
「あ……はい。いいですよ」
その「はい」に、温度がない。
心だけが遠い。
ファンには気づかれない。
カメラにも映らない。
でも、詩織には痛いほどわかる。
(……やだ……そんな顔で笑わないで……
玲央くんの“好きな笑い方”じゃない)
胸が鈍く痛む。
市場の喧騒の中、二人は距離ゼロで並ぶ。
でも心は触れられない。
詩織は必死に笑って、
玲央は必死に平常を保って――
そんな不自然な空気が続いた。
◆
そして事件は突然起きる。
撮影終盤。
裏路地を歩いていた時。
遠くから――カンッ、カンッ、と鳴り響いた。
踏切の音。
詩織の身体が硬直する。
「……っ」
マイクにも拾われるくらいの浅い呼吸。
足が前に出ない。
ディレクター「あれ?天音さん大丈夫?」
詩織「だ……いじょう……ぶ……」
だけど、震えが止まらない。
ロケスタッフはまだ状況が理解できずオロオロしている。
その瞬間、
スタッフの一人が不用意に言った。
「天音さん、昨日の夜も踏切の音で倒れたことあるって噂……本当?」
――詩織の顔が、一瞬で青くなった。
(なんで……それ……)
昨日のこと。
本当は誰にも知られたくない弱さ。
そして――
その言葉が引き金になった。
「倒れたってマジ?」「撮れ高あるかも」
そんなスタッフ同士の小声。
詩織の呼吸が乱れ始めた。
「あ……いや……いやだ……やめて……」
「詩織さん!」
玲央が飛び込んで詩織の肩を支えた。
でも詩織は涙目で震えながら、玲央の手を弱々しく押し返す。
「っ……触らないで……!」
その一言は――
拒絶じゃなくて、恐怖の叫びなのに。
玲央の胸に、鋭く刺さった。
(……俺が……嫌なんだ)
そう勘違いしてしまうほどに。
詩織はそのままうずくまり、耳を塞いで震える。
スタッフが慌てて撮影を止める。
「ちょっ……カメラ止めて!!止めろ!!!」
周囲が忙しく動く中――
玲央はただ立ち尽くしていた。
詩織に近づきたい。
助けたい。
でも――
さっきの「触らないで」の一言が、足を縫い付けて動けなくする。
(俺のせいだ……こうなるまで気づけなかった)
胸が張り裂けそうな罪悪感で、息が苦しい。
そして、ここで――
玲央の地雷が露わになる。
それは、“人のトラウマ”の扱いだ。
玲央は昔、
弱っている友人に優しく関わりすぎて、
逆に依存させてしまい……
その友人が暴走し、彼を深く傷つける事件があった。
「優しくしたら、相手は期待する。
期待を裏切れば、相手は壊れる。
優しさは凶器になる」
そう刷り込まれ、
玲央は“弱い相手に深入りすること”が怖くなった。
だから詩織にも距離を置こうとした。
でも――
距離を置いたことで、詩織を追い詰めてしまった。
最悪の形で。
路地に響く踏切の音。
詩織の震える肩。
そして――
玲央の耳には、過去の友人の言葉がフラッシュバックしていた。
『優しい癖に、最後まで面倒見てくれないなんて最低だよ、玲央』
足がすくむ。
呼吸が上手く入らない。
(また……誰かを追い詰める……
また俺が壊す……)
玲央の手から、冷たい汗が落ちた。
そして――
“仲直り未遂”の理由がここにある。
助けたいのに
助けにいけない。
触れたいのに
触れられない。
目の前の最愛の人が泣いているのに――
玲央は、一歩を踏み出せなかった。
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