テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「確かに僕は、人よりもずっと鈍いんだと思う。今までずっと、欲しいと思ったものは全て手に入ったし、中学入った位からずっと、誰かと付き合ったりしなくてもヤる相手は沢山居たから。だから、多分……恋愛っていうのがどういう事か未だによくわかっていないんだと思う」
蓮はそう言って自嘲気味に笑うと、真っ直ぐに雪之丞を見つめた。
月明かりの無い暗い夜道では表情までは良く見えないし、言っている事は、はっきり言えば最低だが真剣な眼差しをしているのだけはなんとなく伝わって来る。
「――でも、好きだったやつにフラれる辛さはわかってるつもりなんだ」
「なに、言って……?」
雪之丞は困惑した。なぜ今、そんな話をしだしたのか蓮の意図が読み取れなくて、眉を寄せて怪しむような目を向ける。
思わず顔を上げた雪之丞の瞳に映ったのは、苦しげに顔を歪める蓮の姿だった。
「高校の時に初めて好きになった子が居たんだけど、その時はその得体のしれない感情が怖くて僕は一度逃げたんだ。……でも、やっぱり好きで、高校卒業してからもずっとアイツの事が忘れられなくて…。大人になって、随分経ってから偶然再会した彼を見た時、どうしても彼を手に入れたいと思ってしまった。その時、彼には既に恋人がいたんだけど、それでも諦めきれなくって……それであの手、この手を尽くして手に入れようとしてたんだけど、結果的に僕はソイツを傷付けただけだった」
何処か寂しげに笑う蓮の表情はいつになく真剣で、嘘を言っているようにはとても見えない。
「結局疎遠になってしまってね、色々と後悔しているんだ。まぁ、とても酷い事をしたし、会わせる顔が無いだけなんだけど。だから、かな……。今の状態の雪之丞を放ってはおけなくて」
そう言って蓮は切なげに眉を寄せると、雪之丞の頬にそっと優しく触れてきた。
もしかしたら、蓮は未だに過去を引きずって居るのかもしれない。
そんな思いが頭をよぎったが敢えて口には出さず、そっと蓮の指先から距離を取る。
「……大丈夫、だよ。ボクは、蓮君とは違うから」
「え?」
「蓮君にそんな過去があったなんて知らなかった。話してくれて嬉しいけど、でも……、後悔してるって言うなら、尚更こんな事しちゃダメだ」
雪之丞はそう言うと、自分の胸をギュッと押さえて、無理矢理笑顔を作った。これ以上触れられたらきっとこの想いが溢れてしまう。
「あのね、ボクは蓮君もナギ君もどっちも大事で、どっちも大好きなんだ。だから、二人が悲しむ姿は出来れば見たくない。……わかるよね?」
諭すように言って聞かせたが、蓮は黙ったまま何も言わない。
ただじっと何かを考えるように雪之丞の顔を見てくる。
「ボクは逃げないよ。今はまだ頭が混乱してるし、胸は痛いし感情が上手くコントロールできないけど……。でも、誰かを傷付けてまで自分の思いを貫きたいとは思えないんだ」
そう言いながら雪之丞は、胸を押さえた手に力を込めた。
苦しくて、呼吸すらうまくできない。
それでも必死に笑顔を作り、蓮を見上げる。
蓮は黙ったまま、その顔をじっと見つめていた。
まるで何かを言いかけているような――けれど言葉にはならない。
その沈黙が、かえって雪之丞の胸を締め付けた。
「だから、お願い。これ以上ボクを困らせないで。期待させるような事しないで。キミはナギ君の所に戻ってあげて? 今話した事全部、言うべきは僕じゃないだろ」
そこまで言うと、雪之丞は小さく息を吐いた。
これでいい。今はこれが一番正しい選択なのだと言い聞かせながら、必死に込み上げてくる涙を堪えて、もう一度微笑んで見せる。
「強いな、雪之丞は」
「……ボクもう行くから。暗号の件、ちゃんと東雲さんに依頼してね」
蓮の呟きには答えず、また明日。 と精いっぱいの笑顔を向けて蓮に背を向け歩き出した。
自分は強いわけでも、諦めがいいわけでもない。 この行き場のない思いを蓮にぶつけられたら、少し心は軽くなっただろうか?
否、恐らく答えはノーだ。
きっと、余計に苦しくなるだけ。自分が惨めになるだけだろう。
足早に曲がり角を曲がり、蓮の姿が見えなくなってから雪之丞は足を止めた。
「……強くなんて……全然ない」
ポタリポタリとアスファルトに染みが出来ていく。顔を上げると暗い雲の隙間から糸のような雨が静かに降り注いでいた。
まるで、雪之丞の心を表すかのような冷たい雫が頬を伝い、全身を包み込むように濡らしていく。
蓮はちゃんとナギの元へと帰っただろうか? 自分を追って来ないという事はつまりそういうことなのだろう。
本当はまた追いかけてきて欲しかった。一緒に居て欲しいと泣きつきたかった。
だけど、そんな事をしたらきっと蓮は困ってしまうだろうし、ナギを傷付けることになってしまう。
誰にも傷付いて欲しくないという気持ちは単なる自分のエゴかもしれない。……そんなのは所詮ただの綺麗ごとだ。頭ではわかっているのに、自分の気持ちを抑えることが出来ない。
「蓮……君……っ」
求めても得られない。手を伸ばしてみても届かない。どうしようもない焦燥感と喪失感が押し寄せてくる。
いっそ、全て忘れられたらどんなに楽だろう。溜息と共に吐き出された息は、強くなり始めた雨の中で白く煙って消えていった。
「ほんっと、何やってるんだろ……ボク」
降りしきる雨の中、ポツリと呟いた言葉だけが虚しく響き渡る。
込み上げてくる思いは涙となって今にも溢れてしまいそうだった。必死に堪えて、それでも堪えきれなさそうで、拳で無理やり目頭を押さえつけた。
「……っ、ぅ……っく……」
嗚咽を必死に押し殺していると、不意に雨音が柔らいだ。頭上に広がったのは、雨粒を弾く紺色の傘。
「やっぱり、棗さんだった。何やってるんですか、こんな所で」
低く落ち着いた声と共に視線を上げると、そこには整った顔立ちの男が心配そうに自分を見下ろしていた。